幻像の足跡を辿って
翌日、俺は清々しいまでに青い空に輝く日の光で目を覚ました。まだ眠気の残る目を擦りながら、周りを見渡すと、ベッドにプリナの姿が見当たらない。
「…!プリナ?」
俺は一瞬嫌な予感がした。プリナは俺を見限って出て行ってしまったのではないか…しかし次の瞬間には、そんな心配は杞憂であったと気付かされた。
「…あ、なるほどね」
プリナが寝ていた側の床を見ると、プリナがだらしなく変死体のような格好で眠っていた。どこか幸せそうな顔をしている。
「おーい、プリナー?朝だぞー?」
「…ん…モーニングモンスターなんて…パンの耳で一撃…」
「何言ってんだこいつ…早く起きろー?冷えるぞ?」
そう言いながら肩を揺すってみたり頬を突いてみたりしていると、ゾンビのような呻き声を出しながらようやくプリナは目を覚ました。
「…んえ…?あ、ソウタさん…おはようございます…今日も最悪な一日を始めましょう…」
「ああ、おはよう。最高の一日にしような」
その後なんとか眠気を覚ましてもらい、支度を終えた俺たちは宿を後にした。
「…なあ、お前朝弱いだろ」
「え?んまぁ…見ての通りですけど…あの、私変なこと言ってませんでした?」
(あ、覚えてないんだ)
さっきのプリナの一連の言動を思い返し、つい顔が引きつってしまった。色々と事細かに説明してやろうとも考えたが、また面倒なことになってはいけないのでここは心の内にしまっておくことにした。
「ああ、まあ大丈夫だ…それでプリナ。今日は本格的にシラノを探そうと思う」
「シラノ…?って、ソウタさんが探してるっていう人ですか?」
「ああ。色々あってな…まずは少しでも手がかりを掴みたいよな…」
そう言って俺が歩き出そうとした時、プリナは自分のバッグの中から大きな紙を取り出してから俺を引き留めた。
「待ってください。闇雲に動いても効率が悪いですから、ここは私に任せてください!」
プリナが広げた紙を後ろから覗き込んでみると、それはこの街のかなり詳細な地図だった。現世に売ってあるどんな地図よりも詳細に書かれている気がする。建物の一軒一軒の住所や、その建物の使用用途までもが事細かに書かれている。
「これ…地図か?めちゃくちゃ細かいな…」
「はい。私の師匠にあたる人が作成した、『万国都市図表』という地図の第11,654号です。この街のありとあらゆる情報がこの地図に載っているんです。これだったら、何か手がかりを得られるかもしれません」
「試す価値はありそうだな…シラノに関係がありそうな場所は…ん?ここ、骨董品屋か?」
南西の方角に指を進めていくと、そこには一軒の骨董品屋があった。ちょうど聖炎の宿とも距離が近い。
「はい…そこは確か、知る人ぞ知るって感じの骨董品屋で、多種多様なアーティファクトが売ってあったはずですけど…ここがどうかしたんですか?」
「アーティファクトの収集はシラノの趣味なんだ。ここにいけば何か得られるはずだ」
俺は骨董品屋に向かうべく、プリナのことなどお構いなしに歩みを進めた。早くシラノを見つけなければどうなってもおかしくない。何より、宿の住人との和解を進める上で必ず必要なパーツの一つなのだ。
「ソウタさん、待ってください!そんなに急いだってしょうがないですよ!」
歩みを早める俺の後ろからプリナがドタバタと追いかける。そんな調子で俺たちは骨董品屋を目指して進んだ。
何十分かして、俺たちはようやく骨董品屋に辿り着いた。地図上で見ると近く見えたが、実際歩いてみるとそこそこの距離があった。俺は足がパンパンになっているのだが、プリナを見てみると何食わぬ顔で立っている。
「骨董品・サンクトゥム…ここか…それにしても、この距離を歩いたのによく疲れないよな…」
「さすらいの魔導士を甘く見てもらっては困りますよ?これまでにいろんな国を渡り歩いてきたんですから」
プリナは得意げな顔をする。そんなプリナに感心しつつも若干引き気味に、俺はゆっくりと骨董品屋のドアを開いた。
「ん?いらっしゃい。最近は若い子も来るようになったもんだなぁ…」
俺たちを出迎えてくれたのは、店主と思わしきかなり歳をとった、小柄で痩せた男性だった。店の奥の方にあるカウンターに座って俺たちをまじまじと見ている。
「あの、ちょっと聞きたいことがあって…」
「ん?なんだい?なんでも聞いてごらん」
「実は俺たち、人を探してるんです。…このくらいの身長で、青みがかった白い髪に赤い目をしてる女の子来てませんでした?」
俺は手で身長を表しながら、できる限りわかりやすく店長に説明した。店主はしばらく考え込んだ後、重そうな腰をゆっくりと上げ、側にある本棚から一冊の分厚い本を取ってきた。
「…多分あの子だね…小さいのに、高額アーティファクトを買っていったからよく覚えてるよ。高額アーティファクトを買った人はこの名簿帳に名前と購入品が書かれてあるから、これを見ればわかるはず……あ、これだね。シラノ・シヴァルーベル、量子圧縮型グラキエスブレード・旧王朝歴405年製…」
「グラキエス…多分シラノの剣だ…間違いない!あの、他にあったりしますか!?」
俺は食い気味に店主に詰め寄る。すると店主は再びパラパラと名簿帳をめくり始めて、しばらくしてからふぅと小さくため息をついた。
「あの子、来るたびに大量のアーティファクトと、高額なものを一個買っていくんだよね…全くどこにそんな金があるんだか…あ、これとかそうだ」
店主は名簿帳の隅に書かれてある一文を指差した。読んでみると、シラノ・シヴァルーベル、アルマ・アニマ・獣王歴4年製と書かれてある。
「アルマ・アニマ…?聞いたことがないな…どんなアーティファクトなんですか?」
「こいつはこの国に王朝ができるよりもさらに前、獣王と呼ばれる魔物が支配していた時代に作られたものだ。魂の奥深くに眠る魔力を練り上げることによって強固な魔力の鎧を作ることができるが、魔力の消耗が激しいことが特徴だ。普段は手の平くらいの真っ黒い球体の形をしてるんだが…」
「…真っ黒い球体…?そんなものあの部屋には無かったはず…あったなら俺が見逃すはずがない」
俺はここ数週間ずっとシラノに監禁されていたせいで、シラノの部屋に置かれてあるものは全て把握できるようになっていた。そんな俺でも見覚えのないアーティファクト…単にシラノが別の場所に置いてあっただけなのか…もしくは…
「あの…いまだに私、話が入ってきてないんですけど…」
考え込む俺の後ろから、プリナが困惑した表情で声をかけてきた。
「ああ…そういえばまだ言ってなかったっけ…その…どう言えば良いか分からないんだけど、簡単に言うとだな…」
俺はこれまでのことを簡単にプリナに説明した。シラノが誘拐犯の魔法によって呪われたこと、その呪いで魔物になってしまったこと、その魔物は討伐されたものの、シラノは身代わりを作り、本体は逃亡していること、そしてその身代わりは昨日亡くなったこと…ただし、俺がシラノにしたこと、シラノが俺にしたことは言わなかった。言えなかった。
「え!?つまり、このアーティファクトがシラノさんの部屋に無かったのは、亡くなったシラノさんとは別の、本物のシラノさんが買ったアーティファクトだからってことですか!?」
「ああ。そして俺の予想だと、シラノは同時に二つの体を動かすことはできないはずだ。だとすると、本体のシラノは自由に行動できていた可能性が高い…直感だけど、もしかすると…店主、このアーティファクト、いつ買われたかとかわかるか?」
「ん?ああ、確か、三ヶ月くらい前だったかな…」
それを聞いた瞬間、俺の中の仮定が確信に変わった。シラノは行動できていた時、何もしていなかったとは考えづらい。当時の状況を考えると、この街を離れるという選択をとることもないだろう。つまり、シラノはこの場所で着々と何かを進めている可能性があるわけだ。
「プリナ!時間が無い。行くぞ!」
「え!?ちょ、どこに行くっていうんですかー!」
俺はプリナをおいて一人で走り出した。ようやく希望が見えてきた気がする。俺が俺のやり方でシラノを解放できる日も近いかもしれない。
…一方その頃、走り去る俺たちを骨董品屋の屋根の上から見下ろす華奢な少女の姿があった。穏やかな表情で、俺たちが遠ざかっていくのをじっと眺めている。
「…待ってますよ。ソウタお兄ちゃん…?」
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