魔導士少女と過ごす思い通りにいかない夜
目も向けられないような邪念の塊に別れを告げた後、俺はプリナと共に街の中心部から少し離れた場所で何とか新しい宿を見つけた。今度の宿は素朴であるが、しっかりとした趣のある宿だ。
「…今度は良さそうだな…」
「はい…(結局さっきの宿がなんでダメだったのかは教えてもらえませんでした…)それじゃ、早速チェックインしましょうか」
そう言ってプリナはそそくさと宿の受付へと歩いて行った。そしてしばらく受付のおじさんと何か話をした後、少し顔を赤らめて気まずそうに戻ってきた。
「えっと…ソウタさん…」
「どうしたんだ?なんか顔が赤いみたいだけど…」
そう尋ねてみると、プリナは目を逸らして体を揺らしながら辿々しい口調で答えた。
「あの…ですね、えっと…なんか、部屋はもういっぱいらしくて…一部屋しか空いてないそうなんですよ…それで…他の宿を見つけるのも時間がかかりますし、ソウタさんが良ければ相部屋でも…」
なんということだ…やっとそれらしい展開になってきた。夜の宿で男女が二人きり…何もないはずがない…特にプリナに対して特別な感情があるわけではないが、そこそこ整った顔立ちをしている彼女とだったら一緒に寝ても悪い気はしない。一瞬のうちにさまざまな妄想が頭の中を駆け巡る…恥じらうプリナと最初は背中合わせで寝ていたものの徐々に心の距離が近づいていき、向かい合って寝るようになる…そして最終的には……だめだ。こんなことを考えているから街にあんなものが現れてしまうのだ。俺は一度深呼吸をしてから咳払いをして、プリナの方を向き直した。
「えっと、俺は大丈夫だ。プリナこそ俺と相部屋で大丈夫なのか?」
「はい。ソウタさんとなら大丈夫です。まだ付き合いは短いですけど、信頼できることは確かですから」
そんなことを言われて少し胸が締め付けられるような気持ちになってしまったが、俺はプリナと共に部屋へと向かった。部屋の中は思ったよりも広く、二人で泊まる分には申し分ない。玄関から入ってすぐのところには浴室があり、脱衣所の外の十数畳くらいの部屋には大きなダブルベッドが一つ異様な存在感を放ちながら鎮座している。
「それじゃあソウタさん、私はとりあえずざっとシャワーを浴びてくるので、少し待っててください。実は隣町からずっと歩きっぱなしで汗びしょびしょなんです…」
プリナはスタスタと脱衣所に駆けて行った。その後、どういう感情でいれば良いのかわからないままベッドの上に座ってプリナを待っていると、何分かしてから先ほどとは打って変わった格好のプリナが脱衣所から出てきた。
「…あの…この格好を人に見せるのは初めてなんですけど、変じゃないでしょうか…」
プリナは薄いピンク色のパジャマに身を包み、顔を赤らめながら俺の前に立っている。
「あはは、可愛いな。そのパジャマ」
「うう…可愛いんですかね…?実はこれ、子供の時からずっと着てるやつで…なんだかこれじゃないと落ち着かないんですよね…」
そう言ってプリナは恥じらいながら薄く笑う。よく見てみると確かに身長に対して丈が明らかにあっていない。くるぶしは明らかに短いし、お腹が見えそうになっている。プリナは度々お腹を隠そうと服を引っ張っているがどう考えても隠しきれていない。そんな姿を見ると、これまでの疲れからか、プリナをからかいたくなってくる。
「あ!なんだあれは!」
「え!?なんですか!?」
俺は怒涛の棒読みを繰り出し、窓の外を指差した。プリナが驚いて俺の指差す方を見た時、今まで必死に押さえていた服がはだけ、細いながらもなんとなくだらしない腹部が丸見えになった。
「ひあぁ!…ソウタさん!はめましたね!?」
「ごめんごめん…なんかついね?」
「…バカなことしてる暇があったらさっさとシャワー浴びてきてください!」
俺はプリナに押し込まれるようにして脱衣所へと入った。ざっとシャワーを浴び終えた後、仕方なくさっきまで着ていた服を再び着た俺は、備え付けのタオルで頭を拭きながらプリナの元へ向かった。
「お待たせ…」
「別に待ってません。あなたを待つような用事は特にありませんから」
「…えっと、もしかして怒ってる?」
「怒らない人いませんよ!お腹結構気にしてるんですからね!?」
プリナは頬を膨らませて子供のように怒る。パジャマと相まって本当に子供のようだ。
「ごめんって…可愛かったからつい…」
「…可愛い可愛いって…別にそんなにおだてられたって嬉しくなんかないですからね?」
そう言ってプリナは頬を膨らませたままベッドに潜り込んだ。若干躊躇ったが、俺も背を向けてベッドに入ることにした。…なんとなく気まずい。夜風が窓を叩くようなこともなく、静かな時間だけが過ぎていく。そっと目を閉じてこの時間をやり過ごそうとした時、背後からプリナの小さい声が聞こえてきた。
「…ソウタさん…こんなでも…可愛い…ですか?」
俺は返事に困った。さっきまでなら迷わず返せただろう。だがこうして同じ寝床に入った今、なんとなく自分の気持ちを相手に伝えることに躊躇いを感じている。
「……可愛いよ。少なくとも俺は、君のことを可愛くないなんて言う人間がいるとは思えない」
大分恥ずかしい返事をしてしまったような気がして少し身構えたが、後から聞こえてきたのはすぅすぅという寝息だけだった。寝言だったのだろうか。しかし俺はこの時の声が寝息ではなく、プリナの啜り泣く声であったことを知らなかった。
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