月の夜、さすらいの者同士で
玄関を出て、空を見上げてみた。月は高らかに昇り、世界に弄ばれている俺を嘲笑うかのように淡く照りつけてきている。俺は宿の方を一瞬振り返ってから、すぐに街の方へと続く道を歩き始めた。
しばらく歩いていると、遠くの方に街の明かりがうっすらと見えてきた。転移したての頃にも少し見えていた、町の中心にある大きな塔が目印のように煌々と光を放っている。電気が発明されていない世界にしてはやけに明るい。きっと魔法か何かの力なのだろう。それにしても、今まで気づく余裕もなかったがかなり寒い。凍てつくような風が俺の肌を突き刺している。俺は前屈みになりながら少しだけ歩みを早め、街の明かりを目掛けて進んだ。
「…あの、すみません、こんな時間にどこへ…」
またしばらく進んだところで、俺は突然後ろから声をかけられた。一瞬宿の住人かとも思ったが、振り返ってみるとそれは、ボロボロのマントを羽織った桃色髪の小柄な少女だった。俺の目的が気になっているようだが、悪い人間であるという思考は一切ないと言わんばかりの無警戒かつ純粋な目で俺を見つめてくる。
「…ちょっと、人を探してるんだ。気にしないでくれ」
「え!?もしかして行方不明とか!?大変です!今すぐ私も…」
少女はろくに話も聞かずにあたふたと慌てふためき始めた。辺りをあちこち鬱陶しく走り回った後、道端の石に躓いて転けたところでようやく動きを止めた。
「…何やってんだ…確かに俺が探してる人は行方不明と言われればそうかもしれないけど、無事に暮らしてることは確かなんだ。…ほら、起きろ。服汚れるぞ」
俺は半泣きの少女に手を差し出した。少女は少し考えた後、小さく息を吐いてから俺の手を取って立ち上がった。
「じゃあ、その探してる人は無事なんですね…よかったです」
「ああ、だから気にかけなくても大丈夫だぞ?」
そう言って俺はさっさとその場を立ち去ろうとした。しかし少女は粘着質に俺の後を追って来て、必死に引き留めてくるのだ。
「待ってください!その、だとしても、こんな時間に一人でその人を探してるっていうのには、何か理由があるんですよね?見た感じずっと旅をしてたってわけでも無さそうですし…」
「…はあ、変なところだけ頭が回るんだな…てか君だって夜道を一人で歩いてるっていうのに…まぁいいや、わかった。一緒に探すなら勝手にするといい」
「はい!じゃあ勝手にさせてもらいますね!私は人呼んで、さすらいの魔導士、プリナ!よろしくです!魔導士ですから。最強ですから!夜道なんてどうということはないんです!」
プリナは謎の自信に満ちた表情を浮かべて腰に手を当てている。どこまで信用しても良いのかは未知数だが。
「そっか…俺は八乙女 操太。…よろしくな」
俺たちは軽く自己紹介を交わした後、すぐに街に向かって歩き始めた。プリナが言うにはここら辺の道にはよく魔物が湧くらしい。急いで街に向かわなければ魔物の餌になってしまうのだとか…
「そういえば、ソウタさん?って、ソウタが名前ですよね。もしかして『東方の皇国』が出身ですか?」
プリナが出した『東方の皇国』という名前には全く聞き覚えがない。聖炎の宿のみんなもそんな国の名前は出さなかった。
「東方の皇国…?何のことだ?何でそんなことを…」
「だって、この国じゃ普通、名前から苗字の順で言うじゃないですか。あと、名前の響きとか顔立ちとか…」
「ああ、そういうことか…もしかしてその国って、木でできた家がいっぱいあったりとか、刀を差してる人が歩いてたりしないか?」
「そうですよ!まさしくそうです!ヒノワ皇国っていって、腰に刀を差しためちゃくちゃビシってした人たちがいっぱいいるんです!」
プリナは自分が目にした光景を思い返して困惑したような感動したような表情を浮かべている。確かにあのくらいの時代の日本は他国から見れば新鮮な光景だったのかもしれない。
「やっぱり…んじゃ、一応俺はそこの出身だってことにしておいてくれ」
「あ、はい!わかりました」
プリナは自称ヒノワ皇国出身である俺が刀を差していないことを不思議がるような顔をしているが、別にみんながみんな刀を持っているわけでは無いだろう…プリナはヒノワ皇国イコール刀という印象が強いのであろうが。
そうこうしているうちに、冷たい夜風が吹くと共に街が見えてきた。幸い天気は良く、嘲笑っているようにしか見えない月の淡い光が道を照らしてくれていたおかげで、それなりに安全な道中を歩むことができた。それにしても、プリナがいてくれたお陰で気持ち早めに街に着くことが出来た気がする。旅は仲間とするとずっと楽しいのだと少し実感した。
街の中はたくさんの明かりと喧騒に包まれていた。あまりの活気に月明かりさえも霞んで見えてしまう。まるで新宿にでもいるかのような気分だ。
「何とか街まで着いたな…ていうか、何でこんなに賑やかなんだ?」
「知らないんですか?今日は年に一度の祭りの日なんですよ?確か、伝説の騎士である何とかさんが、巨竜を討伐して国を救った日とか何だとか…」
プリナは空を見上げながら頬をぽりぽりとかく。その苦笑いを見るに、おそらく大して記憶に残っていないのだろう。
「お前も大して覚えてないんじゃないか…そういえば、お前はこの国の人間じゃ無いのか?」
「え?あはは…そうですね、私はこの『ハレム王国』から北に何百キロか行ったところにある『アイマ王国』っていう国の出身です。雄大な山々が特徴的な良い国ですよ?寒いですけど…機会があればご案内したいです!」
「ああ、その時は頼むよ。(この国ハレム王国とかいう名前だったんだ…)」
その後もプリナは自身の故郷についていくつか話してくれた。聞いた感じ北欧のような場所なのだろうと大方推測がついた。楽しそうに語り尽くすプリナを見ながら俺も何となく楽しい気分になっていた。
「…ふう、少し話しすぎましたね…今日はもう遅いですし、宿をとりましょうか。この街には何度か来たことがあるので宿の場所は…あ、あそこです!」
俺はプリナが指差す方向を見た。そこには宿にしてはやけに派手なピンク色の…
「やめておこう。プリナ、他を探してくれ」
「え、でもあそこ前から目をつけてて…」
何であんなものがあるのかがわからない…この世界は俺から作られたのだとイシは言っていたが、少なくともせっかくの異世界にあんなものを作ろうとは俺は思わない。これはきっとイシのいたずらだ。俺は二度と目を向けることなく清々しい顔でプリナの手を引き、その場を後にした。
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