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異世界ハーレムライフがなんか思ってたのと違う  作者: 白宵玉胡
紐解かれる混沌とした世界
10/25

対峙する正義と狂気

 シラノとルカ姉は互いに睨み合ったまましばらく沈黙を貫いていた。突きつけあっている剣先と槍先は両者の身長差も相まってか、ぶれる事なく真っ直ぐに互いの首元を指していた。思わず息を呑むような静寂の中、先に動き出したのはシラノだった。



 「グラキエス…!」



 剣先から鋭く尖った青い氷が一直線にルカ姉の首元へ飛んでいった。



 「!…フラマ・スクトゥム!」



 ルカ姉は素早く反応し、炎のバリアのようなものを前方に展開した。それに阻まれたシラノの氷は粉々に砕け、部屋の中を粉雪のように美しく彩った。しかしこんな美しさすらも今は恐怖に感じてしまうというのは残念でならない。


 その後もシラノは氷を機関銃のような速さで撃ち続けたが、ルカ姉はその全てをバリアで防ぎ続けた。そして一瞬の隙をついてシラノに近づき、首元に槍を突き当てた。



 「…君の負けだよ、シラノちゃん。さあ、ソウタくんを解放してもらおうか」


 「…なんでこんなところで…五年前もこうでした…あの時は、むしろ止めて欲しかった訳ですが…今回は、負ける訳にはいかなかったのに」



 シラノは全てを諦めたかのような無気力な目でルカ姉を見つめる。剣を握る手も緩み、次の瞬間には床に剣を落としていた。それと同時に俺を縛り付けていた魔法陣が解除された。ひどく痛む体の節々を慎重に動かしながら、俺は這うようにして二人のそばに近寄った。



 「…なあ、お前らに何があったんだよ。…五年前、シラノがお前に何をしたっていうんだ?」



 俺が問いかけると、シラノとルカ姉は全く同じ表情をして俯いた。顔を曇らせ、言葉を詰まらせている。まるでこれを言うのは禁忌であると言わんばかりの表情だ。



 「…えっと、ソウタくん…これは…」


 「待ってくださいルカネさん。あれについては自分で言います」



 ルカ姉が話し始めようとしたところをシラノは遮り、俺の前に立った。そして床を這う俺の目線まで身体を落とすと、一呼吸置いてから緊張に満ちた面持ちで話し始めた。



 「一回しか言わないのでよく聞いてください。…私は、『ホド姉さんの娘』なんです。十三年前、まだろくに体も育ちきっていなかった頃のホド姉さんが、誘拐犯との間に作った子供…それが私です。誘拐犯は私が生まれた後、私を溺愛するようになりました。魔法学者だった誘拐犯は、私に『自分以外の男を認識できなくする魔法』をかけて、自身に依存させようと試みました。でもその後すぐに騎士団に逮捕されて、私とホド姉さんも騎士団に保護されました。そこではとても良い待遇を受けられたんです。でも物心ついた時から男の人だけは認識することが出来なくて…運ばれてくる料理も、たまにプレゼントされたぬいぐるみも、全部宙に浮いてて…まぁそれは慣れてきてたんですけどね?」



 シラノは苦笑いを浮かべる。ただ目には確かに涙が浮かんでいた。



 「…続けますね。そんな生活を続けていたある日のことでした。そう、五年前のあの日です。私は突然激しい頭痛に襲われました。頭が割れそうなくらい激しくて、叫びたいけど声も出せないくらいでした。そうしたら程なくして意識が無くなって、気づいたら聖炎の宿の私の部屋のベッドの上でした。意識が無い間に、私は誘拐犯の行なった実験の副作用によって魔物と化してしまって、騎士団の施設全域を焼き払ってしまったそうです。ルカネさんは今はスパイですけど、当時は若くして騎士団の精鋭部隊に所属していました。ルカネさんを含む騎士団の総力を持って力を封印された私は、つい最近まで聖炎の宿の一室で眠っていたという訳です」



 そうしてシラノは腕を捲り、俺に見せてきた。柔らかく細い腕には紋章か何かのようなものが痛々しく深く掘り込まれていた。



 「これはルカネさんが暴走していた私に掘り込んだ紋章です。これのおかげで私はなんとか正気を保ち、男性も認識出来ています。…ソウタさん、一つ聞きたいことがあります。…どうして今回私は暴走したんでしょうか…あなたの姿は認識できますし、紋章は未だ強い魔力を放っています。それなのにどうしてなのでしょう」



 シラノは俺の手にそっと触れる。気力もなければ殺気もない。ただそこには底知れぬ恐怖の感情が揺蕩たゆたっていた。



 「…シラノ…実は…」


 『殺して』 



 俺がシラノにスキルのことを打ち明けようとした時、ひどい頭痛と共に耳障りな声が頭の中に響いた。その声は俺の体の芯まで響いてくるようで、意識まで侵食されてしまいそうになる。



 『殺して』


 (…だめだ…俺は…!)


 『殺さなければ、誰も救えない』


 「……殺さなければ、誰も救えない……」



 俺の意識はここで途絶えた。その後俺は床に落ちていたシラノの剣を取り、シラノの首を刎ねた。その感覚は覚えていない。本当に何の意識も無かったのだ。次に意識を取り戻した時には、俺の全身は赤く染まっており、そこにあったはずのシラノの幼なげな顔は床に頬擦りしていた。



 「…ソウタ君…?何を…なんで!?」


 「…え?…は?」


 「何も殺すことなかったじゃん!?シラノちゃんだって…まだ…!……もういい…最低」



 ルカ姉は幻滅したような目で俺をじっと見る。その後、何かの感情を噛み殺したようなため息をついたあと、背を向けて部屋を出ていった。



 「ルカ姉…俺は…!」


 「喋りかけないで…もう一生ここに来ないで……早く出て行って!」



 部屋の中は不気味な静寂と血の生臭い匂いに包まれていた。俺はそっとシラノの頭を持ち上げる。…光の無い、ちょうど今の俺の足元のような深い赤色の目をしている。次の瞬間、俺は気づけばその肉の塊の断面を、大きい方の肉の塊の断面に必死で擦り付けていた。何の意味も無いことはわかっている。しかしそうしないと今にも精神が崩壊しそうなのだ。こうして肉の塊同士をくっつけてみると、シラノは目を開けたまま寝ているだけのように見える。しかしそこにあるのはただの肉の塊だ。あの日俺に微笑みかけてくれた、どこか幼なさの残る少女などではなく。



 「あれ、今回は発狂しないんだね」


 「…!」



 一瞬心臓が止まりそうになった。耳障りな少女の声が突然聞こえてきたからではない。その少女の声が「確かな方向」から聞こえてきていたからである。俺の右斜め後ろ、確かにそこにそれはいる。俺は恐る恐る振り返った。するとそこには真っ黒い影が俺を嘲笑うようにして立っていた。



 「…イシ…何でお前がここに…」 


 「お、覚えてくれてたんだね。本当はもっと早くからこうして君の前に来れたんだけどさ、君友達すぐ作っちゃうんだもん…それよりさ、見てよ!君のおかげでボクの体、足元だけだけど影が晴れたんだよ!本当にありがとう…」



 見てみると確かに真っ黒い影の下から白くツヤのある足が姿を覗かせている。だがそんなことはどうでもいい。俺はイシの胸ぐらを掴みにかかった。やはり手がかかることはなかったが。



 「イシ…!よくも…よくもシラノを…!」


 「何を怒ってるんだ?いつも言っているだろう。殺さなければ誰も救えないって…そもそもボクの力があればまた時を戻せるんだよ?」


 「そう言う問題じゃねえだろ!シラノの紋章の力があれば、俺のスキルだって制御できたかもしれないんだ!なのに…!」



 怒りの感情をぶつける俺に対して、イシは冷静にそれを受け流した。



 「君は一つ大きな間違いをしている。…そもそも、本当にシラノが死んでいたのなら、ボクはこんな前置きは程々にしてさっさとプリンケプスを発動してる」


 「は?…んじゃ、シラノはまだ生きてるってことか!?」


 「そういうこと。でも目の前にあるのはシラノじゃなくてただの分身の一体に過ぎない。探してみて?誰も知らない本物のシラノの行方を。そして今度こそ、君の手で彼女を解放するんだ」



 イシはそう言い残して煙のように消えていった。俺はシラノの分身だったものを一瞬見て、ゆっくりと深呼吸をしてから聖炎の宿を後にした。シラノを殺す為じゃない。なぜシラノは自身ではなく分身で暮らしていたのかを知るため、そしてシラノをもっと別の方法で救うためだ。玄関を出る時、リビングからはルカ姉や、みんなの啜り泣く声が微かに聞こえてきていた。いつかみんなとあの日のように食卓を囲める日が来ることを祈っている。


ここまで読んでくださりありがとうございます。少しでも面白いと感じていただけたなら幸いです。

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