プロローグ:久方ぶりに眺める空は
いつからだろう…俺は、現実世界を見ることが出来なくなっていた。
俺は「八乙女 操太」。都会にもそこそこ近くて、割と住みやすい街に暮らしている高校一年生だ。毎日とりあえず学校に行き、とりあえず授業を受け、休み時間になると教室の隅で一人寂しく弁当を食べてアニメの消化をする日々…別に一人でいたいわけじゃ無い。本当は友達と遊んだり、昼ごはんを食べたりしたい…
そもそも昔はこんなことなかった…中学三年のあの日までは友達もいたし、結構充実した学生生活を送れていたのだ。しかし、当時のクラスメイトはもういない。中学三年の夏の夜、友達みんなで行ったキャンプにて、たまたま地面に埋まっていた不発弾が突如暴発…トイレに起きていた俺以外の全員が死亡した。後から暴発した原因を聞いたが、どうも俺がトイレに行く最中に躓いてしまったものが不発弾の頭だったようだ。キャンプ場の運営者はこの一件の責任を問われ、法廷で裁かれることになった。俺に関しては、今回は明らかな事故なので罪に問われることはなかったわけだが、その時の罪悪感から人と関わることに恐怖を覚えるようになってしまった。
「…このアニメ…まだ途中だっけ…なんかこの主人公、楽しそうだな…」
登校中も、休み時間も、家に帰ってもアニメやらゲームやら、二次元に現実逃避…家族とすら会話することはほとんどない。そんな俺を周りの人間は気味悪がっていた。今もこうして休み時間にアニメの消化をしているが、いつものように周りからは冷ややかな視線が注がれている。どこからか陰口が飛んでくるような気もする。あまりに居心地が悪いので場所を変えようとすると、廊下の方から誰かの叫び声が聞こえてきた。
「神隠し!?」
「…ちょ、声でかいって…!」
「仕方ないだろ?オカルト研究会の部長として、そんなもの調査するしかないんだよ!」
この騒がしい連中は、オカルト研究会の副部長、通称「ボンバーヘッドマン(なぜかアフロヘアにしているため)」と、部長の通称「フルアーマーカスタネット(なぜか全身の関節をポキポキと鳴らせるため)」だ。何やら興奮気味のようだが、どういう話をしているのだろうか。…神隠し?とか聞こえた気もするが…オカ研でもない俺がそんな非現実的なものを気にする必要も無いだろう。
「それでだな、心に闇を抱えてる奴は、人間では無い何かに魂を刈り取られて異世界に飛ばされるんだとよ?」
「まじか…でもそれじゃあ俺たちとは無縁の話だなー」
こいつらの話に聞き入っていると、いつの間にかチャイムが鳴り、昼休みが終わってしまっていた。結局アニメも見れずじまいだ。…異世界か…もういっそのこと異世界で人生やり直した方が楽なんだろうな…そんなことを考えながら俺は午後の授業を受け終わり、一人で帰路についた。
家に帰ると、リビングのソファにはお母さんが一人でくつろいでいた。何やら真剣に一通の封筒を見つめている。封も開けずにどうしたのだろうか。
「…お母さん?どうしたの?そんな顔して…」
「え?あ、ソウタ…帰ってたのね」
お母さんは驚いたような表情を浮かべた。いつも喋らない息子から突然話しかけられたら当然驚くか…
「あんた、今日みんなの命日でしょ?それでふと思い出したの。…あんたの友達が亡くなる少し前にあんたに宛てて残した言葉を親御さんが書き起こした手紙…本当はあの時渡しておくつもりだったんだけど、バタバタしてて…」
そう言ってお母さんは手に持ってあった封筒を手渡してきた。そうか、今日はあいつらの命日だった…最近ずっとカレンダーを見てなかったものだから忘れていた。
受け取った封筒は傷一つ無く、綺麗なままだった。まるであの日のまま時間が止まっていたような状態だ。俺は自分の部屋に戻り、封を開けてみた。そこには見慣れない達筆な文字で数行の文章が綴られていた。しかし言葉遣いなんかが、確かに俺の友達…「トウゴ」のものだった。
『ソウタ、お前の運の良さには本当に感心するよ。お前に怪我がなくてよかった。さっき、ナオトのお母さんが来て、ナオトが息を引き取ったって教えてくれた。ナオトはお前にこう言い残したそうだぜ?これもまた運命だってな…あいつらしい遺言だと思わないか?(笑)まぁ、俺も同じ気持ちだ。今回のことに関して、お前は一切気に病む必要はない。他のみんなだって同じ気持ちのはずだ。その代わり、お前は俺たちの分まで全力で生きてくれ。あえて頼み事があるとすれば、それだけだ』
『最後に、東吾の父である私からもお礼を言わせてくれ。これまで東吾と一緒にいてくれて、ありがとう』
文末にはトウゴのお父さんからの言葉も綴られていた。ということはこの手紙はトウゴのお父さんが書いたものなのだろうか。何度か会ったことがあるが、確かにこういう文字を書きそうな人だ。昔のことを思い出して、俺は少しだけ笑みが溢れた。
「ははっ…あれ、俺、笑って……いいのか…?俺は、許されているのか?…トウゴ…みんな…本当に、いいのか…?」
俺は手紙を封筒にしまうと、そっと机の引き出しにしまった。そして俺は久方ぶりに、窓の外から空を眺めてみた。美しい夏の夕焼けが広がっている…こうも美しいものだっただろうか。この空が、前を向けと俺の背中を押すようだ。
俺はいつからか、現実世界を見ることができなくなっていた。けれど今、こうしてあいつらの本音を聞いて、そして世界を見てみた時、俺のやるべきことがこうして縮こまることなんかじゃないとわかった。
「…前、向かなきゃな…みんなの分まで、俺が生きなきゃ…」
俺はリビングに向かおうとドアノブに手を伸ばした。するとその時、背後から突然寒気がするような風が吹きつけてくるとともに、少女のような声が聞こえてきた。
「やあ」
「…!?」
開いた窓の縁にしゃがむようにして、「少女のような何か」が俺をじっと見つめている。逆光のせいで顔はおろか体型もよく見えないが、意味深な笑みを浮かべていることだけはわかる。
「…誰だ…?どうやってここに来た!?」
「あははっ…そんなに警戒しないでよ。ボクはー、君を助けに来たんだよ?」
「少女のような何か」はそう言って部屋の中に飛び込んできた。そして俺の顔に自分の顔を寄せ、舐め回すようにジロジロと何かを確認し出した。
「ふむふむ…ふーん、やっぱり」
「…何なんだお前は…助けるって、何のことだ…!」
「ん?そんなの決まってる」
「少女のような何か」は、眼を青く光らせながら、細長い剣のようなものを取り出した。
「…!何を…!?何なんだお前は…!?」
「いってらっしゃい、ボクの大事な大事なお客様?聞きたいことがあるのなら、《《向こう》》で質問してくれ。まぁ、君がボクのことを覚えていればの話だけどね?」
「少女のような何か」は凄まじい速さで剣を振り下ろし、俺の体を切り裂いた。血がこれでもかと出ているはずなのに、不思議と全く痛みを感じない。俺の意識は、「少女のような何か」が不敵な笑みを浮かべながら俺を見下ろしているのが見えたところで途絶えた。そして俺はこの後、この「少女のような何か」との会話、そして、俺の人生の全てを忘れることになるのだった。目覚めた時に残っていたのは、肝心なところが全て抜けた、俺を表す抽象的な情報のみだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。少しでも面白いと感じていただけたなら幸いです。
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