4.今度は、二人で
55歳と54歳。二人揃って孫もいて、すっかりおばあちゃん。
しかし人の命は儚いもので、静久と香鳥は共に最愛の夫を喪ってしまうのです。
それでも一番辛くて苦しい時にこそ、大切な人はふらっと現れるのだとか。
そんな二人が、今度は二人で。
お勘定は全部香鳥に払われてしまった。また人に迷惑をかけてしまった。
それから香鳥はまた私の手を引っ張って彼女の家に連れて行った。
広くもない一人用の借り部屋。
昇くんと一緒に買った家はきっと子供達に譲ったのだろう。
香鳥が紅茶を淹れて、一つだけのティーカップを私に。
また時間をかけて飲み干した。それから。
「ごめん、静久」
「何よ。香鳥が謝ることなんて何も無いじゃない」
「だってオレは、静久が辛かった時に側にいられなかったから」
「それは伝えなかった私が悪いわ、香鳥のせいじゃない」
「それに、あの日は静久の気持ちを知らなかった。分かってたら、あんな事は言わなかったのに」
「…え、気づいてたの?」
「大分経ってから、もしかしたらって思った。オレは、なんて酷い事を」
「それは、うん、辛かった。でももう30年前。とっくに時効だし、許してあげるから」
香鳥の細い体が震える。きっとずっと悔やんでいたのだと思った。
だからそっと香鳥を抱き寄せる。ああ、私も香鳥も歳を取ったなぁ。
30年前にふざけてハグされた時とはもうすっかり感触が違う。肌なんて揃ってガサガサ。でも、暖かさはあの時と一緒で。何だか安心してしまって。
「香鳥、私、辛いよ、翔吾くん、死んじゃった、寂しい、一人ぼっちはイヤだよ…」
ボロボロボロボロ涙が溢れる。
辛くて苦しくて泣くことすら出来なかったのが溢れていく。
もう大声は出せなくなっちゃったけれど、それは慟哭だったと思う。
「オレも、オレだって一人は嫌だ。もう耐えられない、静久のせいで、もう、オレ、一人は」
頬を寄せ合って抱き合っているから香鳥の顔は見えない、けれどどんな顔なのかはだいたい分かった。泣き顔なんて見たこと無かったのに。
一人では辛くて苦しくて重たすぎて向き合えなかった。
けれど二人なら、香鳥と一緒なら。だから。
一晩中泣いて、泣いて、泣いて。
でも今度は二人だった。
一緒に泣いて、泣いて、泣いて、わかったのは。
それから、2024年。
私と香鳥は二人で身を寄せ合って生きている。
「これからの人生だって長いんだ。だったら、一人よりは二人の方がいいに決まってる」
一緒に泣いた朝に香鳥が言い出して、私が決めた。
お互いの子供達も孫達もその方が良いって言ってくれたから、皆に甘えて。
また誰かの為に生きていけるようになったから仕事だって出来る。
まだまだ頑張れるよ、香鳥と私の為だもの。
楽しいことだっていっぱい残ってる。
「なぁ、お前」
「なーに、香鳥?」
「今夜は何を食べるかね」
「香鳥が好きなものなら何でも」
「そう言われるのが一番困るんだがね」
「困らせてるのよずっと一緒にいるんだから」
「全くもう、なんでこんな静久と一緒になったのやら」
「後悔した?」
「全然。何一つ」
「愛してるよ、香鳥」
「ああ。愛してる、静久」
ちゃんちゃん。
工藤静香の「慟哭」を2024年に聞いたら失恋百合ソングに聞こえた←まだ分かる
だから一筆書いてみたら結末はおばあちゃん百合になりました←何処から生えてきた
いや、うん。こんな二人の姿が見えたのです。
鉄が熱いうちに書いたらこうなりました。
きっと天国ではちょっと気まずそうな顔で、でも手を繋いで。
それぞれの旦那様と再開する事になるのでしょう。