1.気がつく前のこと
工藤静香の「慟哭」って歌あるじゃないですか
2024年の今聞いたら失恋百合ソングに聞こえたんスよ
なので正の気を失う前に一筆書きました
先に言ってしまうとハッピーエンドです
職場で始めて会った時の言葉が「なぁ、お前」ってさ。
なんだコイツって思ったの。
今でも忘れてないよ。忘れられなくって。
日付を見たら1993年の2月3日。タバコの匂いがする喫茶店だった。
香鳥はホットコーヒー。私はちょっと古風なメロンソーダ。
「話がある」
なんて言われた時の真面目な顔。まるで香鳥じゃないみたいだった。
藤水香鳥、ふじみ・かとり。
20世紀だと珍しいくらいにぶっきらぼうな口調の女でさ。
いつもズケズケっと私の空間に入ってきたのに、いつの間にかそれも悪くないって思えてた頃だった、けれど。
「イヤよ」
とりあえず断った。
「いや、聞けよ」
「知ってるわ」
「何をだよ」
なんか面倒なことに付き合わされそうなのは知ってる。だから嘘じゃない。
この私、火工静久、かく・しずく。嘘はつかないからね。
女なのに女言葉は慣れないなぁなんて思ってるけど。
「どうせロクでもないことじゃない、香鳥が私を誘う時は」
「今回はそうじゃねぇよ、本当に真面目な話だ」
よく見たら香鳥がちょっと照れてる。え、どうしちゃったの。そんな顔するんだ香鳥。目元なんてちょっと潤ませちゃってさ。
「…アイツの事、どう思う?」
香鳥の視線は右に。その先には私達の共通の友人がいた。
木村昇、きむら・のぼる。うん、間違いなくいい男の人だよね。結婚した相手をいっぱい幸せにしてくれそうな…
「え、そういうこと?」
「その。好きだって言われた。けど、オレさ。こんなんじゃないか。いいのかなって」
急展開だね。でも、いいんじゃないかな。二人共ちょっと変わってるけど、誠実で嘘はつかないし。
「上手くいくと思うわよ。香鳥だって、悪くは思ってないのよね?」
「まぁ、うん、そうだけどよ」
「いつものザンギリ香鳥は何処に行ったのよ、らしくもない」
「ぐぬぬ」
からかいがいはあるんだよね、香鳥。ともあれこれじゃあ話が進まない。
「ふむ。いいでしょう。だったら私が助けてあげるわ」
「いや、そんなつもりじゃねーし」
「デートは何処がいいかしら?」
「わーっ、やめろバカッ!」
「中学生じゃないんだから、全く」
たまには私が香鳥を振り回すのも面白いかな、なんて思いながら。
お膳立てなんてしちゃってさ。あれよあれよと二人の距離が縮まって。
「…その、結婚する事になった」
半年でこうなった。
「そっかそっか、それはそれは」
「からかうな。何だその顔」
「別に?」
そりゃ、私の知らない間に話が進んでいたことには何かを感じなくもない。何処に隠してたのとは言いたくもなった。でもさ、放っておけない子が落ち着く先を見つけたんだから。これでいいんだと思った…けれど。
「…あー、うん。静久が友達で良かった」
「それはどうも。というか、今更?」
言われてみると私と香鳥の間柄って何だったんだろう。
考えたことがなかった。
友達? というには近いし。親友…とも何か違う。
あれ、そもそも私って香鳥のことをどう思っているの?