中編
「女神スパニエルは人を愛し、たびたび地上に訪れては困っている人々を助ける慈愛の神です。
波打つ小麦色の髪に似た毛並みの犬の姿で顕現なされます」
十歳の年、オレは父親に伴われ教会の『属性授与の儀』に臨んでいた。
要は四大元素、火、水、風、土どれと相性がいいかという話だ。家庭教師曰く、オレの魔力は土になじんでいるんだとか。響きだけで地味。だけどすごい納得。正確には植物らしい。これはマタタビを生み出し猫を呼び寄せろというお告げに違いない。
この教会の主神は女神らしい。ウェーブした小麦色の髪の乙女の姿だ。横に広がった髪が犬のたれ耳に似ていた。
だけど正直そんなことはどうでもよかった。
「しかし人間を堕落に導く悪魔がいるのです。
三角の耳を持ち、鋭い眼光に尖った牙、長い尾をもつ醜いけだもの…この姿を見なさい!!」
神父が指し示すのはステンドグラスに描かれた、女神に足蹴にされている黒い獣。
どっからどう見ても猫だよ。
お前らが悪魔って言ってる動物、猫だよ。オレの世界にこんなステンドグラスあったら虐待だって教会ごと燃やされるわ猫好きに。
この世界に猫がいないのわかった。この宗教の影響だわ。
なんだ、こっそり猫発見して保護したら異端審問とかにかけられんの?
上等だこらネコと和解しやがれこんちくしょう。
オレは静かに改宗の意思を固めた。国教らしいけど知らん。なんならこの悪魔を崇めてるカルトがあったら入信する。
オレを転生させた猫、どういうつもりでこの世界にしたんだろうか。猫を助けて死んだんだから、猫だらけの国とかなんなら猫そのものに転生させるのがお決まりでは。
悶々としていると、オレの名前が呼ばれた。結果はまぁ、予想通りだった。
だが事件が起きたのは二年後、ケイティの属性授与の儀で起きた。
オレとケイティの関係はというと、マイナスから始まったにしてはマシになったと思う。
オレは根気強くケイティの屋敷に通った。毛嫌いされて会ってもらえないこともしばしば。向こうの父親は二度目に会ったきり、好きにしろという感じだった。
ケイティの母親が死んで半年もしないうちに愛人を嫁さんに迎え入れたという。俳優ばりのイケメンかと思えば普通に禿げたおっさんだった。
生まれて間もない息子よりも、新妻に夢中といったところから単なるスケベ親父なのかもしれない。そりゃケイティも気難しくなるだろうよ。
オレは子供部屋に用意されていた図鑑や本を好きに読んでいいと許可を得て、庭やら客室やら好きな場所でそれを楽しんでいた。
経験上、猫はうるさい相手が嫌いだ。怒鳴り声をあげる男や触りたがる子供。
じっと静かにしていれば、いつの間にか寄ってくる。
そして彼女も。
オレに気づかれていない、という風にこそこそとこちらを窺っている。
オレは気づいてませんよ、ちっともお前のことなんか見てませんよ、と装うのだ。
ねこじゃらしを振る時だって、素人が雑に振っても猫は飽きてしまう。
巧妙にちらちらと姿を見せたり隠したり、止まったと思ったら動き出すテクニックが必要なのだ。そして何より手首から先の気配を消す。オレは意識しないでそれができていたが、姉ちゃんはねこじゃらしの振り方が下手で「もー! なんで遊ばないの!!」と嘆いていた。
「………ねぇ、なんでわたしのこと嫌いにならないの」
みんな、わたしのこといらない子っていうのよ。
ぽつり、と独り言のような言葉に、思わず返事をしてしまう。
「まだ君のことを知らないのに、嫌う理由なんてないだろ。
君だって僕のことを知らないんだから、これから好きになるかもしれないじゃないか」
図鑑から顔を上げれば、ケイティがぼろぼろ泣いていた。
おいで、と片腕を差し出すと、素直に体を寄せてきて肩口に顔をうずめた。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃにされたけど、その日から彼女との距離感が変わったと思う。
訪問日には出迎えてくれるようになったし、うちに訪問してくれるようになった。
コトン家のような格式高い調度品ではないけど、うちもなかなか立派だ。兄貴は商才があるらしく色々手広くやっているらしい。
金には困らんから好きなように生きろと言ってくれた。若干ブラコンの気がある。転生前の姉ちゃんはたまに帰ってくると「おーでっかくなったわね」なんて親戚みたいなことを言って、アイス買ってこいってパシらされたっけ。でもおつりは気前よくくれた。年の離れた姉や兄って優しいもんなのかな。
うちに遊びに来たケイティは、予想通り借りてきた猫状態。
ケイティはお菓子が好きらしく、いつも手土産を持ってきた。花やリボンを贈るもんだぞと兄貴は言っていたが、こちらの手土産もお菓子の方が喜ばれるだろう。
マタタビを生み出す一環で、甘いフルーツの木を生み出すのも喜んでくれそうだな。お菓子に使えそうなフルーツって…バナナとか…桃もいいな。
オレの能力、無から生み出す能力ではなかったからまず種や苗を手に入れなければならなかった。なのでそもそもマタタビを探せなかった。粉状のものしか見たことないけどキウイがマタタビ科だってなんかで知ったな。キウイを中心に集めればいつかたどり着くんだろうか。
もともとわが国では育っていなかったキウイ(に似た何か)は、オレのマタタビへの執念により我が領の特産品になって兄に喜ばれた。
ケイティはキウイの酸っぱさをお気に召さなかったが、ゼリーなんかは好んで食べていた。ドライフルーツや砂糖漬けを持ち帰り、パウンドケーキを作ってきてくれた時はうれしくてバカ食いして、お袋が独り占めするなって怒ってたっけ。
それ以来ケイティはお菓子作りにハマったらしく、いろんなお菓子に挑戦していた。
家族にもお菓子をきっかけに歩み寄ろうとしたようで、弟にクッキーを差し入れたが毒入りを疑われて捨てられたと、強がってみせていたけど悲しそうだった。
「ケイティが作るものは全部オレが食べる」
そう言うと、ケイティは「太ったら婚約破棄するから!」と少し笑ってくれた。
ケイティの属性授与の結果は『闇』だったという。四大元素以外にあったらしい。『光』と『闇』が。いよいよファンタジーっぽい。
しかしそれが決定打になり、父親がケイティを跡継ぎから外すと宣言したらしい。
もともとそう仕向けていたくせに、ケイティに非があるように喧伝するのが厭らしいと思った。
ケイティは荒れて、部屋に引きこもったままだという。
婿入りはかなわないから婚約解消もやむなし、と向こうから打診してきた。
オレは親父に返事を書いてもらい、返す刀で屋敷に押し掛けた。
近々娘は修道院に入れる、と無感情に宣うケイティのクソ親父をぶん殴りたかったが、よそ行きの顔で思いとどまるように説得。要は厄介払いしたいだけらしく、手紙の内容に不満はなかったらしい。コトン領、実はうちと違い経済状況は芳しくないようだった。ケイティが学園に入学、そして卒業するまでの援助と学費をこっちが受け持つことで婚約続行を申し入れたのだ。兄貴にも両親にも頭が上がらない。
ケイティの自室の前で、オレは呼び掛ける。
ケイティが息をひそめているのが分かる。いないふりをしたって、人見知りの激しいこの子がどこにも逃げ場がないことくらいわかっていた。
「ケイティさ、もしケイティがよかったらオレと一緒に来なよ。
オレ、魔物の研究者になるからさ。そしたらケイティはお菓子作りの職人になったらいいよ。
フルーツのおかげで儲かってるし、兄貴が研究費は出してくれるって約束してくれたしさ。ケイティのお菓子うまいし、きっといろんな人が食べたがる。
あの家族にこだわる必要はないんだよ」
実の親子でも、親が子を殺したり子が親を拒否して家を出たりする。取り返しがつかなくなる前に、離れてもいいんじゃないだろうか。
愛してくれない人間に無理に寄り添ったって、自分がすり減らされるだけだ。
オレだって、オレの親だってケイティのことを好きだ。素直じゃなくて、でもそんな風な自分を後悔してて、オレのために何かをしようとしてくれる優しさがうれしいんだ。
扉が開いて、見えた部屋の惨状はまるで虎か何かが暴れたみたいにズタズタにされたシーツやカーテン、家具の残骸だった。
そこに佇む、ぼさぼさ頭のケイティ
「わたし、闇属性なんだって」
「知ってる。あのステンドグラスの動物だろう?」
「醜いけだものの手先だって」
「オレ、そのけだものが生まれる前から好きなんだ」
「多分、ケイティとオレは結ばれる運命なんだよ。
オレは猫が好きで、猫が好きだったからケイティにも心惹かれたんだから」
ねこってなによ、わたしよりねこが好きなの?
拗ねたようなつぶやきが聞こえた。泣きはらした顔のケイティがぽすん、と頭を預けてくる。
「猫も好きだけど、君も大好きだ」
正直に言ってしまったら、浮気者、と少しだけ笑っていた。
つづく
乙女ゲーの内容=ヒロインが犬に変身して攻略対象とキャッキャウフフするストーリー。悪役令嬢は猫モチーフ。
ちなみに筆者は犬も猫も飼っていたのでどっちも好きです。最近は鳥さんの動画を見るのも好きです。




