(5)勇気の試練
次兄が話し始めた。
「では、マリア、次は私の番だ。お前には、勇気を示してもらう」
二人目の兄。
次兄は、線の細いクールタイプの猫耳族。
知的な眼鏡男子である。
眼鏡を整える優雅な仕草が、人の目を奪う。
次兄が続ける。
「知っているとは思うが、弟は、超が付くほどの恥ずかしがり屋だ」
マリアは、「だってさ」と、にやにやしながら、横にいるユンの脇腹を突くと、ユンは、「うっせぇ」と、むっとした顔で言い返した。
「私の試練だが……私の目の前で、そんな弟にキスを出来たら勝ちだ。できるかな?」
「キス!!?」
マリアとユンは、互いに目を合わせた。
次兄は、口元をほころばせる。
「無理矢理迫れば、恥じらう弟に、顔を爪で引っ掻き回されるだろう………くくく、見ものだな。まさに、勇気をもってチャレンジしてもらおうか」
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マリアは、ホッとしていた。
「……何かと思えば……勇気を示せ、だなんていうからビビっちゃった……簡単よね。だって、キスなんていつもしてる。今更、恥ずかしいなんてないわよね!」
そのままユンを抱き寄せる。
「ほら、キスするよ、ユン」
「や、やだよ、俺。恥ずかしいもん……」
「へ!? ユン、いつも自分からくるでしょ!!」
「だって……今は、人に見られてるし……俺、二人きりじゃないとヤダもん?」
「本当なの!??」
ユンは、ぷいっ、とそっぽを向き、顔をほんのりと赤らめている。
それを見た、次兄は、薄笑いを浮かべた。
「どうだ、ふふふふ! マリア、お前は分かってないな。弟は、そういう所があるのだ。そして、それこそが最も尊く、可愛いのだ!!」
マリアは、もう! と舌打ちすると、ユンの両肩を掴む。
「ねぇ、ほら! ユン! いいでしょ!」
「だ、ダメに決まってるだろ!!」
頑なに拒むユン。
マリアは、これは面倒くさい事になったぞ、と頭をポリポリと掻いた。
と、マリアは、ある事に気が付いた。
「あれ? ユン。前髪に、何かついている。虫かな?」
「え!!! ウソ? 早く取ってくれよ!!!」
キッ、と目を思いっきり閉じて、マリアに顔を向けるユン。
マリアは、「隙あり!」と、ユンの額に、チュッ、とキスをした。
「あ!!」
一瞬固まった。
すぐに、ユンは、カーッと顔を真っ赤にして、マリアの胸をボカボカと殴った。
「お、お前! なんて事するんだよ!!!」
マリアは、ちらっと次兄の方を向いた。
次兄は首を横に振る。
(額へのキスでは、ノーカウントってことね……思った通り、口づけが必要ってことなのね……こうなったら、卑怯な手はなし。ユンに真っすぐに向き合う。これしかない)
マリアは、心を決めると、烈火のごとく怒るユンの目をじっと見つめた。
「ごめんね、ユン。でも、あたし、人前とか関係ない。あたしはユンとキスがしたい!」
「へ?」
いつにないマリアの真剣なまなざしに、ユンは目を逸らす事ができない。
「ダメ? あたしは本気よ」
ユンは、ぽーっとマリアの顔を見つめる。
胸が、ドキドキして、心地よい。
恋する相手。
その相手が、愛の告白をしながら迫ってくるのだ。
ユンの頭の中は、お花畑。二人だけの世界に堕ちていく。
「お、お前がキスしたいっていうのなら……す、少しだけなら」
ユンは、もじもじして言った。
もう、周りの人は視界に入っていない。
あれだけ、恥じらいの顔を晒していたユンだったが、今は目を閉じて、キス待ちのお姫様顔に早変わり。
チュッ。
唇が合わさる。
「おー!!!」
歓声が上がる。
次兄は、しぶしぶ、頷いている。
マリアは、そんな次兄を横目でみつつ、にやり、と微笑む。
(本当に見せたいのは、ここからよ!)
マリアは、そのまま、はむっとユンの唇を甘噛みし、ディープキスを始めた。
ユンは、マリアのキスを受けつつも、ギュッとマリアの背中にしがみ付く。
ときより、キスの気持ちよさに体をぶるぶるっと震わせた。
人々は、最初こそ、二人をはやし立て、からかうような言葉を浴びせていたのだが、途中からは、あまりにも甘美なキスに固唾を飲んで見守るようになった。
長いキス。
ユンは、しばらくの間、マリアにされるがまま、とろとろになった顔をマリアに向けていたのだが、シーンとした空気を肌で感じ取り、やっと自分が何をしていたのか気が付いた。
さっーと、血の気が引くのと同時に、マリアを思いっきり突き放す。
「お、お前! 何キスしてんだよ!! 恥ずかしいだろ!! どアホ!!!」
マリアは、涎まみれの唇を手の甲で拭い、次兄の判定を待った。
次兄は、ごくり、と唾を飲みこみ、深いため息をついた。
「……このような人前で、あのような激しいキスを……確かに、お前には勇気がある。マリア、認めよう」