二 大山さんの憂鬱(中篇)
構想が膨らんだので、中篇です。
「コッコッコッコッコッ」
「いづきちゃん、また鶏になってるよ」
とめぐみさんがテーブルの向かいでフライドポテトを頬張りながら言いました。
「こくこくこくこくこく」
「だから灰谷くんに告白されたんでしょ?」
私は頭をぶんぶんと前後にふりました。それから、
「告白されたあああ!」
と呻きました。思わず上擦った大声になり、まわりのお客さんたちがぎょっとこちらを見ます。
「それ何回も聞いたから」
めぐみさんはそう言って溜息をつくなり、
「で? 返事はどうしたの?」
と問いかけます。
「それは聖より出でし、純白の翼、清廉の衣纏いし天使の放つ、弩級の矢の楔……」
「ちょ、急にぼそぼそと妙な呪文を唱えないでよ。怖いから」
そう言ってめぐみさんは両の手のひらを私に向けました。
「だから返事は?」
「返事……?」
と私は言ってきょとんとしました。
私はキャンパスのちかくのファストフード店〈ワクワクナルド〉でめぐみさんとジャンクなるものを食らっておりました。ええ、話を聞いてもらいたかったから。忠告は無視です。
昨日私は、人生で初めて男子から愛の告白を受けたのです。
そのお相手はいっこ下の灰谷くん。でも私は衝撃のあまり、何事かを叫びながらその場から、灰谷くんのフィールドから一目散に逃げだしました。
電車に飛び乗って、シートに座るも、目がバキバキで、頭もギンギンで、今夜は一睡もできないなァと思いましたが、気がつけば自宅の二階の私の部屋のベッドの上で、気持ちよく朝を迎えていました。パジャマ姿で、推しの抱き枕にしがみつきながら。
良く寝た。お日さま、今日もおはようございます。
酩酊していたせいか、隣の部屋のよりえお姉ちゃんに、
「あんたいびきすごかったわよ。こっちの部屋まで聴こえていたんだから」
と眉をしかめて叱責まで受ける始末で、昨夜のことを思いかえすと、居ても立ってもおれず、携帯電話を顔面に近寄せては、めぐみさんの番号をプッシュしまくりました。オラオラオラオラオラァ!
「なんて返事をしたか、記憶にございませんですって? 政治家の常套手段じゃあるまいし」
めぐみさんはハンバーガーを手に持ったまま、前のめりにどやしつけます。意気盛んなPTAみたいに。
私はあらぬ方向に視線を飛ばしながら、首をふり、とぼけてかすれた口笛を吹き鳴らします。
「真面目に!」
テーブルをドンと叩かれます。瞳まで凝視されます。
「いづきちゃんはさ、灰谷くんのこと、どう思ってるの?」
「ええ……?」
私は肩を落とし、ただしょんぼりとしました。
灰谷くんかァ、正直つかみどころがなくて、まだ怖いんだよなァ。
ルックスもつり目で、顎髭なんか綺麗に生やしちゃって、全然タイプじゃ、全然理想の王子様じゃないし……。
「駄目だよ、イエスかノーかはっきり答えてあげないと、このままじゃ弄んでるみたいで、いづきちゃんがずるい女になっちゃうよ?」
返す言葉もございません。
「でも勇気が……」
もうなんか泣きそう。
「でもじゃない」
そこでめぐみさんがテーブルに置いていた携帯電話からメールの通知音が鳴り、画面が光りました。
反射的に目を向けると、待ち受け画面が黒木先輩です。写真嫌いで有名な黒木先輩をいつ、どうやって撮影したの? ばつが悪そうにめぐみさんは素早く携帯電話を取り上げます。動揺を目の当たりにして私ははっとしました。
「その待ち受け、もしかして盗撮じゃないの? お巡りさんこいつです」
と私は反撃の狼煙をあげました。
「違うから! クラブの集合写真を、ちょっと取りこんで、ちょっと拡大して、ちょっと加工しただけだから!」
とめぐみさんが必死に釈明を求めます。
「うしろ暗さがないなら、スマホ、見せてよ」
めぐみさんは観念したように、恥ずかしそうに震えながら画面を向けました。
ほうほう、携帯電話の待ち受け画面一杯には、たしかに部の記念のアルバムにもある黒木先輩の拡大写真が……。
ん?
目が不自然に大きくて、おまけに普段見せない気障な笑みを口もとに浮かべ、もはや別人です。
いや、加工しすぎだろこれ、人外みたい、なんか光り輝いているし、などと私は思い、青ざめ、嗚咽を覚え、げんなりとしました。
「めぐみさん」
と私は静かに言いました。
「黒木先輩と少しは進展したの?」
「いえ、1ピコも……」
とめぐみさんは言って、テーブルに携帯電話を置いて顔をおおいました。
私とめぐみさんの二人は、楽しい空気の〈ワクワクナルド〉の席で、気が遠のくくらい長い時間、どんよりと頭を抱え、天に召されたかのようにテーブルに顔を突っ伏してしまいました。周囲の奇異なる視線の中で。チーン。
「ママ、アレなに?」
「しっ、見ちゃ駄目よ」
でもそのあとすぐにまたピンチが訪れたのです。
めぐみさんと別れたあと、描きかけの絵があったので、春休みだけれど部室に寄ります。部室の扉を開けると、なんと灰谷くんが独り、窓側でイーゼルにキャンバスを立てかけて熱心に絵を描いているじゃありませんか。ちなみに彼は主に抽象画を専門としています。
「部長、おはようございます」
私に気がつくと、灰谷くんがそう挨拶を寄こしました。
「う、うん、おはよう」
私は佇んで消え入りそうな声が出ます。
どうしよう、いまから引き返すのは不自然だし、かといって二人きりとは。気まずっ……。
私はぎこちなく歩を進め、灰谷くんの位置とは反対側の窓側で絵を描く準備をしました。丁度背中を向ける形で。そしてしばらく心在らずに黙って絵具を溶かし、キャンバスを見つめていました。気が遠のきそうなくらいの静寂です。鳥の啼き声すら聴こえてきません。一向に筆が進まず、悶々としていると、ついに背後から声がしました。
「部長、おれ、後悔していませんから」
決心したような響きです。
ぐ、ちゃんと断らないと、だって私には他に好きな人が……。
そう思っていると、灰谷くんがさらにこう言いました。
「俺、綾瀬部長のことが、本当に好きなんです」
――ん? 石化して、そのあと砂になってさらさらと吹き流される思いでした。
部長→私〇
部長→綾瀬先輩〇
「ま、まぎらわしいんじゃあああ!」
と思わず心の声が爆発して洩れだしました。
言って、すぐに振り返ると、灰谷くんがキャンバス越しに申し訳なさそうに、また、はにかみながら頭を掻いています。
「ハハ、そうですよね。あらぬ誤解を与えたんじゃないかと思って」
そうだよ。そりゃそうだよ。あれ? でも引っかかるところがありますね。
「好きって、Like?」
「いえ、Loveです」
と灰谷くんはケロッと言いました。
「俺、真正のバイなんで」
そしてにっと白い歯を見せました。
「へえ、そうなんだ。なんかすごいね」
衝撃的な告白に自分でもなにを言っているのかよくわかりません。
灰谷くんは眼を輝かせて、
「綾瀬部長、カッコいいですよね。まるで漫画に登場する白馬に乗った王子様みたいで」
と熱弁しました。
「わかる!」
思わず食い気味に大声を発して烈しく同調しました。
それから私と灰谷くんはキャピキャピと女子トーク(?)に花を咲かせてしまい、もう、しまいに私は、灰谷くんを同志であり、好敵手と認める次第でありました。
去り際に灰谷くんは手を差し出します。私は、
「フフン」
とわかったように気取って、頷いては、二人でがっちりと固い握手を交わしました。お互いの健闘を祈って。
なんとも清々しい気分であり、心なしか、窓から吹きこむそよ風も、未来を祝福しています。すると、いつの間にやら黒木先輩が部室のソファに寝そべっていて、
「あのさあ」
と我々に死んだ魚のような眼を向けます。
「もういい加減期待させるのもなんだから教えるけれど、綾瀬のやつ、ずっと将来を誓ったパートナーがいるよ?」
――へ? えええええっ?
思わぬ事実を告げられて、震撼したあと、私の気分は一気に地の底まで落下してしまいました。眼を回して、私はその場にくずおれます。とほほ、そりゃそうですよね。
私はプランクトンになりたい。ただ水中を、プカプカと漂っていたい……。
あっという間に入学式がやってきました。青空が眩しく、ぽかぽか陽気で、桜も満開です。
「部長、これ、どうですかー?」
眼前には、ツギハギだらけの河童の着ぐるみが、両手を広げてそう言いました。
「おい、ジャンプしろよ河童、皿割んぞ」
とミイ子ちゃんがその横で河童をぞんざいにがんがんと蹴ります。
「ああ、いい、もっと」
と河童も腕で胸をX字に抱くようにして、その場でくねくねと躍りながら満更でもないご様子。
「それにしても、演劇部もよく着ぐるみを貸してくれたわね」
とカゴノちゃんはいたく感心したように言いました。
「演劇部には俺のダチがいるんすよ」
と河童は得意げです。
灰谷くんは一歩引いて、なにも言わず、呆れ気味でした。
「よし、お前ら、さっそくうぶな新入生をさらってこい」
と私はもうボス気取りで命令を下します。
「了解」
二年生になった皆さんがぞろぞろと部室から出ていきました。
新入生がやってきたら、部長としてどう対応したらいいんだろう、緊張する。
私はそう思い、気後れしながら、絵でも描いて気持ちを落ち着かせて、ひたすらに吉報を待ち受けます。
どうせなら自分にキャラづけをするか? いや、でも不器用だからな、私。余計なことは考えずに素直に接してあげよう。それがいい。
次第に気持ちが固まっていきます。それにしても今日は異様なまでに蒸し暑いですね。私は上着のデニムジャケットを脱いで、畳んで空いている椅子の背凭れにかけました。期待と不安を胸に抱きながら。
昼休みになると、机をくっつけて、戻ってきた部員たちとお弁当を食べました。
うだるような暑さに耐えかねたせいか、皆さんも上着を脱いでおりました。灰谷くんなんて白T一枚です。そして彼は風呂敷につつんだ重箱を広げます。
「灰谷くんすごい。めっちゃ豪華。それ全部自分で作ったの?」
とミイ子ちゃんが特大の菓子パンを手に訊きます。
「ああ」
と灰谷くんは朴訥と答えます。
「ねえ、私のたこさんウィンナーとそのきんぴら交換してもらえないかしら?」
とカゴノちゃんが小さなお弁当を手に交渉します。
「ああ、いいよ」
「ずるいー、じゃあ私はその鳥の照り焼きちょうだい。代わりにメロンパンあげるから。美味しいよ、これ?」
とミイ子ちゃんも食い下がります。
「いいよ、菓子パンは要らないけど」
「やったー」
その様子を眺めているあいだ、ふつふつとなにか違和感が湧いてきました。しばらく三人の話を聞きながらお母さんが作ってくれた(お母さんありがとう)お弁当を食べていると、ついに私は違和感の原因に思い至りました。
「あの、河童さんいなくない?」
と私は口をはさみました。
するとミイ子ちゃんが息をつき、遠い目をしました。
「河童は水分が切れてお亡くなりになりました」
「違うでしょ」
とすかさずカゴノちゃんがツッコミを入れます。そして私に向かって、
「河童は熱中症になって保健センターで休んでいます」
と説明しました。
「ああ、この暑さだからね……。着ぐるみは脱がなかったの?」
そこで灰谷くんがさらに、
「あの着ぐるみ、背中のファスナーが噛んで脱げなかったんですよ。それで俺が保健センターに担いで行ったら、先生が盲腸の手術みたいにざくざくと着ぐるみにハサミを入れていました」
と説明を添えました。
だからあの着ぐるみ、ツギハギだらけだったんだ。着る度に犠牲者出していちゃ世話ないな。てか皆さん、誰一人河童さんをちゃんと名前で呼んでなくね? それで平然としているし、などと思い、私は色々と困惑を覚えます。
それ以来、彼は部員たちから「河童」と呼ばれる宿命を負いました。
ノー・ウォーリーズ。
ネバーマインド。
つづく




