1-9.冒険者の仕事……この世界には魔法がある!
今日も仕事についていく。家に居るとエスティアが心配するからだ。
俺はナイフしか持って無いので、大きなナタを借りた。
村に余ってる武器は女の子用という感じの短い剣と、壊れそうな槍しかなかったので、大ナタを持ってきた。
村には武器より道具の方が揃ってるので、武器から選ぶより、伐採用の大ナタの方が武器っぽかったのでこれにした。
剣よりは切れ味も良いし、刃の部分が80cmくらいありそうで、短い剣と同じくらいの刃渡りがある。
武器があるのだ。
冒険者なんて言うから、敵が出てきて戦うのかと思ったら、異常が無いか確認しながら歩き回って、獲物が居たら獲って帰るだけだった。
見回り兼猟師って感じだ。スライムとかそういうのはいない。
地球に居た時と違うのは、野生動物がけっこう立ち向かってくること。
なぜわざわざ立ち向かってくるのか意味が分からない。何のメリットも無いと思うのだが。
ナタはあんまり常用の武器としては使われない。
その理由は反撃されるとすぐわかる。
多くの生き物は人間よりずっと小さく素早い。
なので打撃力なんて必要なく、早く振れることの方が大事だった。
こんな使い方だと、大鉈は、いまいち使いにくい。
小さな剣を借りてくればよかった。
「痛っ、こいつが小さくて、ぜんぜん当たらん」
凄い凶暴な鳩くらいの大きさの鳥……と言っても、短距離しか飛べないやつに、突かれた上に逃げられた。
俺が苦戦してるのを見てエスティアが笑ってた。
”性格悪ぅ”と思ったが、練習用の獲物だったらしい。
まあ、ちょっと怪我したが、どう考えても死ぬような相手では無かった。
獲物は好戦的なわけではなく、追いつめられると反撃してくるだけだった。
なるほど。逃げ切れないことを知っているから反撃してくるのだ。
俺は、野生動物には鳩糞爆撃くらいしか攻撃を受けたことが無いので気付かなかった。
俺の世界だと野生動物に農作物被害受けても、資格がないと駆除できなかったりと、かなり野生動物が保護されていたので、野生動物は人間を緊急性の高い脅威とは思っていないようで、人間見ても反撃とかしてこなかったのだ。
ただ、人間の動きは遅く、小動物に攻撃は当たらない。ネズミの類いは剣を目で見て避けてそうにも見える。
あの鳥は、逃げるとき直線的に飛ぶので人間でも当てられるそうだが、俺には無理そうだ。
エスティアたちも、当たればラッキーくらいで挑んでいる感じだ。
こんな方法で捕まえられる可能性は低く、普通は罠で獲る。
だから、これは俺の練習でやってるだけだと思う。
獲物はある程度選べるようで、俺が居るので危ない動物はやり過ごしてくれた。
運が良ければ当たることもある。
動物を倒しても、経験値とかは見えなかった。
もちろん、見えるはずはないと思ってはいたが、ゲームっぽい要素が無いことの確認だ。
弱い獲物で練習するあたり、ゲームの中の経験値稼ぎみたいだったから、可能性を疑っただけだ。
まあ、慣れれば当然、今よりは強くなるのだろうけど。
こんなんなら木の棒で十分だった。大鉈が必要な獲物なんて居ない。
今日一番の大物は鹿。
鹿と言っても、ニホンジカとは見た目やサイズが少し違うが、俺が見て鹿だと思う生き物で、鹿で通じる。
鹿はすぐ逃げるので弓で獲った。
エスティアもリナも、小ぶりの剣とは別に弓も持っていた。
ただし、見回りに持って行くやつは、森の中で邪魔にならないサイズなので、小さく、有効射程は5mくらいしか無さそうだった。
ビックリするほど近寄って撃つ。
短距離しか届かないが、逃げる獲物は飛び道具が無いと捕まえるのが難しい。
単純に届く距離と言う意味では20mくらいは届くのだが、10mも離れると、当たってもたいした傷にならず、逃げられてしまう。結局、有効射程5mって感じなのだ。
5mと言うのは、傍から見てると接近戦って感じの距離で、俺が思ってた弓の間合いと全然違うのだ。
5mでも、当たったところでその場で倒れたりはしない。
追いかけて捕まえる。
結局、致命傷とか言ってる傷でも、逃げる速度が遅くなるとかそんな程度なのだ。
いつかどこかで死ぬのかもしれない。でも、付近で勝手に死んだりはしない。
それでも、剣やナタでは向かってくる相手にしか当てられないので、弓も練習してみようと思った。
鹿は30kgくらいだろうか。
※実際は、おっさんの体重を70kgとすると15kgくらい
首の長い中型犬といった感じの大きさで、俺が鹿と聞いて想像するサイズと比べてかなり小さいが、これが大人サイズらしい。
「その袋、持とうか?」
「そうだな。持ってもらえるなら助かる」
せめて荷物くらいは持とうと申し出たものの、なんか血が固まったようなバリバリの袋に入れて、獣臭と血の臭いでかなり参った。
見た目も嫌だが、血が滲んでるし、死の匂いがする。
この袋一つでエスティアやリナの体重より重そうな気がするが、なんとか運ぶことができた。
問題は重さより臭いの方だ。
エスティアは「男の人ってすごい力持ちなんですね」と言って嬉しそうな顔をしていた。
リナは何か考え込んでいて、何も言わなかった。
俺は服に死の臭いが移って気持ち悪い。
……………………
途中で休憩するとき、リナが道具を使わず火熾ししているように見えた。
手には何も持っていないように見える。
「今何やったんです?」と聞くと、
「何って?」
「今、どうやって火をつけたのかと思って」
「点火を知らないのか?」
「点火?」
点火……点火を知らないのかと言われても、点火が火をつけるという意味だと思うのだ。
俺は、どうやって火をつけたのかを聞いたのに、点火を知らないのかと言われた。
どういう意味だろう?
横を見ると、エスティアも、コイツは何を言ってるんだレベルの顔でこっちを見ていた。
まずい、この流れは……
この世界では、点火のしかたを知らずに大人になると、白い目で見られてしまうのだ。きっと。
静かになってしまったので、仕方なく話を続ける。
「いや、どうやって点火したのかと思って」と言うと
逆に「今までどうやって火おこししてたんだ?」とリナに聞かれた。
考えてみたが、風呂はボタン一つだし、コンロはひねるだけ。
俺はタバコも吸わないし、点火する機会自体があまりなかったので、どう答えるか迷ったが、バーベキューの時の話をすることにした。
「ライターで」
もちろん、通じないのはわかっていたが、そのまま答える。
「ライター?」
そりゃ知るわけない。ここには無いだろうから。
「ライターというこのくらいの大きさで、可燃性のガスが入ってて、
火花で点火する道具があって、簡単に火が点くんですよ」という話をする。
「そのライターという道具を持ってるのか?」
「いえ、持って無いです」
急に場が白けた。
「じゃあ、どうやって火おこしするんだ?」と聞かれた。
「火おこしできません」
そう言うと、なんかもう、救いようのないような、絶望的な空気が流れた。
俺はもう、死んでしまいたい気持ちでいっぱいになった。
でも、心臓は止まってくれなかった。
俺が知る限り、何の道具もなく、大自然に放り出されたら、火を熾すのは、ほとんど不可能に近い超高難易度の大技なのだ。
そんなの現代人の俺にできるかボケ!!と思った。
これには流石にエスティアも絶望感を感じたらしく、俺は”捨てられるかも……”と思ったが、意外にもリナが「徐々にやって行こう」と言ってくれた。
やべぇ、こんな若い子なのに、俺のようなダメ老人にこんな優しい言葉をかけてくれるなんて……と思い、俺の中でリナに対する忠誠度が50くらい上がった。
すると、それに気づいたのか、エスティアも「私も教えるから」と言ってくれたので、エスティアに対する忠誠度も20くらい上がった。
……で、火おこしだが、驚くことに、リナがやってた点火は魔法だった。
まさか、魔法とか言い出すとは思わず「魔法って何だ?」とか言ってしまう。
さすがに、まずいことを言ったか……と思ったが、そこはスルーしてくれた。
点火を知らない時点で、期待値がゼロに落ちてたのだと思う。
なんと、この世界には魔法があった。
ただ、ゲームの中のような派手なものは無く、道具が無くても火か起こせるとかそんなレベルのものだった。なんてリアルっぽい、しょっぱい世界なんだと思った。
でも、確定した。ここは俺が住んでいた世界とは別の世界だ。
エスティア達に、引き取ってもらってから10日くらい経ってるが、魔法なんて、今まで話にもあがらなかったのは、あまりにも当たり前に使えるものなので、知らない人が存在するとは思わなかったようだ。
今日は、ここで切り上げて、獲物を売りに行った。
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村には、獲物を常時買い取ってくれる場所は、村役場兼取引所があるだけで、あとは個人で直接交渉しかない。
鹿丸ごと一頭は、普通の民家一軒では消費できないから、バラで売る必要があるとか、時間が遅いからとか、なんかいろいろ理由があるようで、取引所で売った。
取引所に一頭丸ごと売るとあまり高値で売れないそうだが、それでも、”俺が1人増えてもお釣りがくるくらい儲かった”らしい。
通貨はある。貨幣だ。紙幣は無いようだ。紙の金は知らないという。
だが、俺には、ここの貨幣価値がわからない。
計算機頼りだった俺でも、少々の計算はできるが、物価がわからないのだ。
獲物を持ち帰ること自体が、かなりの労力になるということで、こういう世界では重いものを運べるだけで充分価値があるんだなと思った。
獲物運ぶだけで、食っていけるかもしれない。少し希望が湧いた。
あの臭いに慣れなければならないのが憂鬱だが。
キノセ村は獲物の相場が低く、大きな町に行けばもっとずっと高く売れるが、大きな町の近くは獲物が少ないと言う。
まあ、そんなものだろう。
自動車もないので、運ぶのにも大きな労力がかかるのだ。
その後何日かは、エスティアとリナに付いて行ったが、毎日お釣りが来るほど儲かったという。
俺が獲物を捕るわけではないので、不思議なのだが、獲物をたくさん持ち帰れるからだろうか?
相変わらず、獣臭と血の混ざった臭いで参った。
これは、なかなか慣れないし、慣れたくない。