1-5.引き取り先決まる
村まで連れてきてもらったのは良かったものの、49歳の主人公はここでは老人扱いで引き取り先が決まりません。ババの押し付け合いの結果どうなっていくのでしょうか。
俺の身元確認は、実は5日ほどで既に済んでいて、確認した範囲で”該当無し”という結果は出てるらしい。
その報告は、俺には無かった。野次馬おばちゃんからの伝聞だ。
俺は、蚊帳の外なのだ。
今は、その後の扱いについて話し合われてるようだ。
はじめの3日くらいは、体が回復していなかったので、食事して寝て……で、あとは見物にくるおばちゃんと話してれば暇が潰れたが、いい加減飽きた。
誰と話しても同じようなことしか話さないので、新情報も尽きてきたのだ。
昨日くらいから暇を持て余すようになってきた。
まあでも、体が弱っていたせいで、暇が自動的に潰せたのは良い面でもあったと思う。
何日も遭難してると、回復するのには、やはり数日はかかってしまうのだ。
いや、むしろ、回復早すぎないか? 豪華とは言えない食事で、こんなにすぐ回復するのだ。
俺の体は順調に回復したが、俺のこれからは期待できそうもない。
……………………
俺をどうするかで、相当揉めてるらしく、話し合いの声が聞こえる。
これなら聞こえない方がマシだ。中途半端に聞こえるのが辛い。
俺は、思いっきり”産廃扱い”だった。
俺は、あのまま死んだほうが良かったのかもしれない。
”結果として、苦しむ時間が伸びただけ”なんてことになったら嫌だなと思ったのだ。
揉めてる理由は、老人とは言え、一応男なので女がいる家には置けないからだそうだ。
ここ何日か寝泊まりしている小屋は、村長の家の一部という扱いで、ここに住むと村長の家族という扱いになるのでまずいようだ。
村長の奥さんだと思っていたご婦人……というか、おばちゃんは村長さん本人だった。
旦那さんは既に亡くなってるのだろうか。
確かに、そこに俺のような男が住んでるとまずいか。
けっこう、そういう部分では厳しい土地なようだ。
俺はここの道徳観とか宗教観は知らないのだが。
この村は妙に女性が多いように見える。
驚いたのだが、野次馬おばちゃんが言うには、この村に独身男はいないらしい。
しかも、小さな村ではそれが普通だと言っていた。
若い男性は既婚率100%。そんな世界であれば、俺もこの世界に生まれていたら結婚してそうだ。
それが幸せとは限らないが独身男が居ないというならそうなるはずだ。
それにしても、中年の独身者が居ないとしても、結婚前の男性も存在するはずだ。
子どもの頃から結婚?、婚約か?しているのかもしれないが、そもそも結婚前の若い男が居ないように思える。
この村に来てから一度も見ていない。
この村にいないとしたら、若い男はどこにいるのだろうか?
都会に出稼ぎにでも行くのか?
大きな町だったら、寮があるみたいな話も聞こえた。
大きな町には、男子寮みたいなものがあるらしい。
この歳で男子寮か?とも思ったが、男女の区別が厳密な社会だと、独身のおっさんが男子寮に入ってたりしてもおかしくないのかもしれないと思った。
独身者は村や町で生活できないのかもしれない。
独身男が存在しない世界があったとしたら、そう考えると、俺は凄く気持ち悪い存在なのかもしれない。
俺はよくわからないうちに、ここに迷い込んでしまっただけだというのにこの仕打ち……
確かに俺の知っている動物にも、オスは成長すると群れから離れて暮らすようになる種類の動物がいた気がする。あれと同じ方式なのだろう。
それはそうと、時折、”処分”、”処分”聞こえるのだが、殺すってことだろうか?
助けて殺すってのも変だし、積極的に人殺しはしたくないだろうから、村からの追放なのか?
結局、村の近くで死ぬだけで、あんまり変わらない気もするのだが。
俺は横浜で誰にも必要とされずに捨てられて、この世界でも誰にも必要とされていないような気がしてきた。
遭難中は辛かったが、今も違う種類の辛さを感じる。
俺は何故ここに来たのだろうか?
平和な横浜での暮らしを捨てて故意にここに来たのだろうか?
誰が何の目的で、俺をこの世界に連れてきたのか。
まあ、俺は元からこの世界の住人で、横浜という脳内都市からやってきたと思い込んでいるだけの現実逃避おじさん、あ、お爺さんか、まあ、そんなものなのかもしれないが……でも、どう考えても、俺は日本での生活を覚えているし、この世界については何も知らない。
自分の名前さえ思い出せない俺は、いったい何者なのだろう?
横浜市民だと思っている、この記憶さえも怪しく思えてくる。
……………………
そんなのが何日か続き、ようやく、話し合いの場に俺が呼ばれる。
当事者である俺を呼ぶのが遅すぎる。
たぶん、この村に来てから、もう8日目だと思う。
いろんな意味で時間の流れの遅い世界なのだろう。
12~13人集まっている。エスティアとリナも居た。
「この男をどうするか。村に置くなら、引き取り手が居ないとね」
「悪いが、村に老人を養う余力は無いよ」
「どこから来たんだ? どこに住んでた?」
「聞いたってわからないもんは、わからないんだよ!」
「村に置くなら、引き取り手が必要だ!!」
「だから、こんな老人養う余力無いから!」
そんな感じで無限ループ的に同じ話が繰り返された。
なんか、俺は凄く当事者意識を感じない。
俺が当事者なのに、俺は何も話す機会が無い。
俺は、自分のことなのに、凄くどうでも良い気持ちでいっぱいになっていた。
すると、見かねたエスティアが、「引き取り手が無いなら私が引き取ります」 と言い放った。
エスティアは遭難した俺を助けてくれた女の子だ。
すると、一気に話が収まった。
今まで、さんざん揉めてたのは、ババの押し付け合いで、誰がそれを言い出すかという意味での話し合いだったのだろう。
口に出さないだけで、”あーあ、自分から貧乏くじひいちゃった”……とでも言いたげな人が何人か居たが。
それにしても申し訳ない。
たまたま救助しただけだというのに、エスティアとリナたちの家に、居候させてくれると言うのだ。
こんな小汚いおっさん……ここでは老人を。
もう、エスティアが天使に見えた。
まあ、その隣のリナは、どう見ても迷惑がってるようにしか見えないのだが……
わかっちゃいるけど、凹む。
ただ、女がいる家に男は置けないって言ってたのと、矛盾してるように思うのだが、問題無いようだ。
ここの常識がよく分からない。
エスティアが「私たちの家で良いですか?」と言うので、
藁にも縋る気持ちで「もちろん置いてもらえるなら何でもします」……と言うと周りから睨まれた。
本当は、村から出ていって欲しいと言うのが本音なのだろうか? 妙な空気が流れた。
エスティアはものすごい赤い顔をして「何でもなんて、そんなこと」とか言っていたが、女の子にこんなこと言わせちゃいけなかったんだなと思い、ますます情けなくなった。
いくらババの押し付け合いでも、少しくらいは回りから反対の声が上がるかと思っていたのだが、なんだかあっさり収まった。
いったい、どういう基準で動いている社会なのか、ぜんぜんわからない。
それはともかくとして、いずれ自立するにしても、住む場所も助けてくれる人も居ないことには、最初で躓き、詰む可能性が高い。
困って助けを求めても、誰も積極的に手助けはしてくれないだろう。
何しろ、俺の扱いはここでは産廃なのだ。
産廃に恩売っても何にもならないから。
村から捨てられても、普通の人ならホームレスでも生きていけるのかもしれないが、ついこないだ遭難して死にかけた俺が生きていける可能性はほとんどない。
しかも、あれは、この世界の人から見たら遭難ですらなく単なる行き倒れなのだ。
その場で解散になって、皆バラバラと去っていく。
「私に付いてきて」
何の手続きも無く解散だ。
俺の知ってる常識では、何かが決まるとだいたい書類手続きをする。
そういう手続きが存在しない世界なのだ。
お礼を言おうと思ったが、なんか、口を開くな的な空気を感じたので、静かに付いて行った。
リナも一緒だったが、リナには冷たい目で見られた。
リナとエスティアは一緒に生活している。
こんなおっさん家に置きたくないのはわかるけど、ちょっと凹む。
早く自活できる目途付けて出ないとと思った。