1-4.村には着いたが老人扱いで引き取り先が決まらない
前回、エスティアとリナという女の子に助けてもらい、最寄りの村まで連れてきてもらったところから話ははじまります。ところがここには電気もガスも自動車も無さそうです。
村は……なんというか村だった。
まとまった広大な畑は無く、木造の家屋がポツポツとあり、その庭のあちこちに作物が植えてある。
この程度の畑で足りるとは思えないので、農地は家とは別に、少し離れたところにあるのだろうか?
電線も、街灯も、自動車も無い。田舎だからと言う理由だけでも無いように思う。
茶色い鶏がたくさん居る。
鶏と呼んで良いのかわからないが、放し飼いになっていて、俺の知ってる普通の鶏より、ずいぶん可愛い。
※鶏って怖いですよね。鶏冠あるし、嘴鋭いし、
西根家最強の生物も、ヒヨちゃんという鶏ですし。
村に入って2、3分しか経ってないと思うのだが、ついさっきまで、それほど多くの人に会わなかったのに、今度はゾロゾロと人が集まってくる。
しばらくしたら、村人全員が出てきたんじゃないかと思うくらいの人数になっていた。
全員が集まるわけは無いので、意外に人口が多いのかもしれない。
大勢に囲まれる感じではなく、ほとんどの人は、少し離れたところからこちらを見てる。
「ずいぶん大きいな」、「でかい」
俺が巨人にでも見えるのか、大きい大きいと大騒ぎだった。
俺も巨人になった気分だ。
”伝説の巨人”では無い、”普通の巨人”だ。
俺の世代の場合、”伝説巨人”と聞くと、”全員死んでハッピーエンド”
みたいなイメージがあるので、不吉な感じになってしまう。
”普通の巨人”だ。
幸い、ここには”伝説の巨人”の伝承は無いようで助かる。
※有ります。自分でフラグ立てるのは、よろしくありませんね。
リナやエスティアは成長途上かと思っていたのだが、
あのくらいの背丈でも普通の大人サイズだったようだ。
男性も老人が何人か居るが、腰伸ばしてもせいぜい高くて160cmくらいしかなさそうに見える。
女性より男性の方が背が高いが、俺から見ると、全部子供サイズに感じる。
家に入ろうとすると、頭が当たる。
”ガン” 痛い。
家の入口はとても低く、だいぶ頭を下げないと入れない。
天井は高いので中は問題ないが。
あんまり歓迎されていなさそうな雰囲気だ。
……………………
さっぱり成果が得られないような事情聴取を受けて、すぐに身元確認して、引き取り先が決まればそこに行くことになるそうだ。
そんなことを言われても、横浜市民の俺の身元確認が、ここですぐ取れるわけもないと思うのだ。
何しろ、ここの人たちは横浜市を知らないというのだから。
俺の知ってる常識では、日本語が通じる場所で、横浜市を知る人が全く居ないなんてことはあり得ない。
ここが過去の日本であれば……横浜港開港以前だったら……いや、現代語がそのまま通じているのだから、ここは過去の日本では無いだろう。
そもそも植生が違う。
この世界に横浜は無いのだと思う。
まあ、ここがどの時代のどんな場所だとしても、俺は横浜市民だ。
横浜がどこにあるのかわからない状況で身元確認は不可能だ。
身元が確認できないとどうなるか聞いてみる。
「もし身元が確認できなかった場合、どのようになるのでしょう?」
これを言った時点で、身元確認が取れない可能性が高いことは伝わったようで、さっそく揉めはじめてしまった。
「確認できなかったら……そりゃぁ……」
「どうすんだよ」、「どうしようかねぇ?」みたいな時間の無駄っぽいやりとりが続いていた。
さらには”拾ってくるから面倒なことになる”とか言われてて凄く凹んだ。
これじゃ、捨て猫扱いじゃないか。
つまりは、あのまま死ねと……そういう世界なんだな……と思った。
やはりここは、”地球”ではないと思った。
地球上にも、”人を拾ってくるな”的な地域もあるだろうが、そういうのは、もっと貧しかったり、バイオレンスな環境だと思うのだ。
なんか、ここはそう言う感じではない。
平和なのに”不要だから拾ってくるな”の世界だった。
人権とか言葉も知らなそうだ。
もし、ここが地球ではないとして、なんで都合よく言葉が通じるのだろうか?
通じなかったらもっと困るが。
……………………
……………………
困った。
言葉が通じるし、とりあえず人里に来られたのは良い。
だが、放置状態だ。
俺は当事者なのに、部外者扱いで、ほぼ放置。
食事だけは出てくる。
俺は一生ここに軟禁され続けるのかもしれない。
そんな風に思える。
何度目かの食事の時やっと教えてもらえたのだが、引き取り先が無い場合、普通は領主に届けられるそうだ。
「でも、その年だろう……」
年で対応が変わるのか。だが、その先を聞いて驚いた。
村長さんの奥さんなのかが言うには、つまり”年寄りは除く”だそうだ。
俺はお年寄り……なのかよ! 49歳は老人枠かよ!
俺の感覚では、49歳は若くは無いが、年金貰えるのはだいぶ先。
俺的には、まだ老人には含まれないと思っていた。
しかし、ここでは老人なのだ。
聞けば、俺のような年の男は滅多にいない……だそうだ。
村民にお爺さんも、何人か居たような気がしたんだが、確かに50歳くらいの人は見ていないかもしれない。
お爺さんが居るのだから、その手前の歳の人も居るはずだ。
転職みたいなもので、村に定住できる年齢制限があるのかもしれない。
ある年齢を越えたら、他の村には移れないとか、そういうことなのだろうか?
確かに、若い頃この村で社会保障費を支えていない者が、年取ってから”村民になりたいです!”とか言い出されても困るのかもしれない。
”社会保障”とか、明確な名前は付いてなくても漠然と概念としては存在するのかもしれない。
役立たずの年寄りが増えたら、村の負担が増えることくらい誰にでもわかる。
……………………
数日は、村に居ても良いことになったが、このまま滞在期限が来ても、俺にはどうしようもないような気がする。
身元確認の数日間は、空き家というか物置小屋というか、あまり人が住んでる気配のない小屋に軟禁状態だった。
俺にとっては絶望しかない。身元調べたところで、該当者無しだ。
俺の住民票は横浜にある。
せっかく助かったと思ったのに、先のことを考えると、ろくな未来が見えない。
本当にここはどこなのだろう?
俺には横浜に住んでいた記憶しかない。
そのあと俺はどうやってここに来たのだろう?
そんなことを考えまくるが、頻繁に人が見に来る。
村に外部の人間が来るのがよほど珍しいのか、次々に人が覗きに来るので落ち着かない。
あまり、プライバシーとか、そういう概念は無いのか薄いのか、遠慮せずにジロジロ見ていく。
言葉が通じなければ外国かと思うが、言葉が通じるのに生活も常識も異なるところが妙に思える。
そんな調子の良いことなど現実にあるわけがないのだ。
だから夢の中か、ゲームや物語の中くらいしか思い当たらないが、現実の世界にしか思えない。
まあ、夢の中ではおかしなことがリアルに感じたりするものだが。
覗きに来るのは、中年女性や、小さい女の子が多い。
村の中は女性がほとんどで、男性はほとんど見当たらない。
男は出稼ぎにでも行ってるのだろうか?
それとも徴兵で連れていかれたとかあるのか、ほとんど見かけない。
まあ確かに、力仕事をやらない俺は、あまり力は無いが、それでも、これだけ男が少なければ労力として珍重されそうなものなのにと思う。
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凄く居心地悪いが、1つ嬉しいことがあった。
だいたい一日一回、朝か夜にエスティアとリナが見に来てくれた。
すぐ帰ってしまうのだが。
俺は、たまたま拾っただけなのに、律儀に見に来てくれることに感謝していた。
助けてもらったからなのか、俺はあの2人には特別な感情を持っている。
他の人は、だいたい暇つぶしに見に来るだけで、まともに人間として接してくれたのは、あの2人だけのような気がするのだ。
それ以外に良いことは何も無い。
暇だし、見張りなのかトイレに行くだけで人がぞろぞろ着いてくるし、先が見えずストレスが激しかった。
それはそうと、もう何日も風呂に入ってないのだが、風呂の話が全く出ない。
風呂はどうすれば良いのだろう?
…………
暇すぎて自分の体を見ていて気付いたのだが、ちょっと異常なほど筋肉が付いている。
俺は普通の中小企業のサラリーマンで、肉体労働では無かったので、正直あまり筋肉は無かった。
若い頃から運動なんかほとんどしていないので、もっと腕は細かったような気がする。
ところが、いつ鍛えたんだか覚えてないが、今は腕も足もずいぶん筋肉ついて、腹の贅肉がだいぶ減ってた。
遭難してたし贅肉は減るだろうが、筋肉は遭難する前からついてたはずだ。
それと、目はコンタクトではなく裸眼の視力が上がっていた。
まったく記憶に無いが、日本にいたとき視力矯正手術でも受けたのだろうか?
俺は重度の近視だった。
だが、視力矯正手術は受けなかった。
記憶にある範囲内では。
受けても意味がないと思ったからだ。
老眼になると近くが見えにくくなる印象があるが、実はピントの合う範囲が狭くなるだけで、遠くがよく見えるようになるわけではない。遠視になる訳ではないのだ。
俺の仕事はPCを使う機会も多く、遠くが見えるようになったからと言って凄く便利になったりはしない。
近視で老眼になっても、遠くが見えるようになったり、近くが見えなくなったりはしない。
近いところしか見えず、ピントの合う距離がより狭くなるだけだ。
つまり、裸眼で遠くがよく見えるようにすると、近くを見るとき結局メガネが必要になる。
50歳近い男が、今更裸眼で遠くが見えるように手術を受けても、老眼鏡が必要になるので意味がないと思っていた。
なのに、わざわざ手術受けたのだろうか?
まあ、そのおかげで、今は助かっているが。