花に希を、歌に愛を
『歌乃ちゃんと花乃って、本当に双子なの?』
初めは疑いだけだった。
『花乃はあんなに可愛いのに歌乃ちゃんはなんか地味だし、全然似てないよね。』
思えばそんな心のない一言が、事の発端と言っても良いだろう。
初めはどうでもいいと思えていた。
『花乃は男の子に人気がありそうだし友達も多いけど、歌乃は勉強だけよね。』
『ああ、結婚できるか不安だな。』
いつからだろう。両親まで心のないことを言い始めたのは。
高校2年生になった柊 歌乃。私は比べられっ子だ。
(※比べられっ子とは、比べられる子という意味です。)
「花ー!早くしないと置いて行くよー?」
「歌ちゃんっ!ちょっと待ってー!」
花は相変わらず朝に弱いな。こうやって毎日私が花を急かしている気がする。
「花、行くよ!」
「はーい!」
私たちが通う才華高等学校、略して才高は、柊家から徒歩20分という近場に位置している。花と話しながら向かっていれば20分なんて一瞬で、私たちはいつの間にか校門の前だった。
私たちは入学一年目にしてクラスが離れてしまい、花は2組、私は5組となった。不安が#募__つの__#るなか入った5組の教室も、入学して一週間しか経っていない今はだいぶ馴染めている。
「舞衣ちゃん、おはよう。」
「あ、歌乃ちゃんおはよう。」
この子は伊東舞衣ちゃん。真面目で大人しくて控えめ。そんな弱気なタイプのクラスの女の子だ。
舞衣ちゃんとは高校初日にたまたま話したことがきっかけで、クラスではずっと一緒にいる仲の良い友達だ。舞衣ちゃんは大人しくて優しいから話しやすくて楽だ。
私は、クラスの中心にいるようないわゆる陽キャがあまり好きではない。友達にするなら、どちらかというと舞衣ちゃんのような落ち着きのある子がいい。
でも最近気がついたのは、明るい性格の子がいないとすぐに気まずくなってしまうということだ。私も話術はあまり得意としないため、どうしようもないのだが。
「そういえば歌乃ちゃん、双子なんだっけ?」
「うん!可愛い妹がいるよ。」
私は花が私の妹であることが誇らしい。あんなに愛嬌があってコミュ力のある花が私の妹だなんて、不思議なものだ。
私が花に勝っている個所は、恐らく頭脳だけ。私は勉学に励みずぎてメガネっ子になってしまったほど、一時期勉強し続けていたことがある。中学校ではよく、私と花の判別基準にメガネが使われていると聞いていた。
眼鏡のせいで見た目がおろそかになっていることは承知しているつもりだ。だがあの頃の努力が今も良い影響を及ぼして、入学早々のテストではスラスラ問題を解くことができたのだ。
「妹さんって、もしかして2組…?」
「え、そうだけど、なんで知ってるの?」
もしかして花、もう高校でも有名人になってしまったのだろうか。
「なんか「可愛い子がいる」って話題になってたよ。」
そうなのか。私は花や舞衣ちゃんとしか話題を共有できていないから、花がもう有名になっていることは知らなかった。
「それ、中学の時も同じ現象起きてたんだよね。」
「妹さんって人気者なんだね…!」
花は小学生の頃から大人気だった。もちろん容姿のこともあるが、なんと言っても容姿に負けず劣らずのコミュ力。
花は昔から人と話すことを好んで話術を極めていた。その頃勉強だけにしか興味を示さず出遅れていた私は、その時からすでに負け組という運命が決まっていたのかもしれない。
でも私は自分なりにこの日常に満足しているし、花や舞衣ちゃんと毎日話せているだけで幸せだ。
お母さんやお父さんはちょっぴり厳しいけれど、そんな教育のお陰で今高校の勉強にもついていけているのだと思うから、両親には感謝している。
「柊さんって双子なんだって!」
「マジ!?双子ってすごいね!初めて見たー!」
「それ知ってる!2組の花乃ちゃんでしょ?」
花が早速有名になったからだろうか。「双子」という新鮮なワードに反応して私たちを話題にしている、クラスの女子たちの話し声が聞こえてくる。
私は花が妹であることが、何よりも誇りだったのに――。
3日前ほどにやったテストの結果が返ってきた。テストは才高に入って初回だったため、国語・数学・社会・理科の4教科だった。
私はどうやら全部90点以上だったようでひとまず安心した。だが残念ながら満点はなかったから、親の反応はイマイチだろう。
「歌乃ちゃんって頭良さそうだよね。」
え、私が舞衣ちゃんに言おうとしていたことを何故舞衣ちゃんが!
「いや、舞衣ちゃんは満点あったでしょ…?私は無かったの…。」
「えー!そんなに落ち込まなくていいのに…!」
否定しないということは、舞衣ちゃんは満点があったのか。どうしよう、友達の学力がこんなにも高いのなら、両親に怒られるだろうか。嫌だな…。
「えっと、本当にごめんね…。」
舞衣ちゃんは申し訳なさそうな表情で言う。
「えっ?何が…?」
「その、実は歌乃ちゃんの個票…見えちゃって…。」
個表とは、個人の成績が書かれた成績表のようなものだ。そんなに申し訳なく思わなくていいのに。
「私こそごめん。あんな見えやすく見て…。」
「なんで歌乃ちゃんが…。じゃあ、おあいこってことで…。」
やっぱり舞衣ちゃんはいい人だ。
「ふふっ、そうだね。」
「歌ちゃん成績どうだった…?」
花とつく帰路。唐突に花は言った。
「まぁまぁだったけど、満点はなかった…。」
「満点のこと気にできるなんて、やっぱり歌ちゃんは凄いなぁ…。」
花は私と違い勉強に熱心に取り組んでいるわけではないから、もしかして結果が散々だったとか?
「花はどうだった…?」
「それが聞いて!?全部ギリギリ50点以上だったの!ホント歌ちゃんの頭欲しいよ!」
「頭欲しい」って、花は本当に天然だよなぁ。ていうか全部ギリギリ50点以上って、それヤバいんじゃ…?花の成績を改めて聞くと、自分の学力がマシに思えてしまう(決して花を煽っているわけではない)。
「ただいまー!」
花の甲高い声が家中に響く。
「花ちゃん、歌、お帰りなさい。テストの結果返ってきたでしょう?」
出迎えたお母さんは、早速テストの話を持ちこむ。
「えっと、ママ――」
「玄関ではテストの話なんてよそうよ。」
気まずそうに目をそらす花の代わりに私が誤魔化す。これはテストが返ってきた日に起きる"イベント"の一つと化していた。
「まぁそれもそうね。ちょっと歌の成績が気になってね。」
私だけなんだ。まぁ別に、いつものことだからもう慣れっこだけど。
私はお姉ちゃんだからか、両親にとても期待されている。そのプレッシャーがだいぶ重いのだけれど、そんなこと親に言えるわけもなく努力し続けている。
それでも友達関係はなかなか良好にはならず、相変わらず友達と呼べる子は指を折って数えられる数なのだ。両親には友達関係のことで心配をかけているから、なるべく早くこのコミュ障地獄から抜け出したいのだが。
私の友達関係については親ほどでもないが花も気にしていて、一度花の友達である同級生を紹介されたこともある(その先はどうか察してほしい)。
「それで歌、成績はどうだったかしら?」
リビングに着くと早速問いかけてくるお母さん。私は満点を取れなかったし、お母さんの期待を裏切ってしまっただろうか。
「ごめんお母さん…。私満点一個も取れなかった。」
私は息を呑んでお母さんに宣言する。お母さんの表情が険しくなったのが分かった。
「…そう。でも90点は上回ったわよね?見せてちょうだい。」
90点以上は取れて良かった…。私はお母さんに遠慮がちに個票を渡す。
「あら、数学と国語と理科は98点だったのね。歌、社会は96点だしもう少し頑張りましょうね?」
そんな期待の大きいお母さんの発言に、花は驚愕していた。
「花ちゃんは50点以上は取れたかしら…?」
分かりやすく肩をビクつかせる花。
「う、うん。ごめんね、歌ちゃんみたいに賢い子じゃなくて――」
「そんなことを心配していたの!?花ちゃんは可愛いしお友達もたくさんいるから、成績なんて気にしなくていいのよ~?」
あぁ、また花だけ…。花が社交的なのは分かるけど、毎日続く明らかな贔屓に私の心は傷を負っていた。
どうやら私の学年順位は、3位だったらしい――。
「次の理科って実験だよね?」
「そうだね、移動教室だ。」
私と舞衣ちゃんは二人で移動する。休み時間なこともあり、廊下は案外賑やかだった。そして階段に差し掛かった時だった――。
「歌乃ちゃんと花乃って、本当に双子なの?」
花がいた――。花は知らない女の子と話していて、ちょうど私のことも話題に挙げていた。
「何をそんなに疑ってるのー?」
笑いながら返答する花には、きっとその女の子が言った言葉の意図が分かっていないのだろう。その女の子はきっと、花と私の容姿やコミュ力の違いについて疑問をもっているのだろうけど。
「いや、やっぱり何でもない。それより早く行こー!」
話していた相手の子が花の天然さを理解していて、且つ優しい子で良かった。もし直球に話の意図を言われていたら、きっと花に心配されていただろう。
「えっと、歌乃ちゃん大丈夫…?」
「えっ…?」
しまった。舞衣ちゃんと一緒にいたのを忘れて自分だけの思考の沼に入っていた。
「ごめん!行こうか。」
「ううん、大丈夫。何か悩み事とかあったら、えっと、私で良かったら話聞くからね…?」
舞衣ちゃんは本当にいい子だな。眼鏡の下に見える舞衣ちゃんの表情は、ほんのり赤く染まっていた。きっと勇気を出して言ってくれたのかな。
「舞衣ちゃん、ありがとう。舞衣ちゃんも遠慮なく言ってね!」
私たちはそんな他愛のない話をしながら理科室へと向かった。
「歌ちゃん!今日私と歌ちゃんが本当に双子なのかって疑われたの!どういうことだと思うー?私全然分かんなくて友達困らせちゃった…!」
花はどこまで天然なのだろうか。まさか私本人にその話をしてしまうとは。
「うーん、双子って珍しいからじゃないかな。」
「そっか!じゃあ私、歌ちゃんを見せれば良かったのか!」
花がアh…、天然である意味良かった。
「今後そのようなことがあっても、私を呼ぶのは絶対にやめてね?」
「えー!!なんでー!?」
花は良い意味で扱いやすくて、毎回助かっている。花とつく帰路はいつも賑やかで、毎日元気をもらっているのだった。
私は今2組に向かっている。何故かというと――。
『歌ちゃん!明日私のクラス見に来てよ!』
そう、花に誘われて来たのだ。「来てしまった」感が拭えないなか、2組の前に到着する。
「花乃はあんなに可愛いのに歌乃ちゃんはなんか地味だし、全然似てないよね。」
えっ…?話しているのは2組の前にいた女子二人組だった。2組の子たちだろうか。
「それマジ分かる!ホント共通点身長くらいなんじゃないの?」
笑いながら言う女子二人に、私は硬直したまま動くことが出来なかった。
「あ、あれ歌乃ちゃんじゃない?」
私は慌てて視線をそらして、見ていなかったふりをする。
「花乃に会いに来たのかな?並んじゃったらもう実質双子じゃないでしょ。」
次々に降りかかる辛辣な言葉たちに、私は居ても立ってもいられず走り出した。どうしよう、絶対不自然に思われた!花、会いに行けなくてごめん!たくさんのやるせない気持ちたちが頭を駆け巡るなか、私は花の顔を思い浮かべていた。
「歌ちゃん、今日2組来なかったね!もしかして忙しかった?」
気分は落ち込んだままついた帰路で、花は私に問いかける。
純粋無垢な花の心に嘘をつくのは心苦しいが、その気持ちも呑み込んで私は言う。
「ごめんね、今日クラスの女子に手伝い頼まれて。」
「えー!?」
さすがに嘘の内容が無理矢理すぎただろうか。「手伝い」って何って感じか。
「私も呼んでくれれば良かったのに!」
私の予想は、嬉しいことに外れてくれた。そうだ、花は天然だった。私は一番肝心なことを忘れていて、なんだか損をした気分になる。
まるでボケとツッコミのようなやり取りを繰り返す私たち。私と花は、非常に相性が良いのかもしれない。
「花ー!初日なんだから早くー!」
「はーい!今行くよー!」
高校2年の初日、今年こそは花と同じクラスになれるといいんだけど。1年の頃に仲が良かった舞衣ちゃんは偶々仲良くなれただけだし、不安は募る。
「柊歌乃――」
私は今年も5組だったらしい。花は何組だろう。
「あっ!花も5組っ!!」
「えっ!歌ちゃんと一緒!?」
なんと私たちは、ついに同じクラスになることができたのだ。
「花やったね!」
「うん!嬉しいっ!」
え、花泣いてるの?嘘でしょ…?
「もう、花ったら。合格発表じゃないんだから。」
花の心は真っすぐすぎて私が辛くなる。こんな純粋すぎる性格で、将来社会でやっていけるのだろうか。なんだか上司のスパルタで心折れてそう。まぁ、花のコミュ力ならやっていけるか。なんて関係のないことを考えてしまう。
「あの子泣いてんの?」
「マジ?ちょ、可愛いんだけど。」
「…花、早く行こう。」
私たちは一緒に5組の教室に向かう。私の視点だと、ほとんど知らない人でいっぱいだった。でもきっと花にとっては真逆だったのだろう。
「あれ?花乃!?」
「やった!花乃と同じクラス!?」
やっぱり花は凄いな。あっという間に花の周りにクラスの女子全員が集う。一部ではなく全員。私だけが集まっていないような孤独感に襲われる。
「みんな、私も嬉しー!!ギュ!!」
花はクラスの女子全員に、順番に抱き着いていく。
「歌ちゃんもこっちおいでよー!」
えっ。女子全員の視線を浴びる。「あいつ誰?」とでも言うような鋭い視線。私は完全に悪目立ちしていた。いや、いやいやいや、花!!なんで今私を呼ぶ!?
「もしかしてあれが花乃の双子の?」
「え、嘘でしょ?」
「うん!あちら、私の姉の歌ちゃん!歌乃だよ!!」
ガイドのように宣言する花の声は、教室の中に響いていた。
「花~…。なんであんなことしたのよ…。」
「えっ?アンナコト…?杏奈のこと?」
もう、花は何を言っているのだろうか。杏奈って、友達の名前だろうか。私が頭を抱えていた時、花は本当に不思議そうにしていたから笑ってしまった。
「と・に・か・く!」
「と・に・か・く!?なになにー!?」
もう、いちいち反応しなくていいのに。
「とにかく私が目立つことしないで。」
花はポカーンとしていた。
「あ、歌ちゃんって目立つのニガテだったっけ?ごめんなさい…。」
さっきの小悪魔のような表情をガラリと変え、急に申し訳なさそうにする花。きっと花が好かれる理由はここにもあると思う。花のこんな純粋さに恋をする異性も、きっと数えきれないほどいるだろうな。
私たちは、明日に続く帰路を騒がしく通り過ぎていく。
「歌乃ちゃんとかって子、ずっと花乃と一緒にいようとするよねー。」
「あれマジ迷惑!」
あ、まただ。廊下を歩くと聞こえてくる悪意の塊。隠そうともせずに堂々と話す女子たちに、私は正直慣れていた。それでも花と離れようとしない私が悪いのだ。
私が邪魔なことなんて、とっくに知ってるよ…。
「あの子絶対自分のこと可愛いと思ってるでしょ。」
それも知ってる…。私はきっと気持ちのどこかで「あんなに可愛い花と双子なら、私も可愛いんじゃないか」って思っていた。
「なんか花乃を守ってるつもりでいそう。」
それも、知ってる…。花はずっと私の妹だし、どうしても守ってあげなくちゃって思っちゃうんだ。これが言い訳なことも、知ってるんだ…。
「みんな何話してるのー?」
「…っ!」
今来ちゃだめだって…。私たちのことを言っていた女子グループに、なんと花が乱入してしまったのだ。
「いや、何も大した話してないよー?」
「えー!気になるー!!」
そうだ、こんな花の純粋さが今にも崩れそうで怖かったんだ…。今にも折れそうな細い手足で、一生懸命身振り手振りをつけて元気に走り回っているような、そんな花が何故だか心配だったんだ。
「もしかして、ズバリ恋バナしてただろっ!」
「えっ?なんでばれたのー!?」
友達の上手な嘘にまんまと乗っけられてしまうような、そんな真っすぐな心が心配だった。
でも冷静に考えてみれば、それは一種の嫉妬だったのかもしれない。本当に花の純粋さに嘘がないのかを見抜こうとしていたのかもしれない。そんな負の感情が、私の中にもあったのかもしれない。
もし仮に花に対して負の感情を持っていたのだとしたら――。
「お姉ちゃん失格だな…。」
そう思うと、勝手に独りで落胆してしまう。あれ――
私って何…?
『私って何…?』
心の中での問いかけに応えてくれる人なんているわけないのに、私は昨日からずっとそんなことしか考えていなかった。家には花(張本人)もいるというのに私がずっとネガティブ思考だったせいで、先日花に心配をかけてしまった。
「歌ちゃん、もしかして最近元気ない?」
あぁ、また心配をかけてしまった。私は花から目をそらすことしかできない。今花と話してしまったら、酷いことを言ってしまう気がしてならないのだ。
「歌ちゃん、見て!」
私は肩を叩かれて振り返る――。
「ぷっ…ぷははははっ!」
なんと後ろを向くと、本当にほんとうに変な顔をした花の顔がドアップ。私は可笑しくて心から笑った。
「へへーん!私の変顔を耐える強者はこの世にいないのだ!!」
「確かにこれは無理だわ!」
「でしょ?やっぱり私は笑わせる天才なのかな?」
「あははっ!本当にそうかも?」
…あれ?さっきまでは負の感情で頭が埋まっていたはずなのに、なんで花と普通に話せているのだろう。やっぱりこれも花の力なのか。本当に花はすごいな。
そうやって花の長所を見つけていくうちに、私はいらない気がして来てなんだか虚しくなってくる。私の存在に意味はあるのか。そんな虚無感に襲われながら見る#世界__がっこう__#は、色を失いかけていると私の勘が言っている。
「歌ちゃん、私は歌ちゃんの味方だからねっ!」
「え…?」
それはどういう意味だろう。花はもしかして、私の悩みに薄々気がついているのだろうか。でもあんなに天然な花が私の悩みを理解できるか…?悪いが少し信じ難い。それは「花に私の悩みなんて分かるわけがない!」と言っているわけではなく、花に対して「ポジティブ思考」というイメージを勝手に定着させていたが故に起きた、気持ちのすれ違いでしかないのだ。
「クンクン…。あ!今日は私の大好物の唐揚げなのでは!?」
さっきのしんみりした雰囲気とは打って変わって花は通常に戻った。こっちの方が花らしいな。
「歌ちゃん、早く行こっ!」
私の手を引く花の横顔は、黄昏の夕日に照らされていた。
「なんで私、三位だったんだろう。」
最近思ったことが口からこぼれる。私は入学早々の出来事を思い出していた。実は私は花についてきてこの高校に入学したのだ。そのためある程度自分の偏差値よりこの高校の偏差値は低いはずだ。それなのに三位とは、私より二人も学力が上の人がいるということ。それが不思議でたまらなかった。きっとそのうちの一人は舞衣ちゃんだ。じゃあもう一人は…?
「歌ちゃんっ!早く行こー!」
「あ、ごめんごめん。」
私が朝、花に声をかえられるのは初めてだ。
「もしかして、私なんか邪魔しちゃった?」
「いや、全然大丈夫だよ。」
私の心の中には、疑問のモヤモヤが残っていた。
「歌乃ちゃんが花乃のこと悪く言ってるらしいよ。」
誰が言ったか分からないそんな言葉を始めに、私と花の不仲説は広まっていった。
花はこの噂を知っているのだろうか。こんな不穏な噂が流れてもなお、私と毎日話し続けてくれる花が唯一の心の支えだった。
言ってしまえば花が悩みの種なのだが、憎むことなんてできるわけがない。何故なら花は私の妹だから。妹のことを妬ましく思ってしまったら、その時点で完全にお姉ちゃん失格だ。
「歌乃ちゃんっ!」
「えっ…?」
慌てたような声で現実に引き戻り、廊下に目を向ける。そこには1年生の時に同じクラスで仲の良かった舞衣ちゃんがいた。
「舞衣ちゃん?」
「ちょっといいかな…?」
2年生になって舞衣ちゃんと話すのは初めてだし、何か重要なことだろうか。それに、慌てた様子が見えたから急用なのかもしれない。
私は舞衣ちゃんがいる廊下に移動する。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「…。」
舞衣ちゃんは少し気まずそうな表情をして下を向いている。なんだろう、私に言い辛いこと…?え、まさか――
「歌乃ちゃんと花乃ちゃんの噂、知ってるかな…?」
舞衣ちゃんは暗い顔をしている。もしかして、その噂を聞きつけて心配して来てくれたのだろうか。そんなこと気にしなくていいのに…。相変わらずの舞衣ちゃんの優しさに触れて、胸の底が温かくなる。
「私と花の不仲説でしょ?知ってるよ。心配してくれてありが――」
「その噂の原因である「歌乃ちゃんが花乃のこと悪く言ってるらしいよ。」っていう発言を、花乃ちゃんが肯定したんだって。」
え…?肯定って、否定せず認めたってこと…?私の頭の中はクエスチョンマークだらけ。正直、意味が分からなかった。
「私も最初聞いた時はびっくりしたよ。それに噂でしかないし、本当か分からない。でも私は歌乃ちゃんが心配だよ…。」
「嘘じゃ、ないよね…?」
分かっている。舞衣ちゃんは嘘をつくような子じゃないことは。分かっているんだ。だけど、やっぱり信じられないよ…。
「ごめん。私が実際に聞いたわけじゃないから分からないけど、でも私からしたら本当だと思う。」
「私と花の仲を崩したいわけじゃないよね…?」
そんなわけがない。そんなの分かっているんだ。でも花が私の敵だなんて、思いたくない。
「歌乃ちゃんは私のこと、そんなふうに思ってたの…?」
「違うよ!そんなわけないじゃん。ただ、花がそんなことを言うなんて信じたくない。」
いつも私を元気づけてくれた花。明るくて天然で、ネガティブを知らない花。いつも傍で優しく支えてくれた花。あれが全部嘘だったと言うの…?
「私は、花を信じるよ。」
「そっか、歌乃ちゃんらしくて安心した。変なこと言ってごめんね。」
そうだ、花には舞衣ちゃんに負けないくらいの優しさがある。こんなに近くにいたのに最近まで知らなかった花の一面。そんな花を、私は信じ続けたい――。
「花、「歌乃ちゃんが花乃のこと悪く言ってるらしいよ。」っていう噂を肯定したのは本当…?」
思い切って振り絞った私の言葉に、花はポカンとしていた。
「うん!歌ちゃんが何で知ってるのかは知らないけど、肯定?したよ!どうして?」
えっ?嘘、でしょ?なんでそんなに軽々しく言うの?舞衣ちゃんが言っていたことは本当だったんだ…。
「歌乃ちゃんは朝言葉キツイから!」
「えっ。」
冷静に考えよう。超・ポジティブ思考&天然な花が「歌乃ちゃんが花乃のこと悪く言ってるらしいよ。」という噂を聞いてどう解釈するか。そう、冗談だと勘違いしてしまうのだ。
「え、花?その噂、冗談だと思ってる?」
「えっ!冗談じゃないの!?」
あぁ、やっぱりそうだ…。私は呆れた顔で花を一瞥するが、花は本当に焦った様子だった。
「誤解解きに行かなくちゃ!!」
本当に呆れた。
「え?歌ちゃん、なんか面白かった?」
私はいつの間にか笑っていた。どうしても抑えきれない可笑しさを、私は花に向けた。そうしたら花も笑ってくれて、「不穏」なんて似合わない雰囲気に。
そう、「不穏」の匂いすらもしなかったのに――。
久しぶりに独りでつく帰路は、静寂に包まれていて寂し気。
『ごめん歌ちゃん!今日バスケ部のお手伝い頼まれちゃって…。』
花と私、運動神経は本当に瓜二つなのだがきっと人脈の差なのだろう。私は部活の手伝いなんて呼ばれたことなんてないのに、花は呼ばれることがしばしば。
私と花は部活に入っていないしいつもは花と一緒に帰るから、なんだか独りの帰路は長く感じる。距離は一ミリも変わっていないのに。
「ただいま。」
今にも消え入りそうな声で言ったただいまの挨拶に、返事が返ってくることはなかった。なんだろう、家に誰もいないのかな。でも今日は水曜日。水曜日はお母さんが家にいるはずだ。
「二人とも学校は休まず行っているわよ。」
リビングからお母さんの声がする。なんだ、電話をしていたのか。しかし私が自分の部屋がある二階に続く階段に、差し掛かった時だった――。
「花乃は男の子に人気がありそうだし友達も多いけど、歌乃は勉強だけよね。」
えっ…?それは間違いなく、お母さんの声だった。お母さんが私のことを良く思っていなかったことは知っていた。でも、お父さんとそんな話をしていたことは#今まで__・__#知らなかった。
『ああ、結婚できるか不安だな。』
私は昔から、視力と違って耳は良かった。そのため電話の向こうでお父さんが言っていることも、すべて筒抜けだった。
私は居ても立っても居られず走り出した。学校の人だけでなく、両親にまで心のないことを言われていただなんて…。瞳から流れる雫を振り切りながら自分の部屋へ。
「バタン――」
「うっ…うぅ……。」
私は声を殺して泣いた。お母さんに気づかれないように静かに。
いつも親に悪く思われないように毎日まいにち机に向かって、眼鏡になるまで勉強して。それなのに、そんな親の都合に努力を否定された――。なんだろう、信頼していた人が私を奈落に突き落としたような、そんな絶望感。
「どうして…どうしてよ…?なんで……。」
言葉にならない感情に、私はただ泣いていた――。
「ただいまー!」
あれからどれだけの時間涙をこぼしただろう。一階から花の声が聞こえて涙が引く。二階にいても聞こえてくる元気な声に、思わず微笑む。
花は私のことをどう思っているのだろうか。もしかして花まで私のことを目障りな姉だと思っているのだろうか。あるいは私のことなんて引き立て役だと思っているからいつも一緒にいてくれるのだろうか。
誰に言われたわけでもないのに、勝手にネガティブなことを考えてしまう。
「もうだめだ…。」
私はスマホを起動して音楽を聴く。イヤホンから流れてくるラブソングは、しばらく恋をしていない私の心にも響いて自然と涙が零れる。こんなに泣きわめく自分、知らなかった。
「――ゃーん?歌ちゃーん?」
「えっ?」
私はスマホから自分の部屋に目を移した。そこには不思議そうに私を見つめる花がいた。
「なんで花が私の部屋にいるのっ!?」
泣いているところを妹に見られるなんて私にとっては大問題。私はパニック状態でつい口調がきつくなってしまう。
「ごめん歌ちゃん!一応ノックはしたんだけど、イヤホンしてたんだね。」
花は自分の耳に指を差しながら言った。妹に泣いてるところ見られて気使われて、もうサイアク…。
「えっと、歌ちゃん。何かあった…?悩みとかあったら私に相談してくれても…。」
モゴモゴと言う花は、私の悩みの種。
「人気者の花には分からないよ…。」
「えっ…?」
つい口からこぼれ出てしまった一言は、きっと花の心を傷つけてしまっただろう。でも私は、どこまでも天然な花に、正直苛立ちを覚えてしまったのだ。
「人の気持ちも知らないでっ…出て行ってよっ!!」
どうせ裏では私を嘲笑っているんでしょう?花を責める気持ちと申し訳なさが混ざり合って、私は豪快に涙を零していた。
「ご、ごめ――」
「もう二度と入ってこないでっ!!」
感情の頂点まで達した私は、花を部屋の外に突き飛ばして部屋の鍵を閉めた。
「うぅ……。」
感情がグチャグチャになっていた私はその日、ただただ悲嘆に暮れていた。
「ドンドン――」
あれ…?今何時――
「早く起きなさい!今が何時だと思っているの!?」
ドア越しに聞こえるお母さんの声。私は壁にかかった時計を見る。
「嘘、でしょ…?」
遅刻なんて初めての体験だ。目覚めたら花は待ち切れずに家を出ていて、おまけに目はパンパン。昨日の夜は目覚ましもかけずに泣き疲れて寝てしまったらしい。パンを銜えながら学校に全力ダッシュなんて、人生で初めてかもしれない。
「ガラッ――」
なんとか間に合った…。息を切らして入った教室にはまだ先生がいなかったし、クラスのみんなも一部席についていなくて安心した。
それと同時に花と目が合う。花は眉を下げて私を心配したような表情をしていたが、私はすぐに目をそらす。今日の帰路はまた独りかな…。
よし、帰る時間…だけど、花はやっぱり一緒に帰らないか…。
「ごめん、今日も部活の手伝いで…。」
花が目をそらしながら言った。きっと嘘だが、とりあえず頷いておく。
独りの帰路は考えごともできて楽だ。これは別に、強がっているわけではなくて…まぁいい。とにかく私は考えごとを開始した。
花は今日、完全に私を避けていた。二日連続で部活の手伝いなんて、やったことがないから分からないけれどきっと嘘だ。それに花は、嘘をつくとき相手の目を見ない。これは長年の経験だ。
だが今日一緒に帰ることを避けていたことから、私のことを引き立て役と思っている線は消えた。でも私のことを目障りと思っている線は強まっ――
「危ないっ!!」
「チリンチリン――」
えっ…?突然花の声が聞こえたと思ったら、今度は自転車のベルの音…?
「花っ!大丈夫!?」
どうやら私は、花に助けられたようだ。花はその場にへたり込んでいて、足首をさすっていた。
「あはは…。なんか足首捻っちゃったみたい…。」
私を助けようとして足首を…?花はしっかり私の瞳を捉えていた。
「花っ…!本当にごめんっ!肩貸すから、とりあえず家に帰ろうっ!」
お姉ちゃんなのにろくな判断が出来ない…。私はとりあえず花を家に連れ帰る。
「ただいまっ!大変、お母さんっ!」
帰宅した際にこんなに大声を出すのは初めてで、最後の方は声がかすれていた。
「えっ、花ちゃんそれ、どうしたのよ?」
家から顔を出したお母さんは、当然驚いていた。
「ちょっと足くじいちゃ――」
「自転車にひかれそうになった私を、花が庇ってくれたの…。」
誤魔化そうとする花を遮って、私は真実を告げる。きっと私はお母さんに怒られるだろう。それでも花の優しさをなかったことには出来なかった。
「とりあえず病院行きましょう!」
私に代わって花に肩を貸すお母さん。車の出発音と共に私は独りになる。
花は私を庇った。昨日はあんな辛辣なことを言い放って、きっと花は私に負の感情をもっていただろう。それなのに私を庇って花が代わりに怪我をして。私は何をしているんだろう…。
花はやっぱり優しい心をもっていた。命を懸けて人を守れるような、そんな綺麗な心の持ち主。それなのに私は…!
花、会いたいよ――。
「ガチャ――」
「…っ!」
お母さんと花が帰ってきた音だ。リビングで二人の帰りを待っていた私は、全力疾走で玄関に向かった。
「歌っ!!」
お母さんの声には、怒りが含まれていた。
「全治一ヵ月よ!?どうしてくれるの!!」
一ヵ月…。私を庇って、花が一ヵ月自由に動けない…。知らされた事実に私は涙をこぼしそうになるが、なんとかもちこたえた。
「ママ、私は大丈夫だっ――」
「大丈夫なわけないでしょう!?」
私を庇おうとする花の声に被さった、お母さんの怒鳴り声が家中に響く。
「あんたなんて産むんじゃなかった!!花ちゃんを傷つける姉なんて、要らないわよ!!」
その通りだ…。私なんていなければ良かったんだ…。もう、私なんてこの世から消えちゃえばいいんだ…。抑えていた涙が、一筋こぼれ出てしまった時――。
「ママ、もうやめて――。」
花の震えた声が、お母さんの怒りを抑えた。
「歌ちゃんが#必要__いら__#ない?なんでそんな酷いこと言うの…?歌ちゃんがいなかったら私は毎朝遅刻してる。頭の悪い私を全部受け止めてくれる歌ちゃんがいなかったら、私の心はとっくに崩れてる。いつも歌ちゃんが、傍で私を支えてくれた。辛くても私に笑いかけてくれた歌ちゃんが好き…!辛くても我慢して私を優先してくれる歌ちゃんが、私は大好きっ…!!」
「花…。」
気づいたら私は思いきり泣いていた。花はそんなふうに私のことを想っていたのか。花の本当の想いに触れて、私はお母さんの前でも構わず泣き崩れた。
「ごめんね、歌ちゃん…。今日部活のお手伝いがあるって言ったけど、あれ嘘だったの…!」
「…はい?」
ずっと隠していたことを明かしたように言う花。そんなこと知っていたし、それ今言う…!?もしかして、それでずっと申し訳なさそうな顔をしてたの…!?
「嘘でしょ…?」
花はどこまで天然なのだろうと、わたしは頭を抱えていた。
「本当にごめん!嘘は良くないって分かって――」
「ぷははははっ!もうっ!花超アホ!!」
可笑しくて大笑いする私に、花は不思議そうな顔をしているから余計に笑いをそそられる。
「え、歌ちゃんっ!?アホって酷くない!?」
「「あははっ!」」
二人で笑い続けて気がついた。さっきまで怒鳴り散かしていたお母さんは…?私はお母さんに目を移すと、お母さんは私たちのことを見ながら微笑んでいた。
「歌、あんなこと言ってごめんなさいね…。」
久しぶりに口を動かしたお母さんの口からこぼれたのはなんと、そんな優しい言葉だった。そしてお母さんは、瞳から涙を一筋流した。お母さんが泣いているところを見たのは初めてだ。
「あなたたちは二人で一つなのに、歌のこと要らないなんて言ってごめんなさい…。歌は確かに花ちゃんを支えていたわ。いつも、お姉ちゃんをしていたわ…!」
「お母さん…。」
こんなに面と向かってお母さんと話したのは初めてだ。これも全部花のお陰、花がお母さんを説得してくれたのだ。
私は胸の奥の方が温かくなるのを感じながら言う。
「花、私は花と双子に産まれたことを誇らしく思っているよ――。」
私と花の部屋は隣同士。つまり同じ廊下を使うのだ。
「学年一位…?」
それは偶々だった。廊下に落ちていた花の個票を見てしまったのだ。
「学年一位って…。」
私より上の人が二人いて、そのうちの一人は花だったって言うの…?私は衝撃すぎてその場に立ちつくしてしまっていた。ここにいたら花が来てしまうというのに――
「歌ちゃん…?こんなところでどうした――」
「花、学年一位ってどういうこと?」
花は目を見開いた。花の頭が良いって私が知ったら「私のいいところがない」って落ち込むだろうとか思って隠していたのだろうか。私は今まで花のことを天然だと思っていたのだが、それも嘘だったのか。
「私をだましたの…?」
花は何も言わない。せっかく分かり合えたと思ったのに、また喧嘩…?
「何か言っ――」
「違う…。」
え…?何が違うの。だってここに『学年一位』って――
「覚えてる?中学校の時に歌ちゃんが勉強を教えてくれたこと。」
「えっ…?」
中学校…。それはたしか、私が勉強漬けしていた時代だ。
「私あれから、「歌ちゃんが頑張ってるなら私も頑張らなくちゃ」って、毎日遅くまで勉強してたんだ。だから今では視力が落ちちゃってコンタクトだし…。」
コンタクト…?そんなの、初耳だ…。
「つまりそれは私は歌ちゃんの頭脳を分けてもらったってことじゃん?だからさ、今度は私がコミュニケーションとか見た目の気遣いとか、歌ちゃんに伝授するよ!」
「えっ…。」
私が勉強を教えたことで花が学年一位になった。もしそれが事実ならば、恩返しをもらってもいいんじゃないだろうか。
「うん、お願いします…。」
私は鏡を見る。
「えっ!?」
これが私!?そこには眼鏡を外して髪もポニーテルにして輝いている自分がいた。私は眼鏡を外したら、花とさほど変わらない容姿をしていたんだ…。
「ほら可愛いでしょっ?これで勇気出してクラスの子に話しかければ、本当に瓜二つだよっ!」
瓜二つ…。密かに憧れていた言葉だ。明日はいつもと変わらず学校があるし、明日も変わらず悪口を言われるかもしれない。でも少し見た目にこだわるだけでそれが減るなら、変わりたい――。
「花、ありがとう。私、明日これで学校行く…!」
「歌ちゃん…!私、すっごく嬉しい…!!」
本当に嬉しそうな顔をする花を見て、私まで温かい気持ちになる。
「こういうの、しんめとりーって言うんだっけ?」
「ぷっ…。」
私は少しばかり笑いを漏らしてしまう。シンメトリーとは、簡単に言うと左右対称という意味だ。左右対称とはちょっと違う気が…。
「何が面白いのー!?私なんか変なこと言ったっ!?」
花が天然な部分は変わらなくて、なんだか安心する。
私は花の天然なところが好きだ。いや、違うな。私は花の面白いところが好きだ。いや、これも違う。あ…!私は相応しい言葉を思いついた――。
「花といるときの私が好きだ――」
昨日仕込んでおいた、通称瓜二つ戦法の容姿のままで登校する。
「あの二人、まさに瓜二つじゃね?」
あ、さっそく瓜二つって言ってもらえた…!私は嬉しくてガッツポーズをする。
「ガラッ――」
「みんなおはよー!」
花の明るくて大きな声で私たちに注目が集まる。
「え、歌乃ちゃん!?」
「めっちゃイメージチェンジ!!」
「俺歌乃ちゃんの方が好みかも…。」
一気に押し寄せてくる好評の波に、私は気圧される。
「歌ちゃんっ!グッチョブだよっ!」
親指を突き出してくる花に、私は優しく笑いかけておいた。
「作戦大成功だねっ!」
瓜二つ戦法は本当に大成功だった。あの日から見事に私の陰口を言う人はいなくなったし、先日なんかクラスの男子に告白されたのだ。私は「引き立て役」から「選択肢」に変われたのだ。
変われることって本当に幸せなことで、人は機会がないと変われないから私は花に感謝している。一度転んだからこそ見える世界があるって、花が教えてくれた。
花がいなかったら、私の人生はまったく別のものになっていただろう。双子ということが負い目に感じたこともあったけれど、その何倍も何百倍も良い記憶がある。私は花と、双子の姉妹として産まれることができて幸せだ。他の家とはちょびっと違って、人から見たら不思議かもしれない。だが私は、そんな花が大好きだ――。