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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第九章 雪の果て 君のとなり
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97 エイダル公爵邸(4)

「ありがとう。いきなりパッと治れば良いんだけど、さすがにそうもいかないし……でも雪道の馬車って、夏の石畳より揺れなくて、思ったより、傷に響かなかったよ? でも、私もそうだけど……」


「あぁ、エーレ様か? まあ確かに、あの傷でカーヴィアルの帝都(メレディス)からレアール侯爵領まで、最低限の休息だけで、馬で駆け抜けるとか、無茶も甚だしかったしな。寒い日の朝とか、傷が(うず)くとはおっしゃってる。まあでも、体調は概ね悪くないと思うぜ?」


「アレは、傷がどうと言うよりは、ストレスだろう。君がここにいると分かっていて、身動きが取れないのだから。だからせめて、我々に様子を見てきて欲しいと、そんな感じだったな。きちんと話をする前に、公式ルートで呼び付けるような事態になってしまった事も、気にされていたようだし……」


「……そっか。うん、まあ……正直、戸惑いはあるんだけど……直接、話すよ」


 そうか、と、ルスランも頷いた。


 ヒューバートも、何とも言えない表情を一瞬見せたものの、ドレスの方が先決だと思い直したのだろう。どこに運ぶんだー?と、敢えて明るい声を出して、キャロルを急きたてた。


「あ、ごめん。そこにいる、公爵邸の執事長に聞いて貰って良いかな? あと、ドレスが決まったら、ちょうど良いから、ヒューとルスランにも一応伝えておきたい事があるし、待ってて貰っても大丈夫?」


「おぉ。このドレス、一応、皇家(おうけ)所有の貴重品だからな。責任持って、持って帰って来るよう言われてるから、大丈夫だぜ? 何か面倒ごとの予感しか、しねぇけどな」


「……確かに、そうだな。君が改まってそんな事を言うからには、ただの世間話では、なさそうだ」


「……あはは」


 宮殿付の衣装係が付いてきたのは、試着させる事もそうだが、セレナ妃のサイズになっているところを、諸々修正するための確認である。キャロルの方が背が高い所の誤差に関しては、足元をレース生地で飾り足す事で修正するつもりらしい。


 クリアな水色、ワインレッド、モノトーンと、どれも金髪に映えそうなドレスで、かつ、肩に怪我をしたキャロルのために、デコルテラインの隠されたデザインのものだった。


 そして、この試着の段階で、公爵邸の使用人達もようやく、この男装の麗人が、本物の侯爵令嬢である事に気付かされたと言っても良かった。


 一瞬、肩に残る傷跡には、誰もが絶句していたものの、ドレスを着て、本格的な化粧をすれば、どれほどの仕上がりになるのかと、息を呑む。


「あの……当日、どなたか、お化粧を手伝って貰っても? 何しろ私も母も、普段ほとんど、そう言った事をしないもので……」


「⁉︎」


 何たる宝の持ち腐れ――侍女達の目が、一様にそう語っている。

 この公爵邸には、夫人も姫もいないため、そう言った事に携わる機会が全くないのだ。


「「どうぞ、お任せ下さい!」」


 公都に着いてまだ3日程にしろ、使用人達に全く居丈高に出る事がない、この慎ましい親子への好感度が急上昇していた事や、ミュールディヒ侯爵家からの刺客によって、誰もが一瞬眉を顰める程の怪我をしていると言う事とが相まって、侍女達に俄然、気合と言う名のスイッチが入った。


 誰が見ても、キャロル・レアール侯爵令嬢こそが、皇妃として相応しいと、ミュールディヒ侯爵家に縁のある貴族家に見せつけてやれ――その場にいた使用人達全員の目標が、この瞬間に一致したのだ。


「ちなみに、ドレス……どれが良いのか、ついでに聞かせて貰っても?」


 知らぬは当人ばかりなり。公都にいる方が、諸々審美眼もあるだろう――程度の気軽さで、キャロルがふと聞いてみれば、侍女や衣装係達は顔を見合わせて、揃ってモノトーンのドレスを(ゆび)差した。


「どれもお似合いかとは存じますが、敢えて申し上げるなら、こちらが宜しいかと。喪が明けて、間がないと言う点で、華美になりすぎない方が良いでしょうし、何より〝黒〟は、エーレ殿下のお色です。殿下も、出来ればこちらを着用して欲しいと、候補に入れられたのではないでしょうか。その色こそ、ご自身が選んだ令嬢であり、他を受け入れるおつもりがない事を、最も主張するお色です。他の色をお入れになられたのは、お嬢様のお好みもあるだろうと、ご配慮されたのだとは思いますが……」


 衣装係の責任者の話を聞いている途中から、頬が熱くなるのをキャロルは自覚した。

 一緒にドレスを見ていたカレルが、モノトーンにしたら?と、クスクス笑う。


「う……はい」


「こちらに合う装飾品類に関しましては、私どもが宮殿で殿下と決めさせて頂きます。恐らく、お嬢様はそう言った事にあまり関心がおありではないだろうから、自分が選ぶ――と、殿下もおっしゃっておいででしたので、あとはお任せ下さって大丈夫です」


 むしろ、ドレスと同様に、ご自分で選びたくていらっしゃるご様子でした――と、言われたキャロルが言葉に詰まる。


 関心がないと言われれば、確かにその通りなのだが、愛されてますね……とでも言いたげな、周りの空気が居た(たま)れない。


「あの……はい。私は()()に関しては全くの門外漢ですので、全面的に皆様にお任せします……」


 結局反論の糸口が掴めず、キャロルは全く自分の要望を言わず――と言うか潔く白旗を上げたため、恐らく一般的な貴族令嬢が、ドレスに悩む三分の一以下の時間で、試着は終了した。


「あの……すみませんが、私は先ほどの2人と少し仕事の話があるので、その間、お茶を飲みながら、待っていて貰っても?公爵邸(ここ)の執事長に、お願いをしておくので」


(かしこ)まりました。ではその間、奥様から、花のアレンジについてのお話を伺ってもよろしいでしょうか?婚姻の儀の際の飾りつけなど、いろいろな部分で参考になりそうです」


 既に婚姻の儀が執り行われる事が既定路線のようになっている点は、綺麗にスルーして、キャロルは衣装係に、宮殿への帰殿を少し待って貰うよう告げた。


 そのままヒューバートとルスランを誘い、公爵邸の執務室へと移動して行く。


 貴族令嬢が言うところの「仕事の話」って、何だと大多数が内心で思っていたが、このお嬢様なら何でもアリなのかと、使用人全員が納得しつつある程に、キャロルは公爵邸に馴染み始めていた。


 ――館の(あるじ)不在のままに。

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