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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第九章 雪の果て 君のとなり
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95 エイダル公爵邸(2)

「これは……いったん避けた書類は、元通りに積み上げるべきなんですか? それとも、2年前のターシェの納税書類の下に、カーヴィアル語の大衆小説が(まぎ)れているのは、片付けるべきなんですか?」


「は⁉︎ いや、我々は、この部屋の書類の内容までは、読めませんので……だからこそ、掃除のための出入りを許していらっしゃるのでしょうし……ですが、昨今使用された形跡がない書類や本がほとんどのようですので、元通りで()()方が、もしかすると主人にとっては助かるのかも知れません」


「分かりました。では明日にでも、一宿一飯のお礼に、この部屋の書類を分類させてもらいますね」


 そう言ったキャロルは、グレイブの返事を待たずに、執務室の机の上にあった書類をいったん足元に置くと、部屋の窓を開けて、階下の庭にいた、レアール家の護衛達に、執務室まで来るように集合をかけた。


「えー……さて皆さん。この後、私とエイダル公爵、第二皇子派にとっての()()()()()()()が邸宅に揃うと言う、大変残念な状況になります」


 わざと明るく、冗談めかして言うキャロルに、サンドイッチを応接テーブルに並べるグレイブは、危うく手にしていた分を取り落としそうになったが、部屋に集まった護衛達は、いたって涼しい顔だった。


「キャロル様……それは、そもそも揃わせてはいけないものなのでは?」


 ごくごく真っ当な疑問を口にするランセットに、キャロルが「不可抗力」と、肩をすくめる。


「公爵閣下が、残党の一掃を目論んで、揃えちゃった以上は、もうどうしようもないし」

「……ここに来るまで、デューイ様がいつにもまして不機嫌だった理由が、良く分かりました」


 思わず天を仰いだヘクターに、グレイブを除く全員が、深く同意していた。


「多分もう、雑魚(ざこ)しか残っていない筈なんだけど、出来れば雇い主を引きずり出したいから、(みんな)協力して、捕獲漏れのないようにお願い。そんな訳で、これ、邸宅の見取り図。覚えてくれる?書き写したい人は、紙とペンは、ここに」


「かしこまりました、キャロル様。それで我々は、今晩からでも待機すべきですか?」


「ヤマ場は公爵が正装の着替えに戻って来られるその日じゃないかと思ってるんだけど……黙っていても、2人揃う訳だし。とは言え、邸宅(ココ)に内通者がいて、母や弟がうっかり人質に取られないとも限らないから、そのあたりも見越して、ヘクター中心の交代シフト組んでくれる、ランセット?」


 頭脳労働はランセット、実働はヘクターと、何とはなしに区別をしはじめたキャロルに、当の2人も納得をしているらしかった。 何より、キャロルより重傷を負い、思うように動けないランセットは、今はそちらに存在意義を見出しているフシがある。


「……内通者?」

「あ、忘れてた」


 さも、今、グレイブの存在に気が付いたと言わんばかりのキャロルだったが、長年、公爵家に仕えてきたグレイブは、それが演技だと、心のどこかで察知していた。


「ここの話は、他言無用にお願いします。執事長(アナタ)が内通者だとは全く思いませんけど、他の所で、自分の意思じゃなくても、脅迫とかされて、内部情報渡したりする人もいるかも知れませんし。挙動不審な人がいたら、注意して見ていて下さい。こちらに教えて下さるか否かは、お任せします。現時点では、私たちも不審人物でしょうし」


「そんな……ことは……」


(あるじ)の為になるのかどうかについては、懐疑的でしょう? ほら、不審人物」


 ふふっと笑うキャロルに、お人が悪いですよ、と、やはり笑顔のランセットが声をかけている。


「単に楽観視はしない事にしてるだけだってば。ねえランセット、交代って私も――」


「馬鹿な事おっしゃらないで下さい、キャロル様。何をしに公都(ザーフィア)に来られたんですか。肝心の式典に、目の下にクマを作って参加されるおつもりですか」


「……ランセットが、最近容赦ない……」


「いや、コイツ間違いなく、死の国(ゲーシェル)から戻って来てから、腹黒に拍車かかってます。とは言え、キャロル様が見張りの交代に参加する必要はないって言うのは、賛成です。襲撃予想日の夜だけで良いと思いますよ」


 サンドイッチに遠慮なく手を伸ばしながら、ヘクターが微笑(わら)った。


「襲撃はともかく、斥候とかは、見かけても、当日まで放置で良いですか? 下手に捕まえて、そいつ以外、トカゲのしっぽ切りで切り捨てられるのは避けたいんですよね」


「あ、うん、そう。もし怪しげな人影とかがあっても、基本、放置で合ってる。どうせ私達の到着を確認する程度の()()()()だと思うし。ただ念のため、報告は宜しく」


「了解です」


「それで、母や弟は、襲撃の動線からは一番遠い所にいて貰うつもりなんだけど……公爵の寝室は、ここだって。じゃあ、私と父は、それぞれこの辺りの寝室にいたら、襲撃者を誘導出来て、取り押さえやすいと思うんだけど、どうかな?」


 見取り図にグルグルと印を付けながら、令嬢らしからぬ仕種でサンドイッチをかじって、キャロルと侯爵家の護衛達の会話は続く。


 結局、キャロルの言った通りに、侯爵夫人(カレル)令息(デュシェル)も、侯爵(デューイ)が戻って来ないなら……と、ダイニングルームの使用を固辞し、本当に使用人達と同じ、庶民料理を、むしろ喜んで食べていた。

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