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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第九章 雪の果て 君のとなり
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91 激怒する母

 カレル、デュシェル、ロータスの3人が、カーヴィアルのジルダール男爵領から、ディレクトアの街道を通って、ルフトヴェークのレアール侯爵領に辿り着いたのは、デューイが言っていた通り、キャロルが目を醒ましてから、約半月程がたってからの事だった。


 ロータス一人であればともかく、雪に覆われるのが早いマルメラーデや、不穏な空気漂う公都(ザーフィア)を通って来る訳にもいかず、必然的に、大回りをしながら戻らざるを得なかったからだ。


 とは言えキャロルの容態に関しては、ロータスが日頃からカーヴィアルを訪ねるにあたって、デューイとの連絡手段として個人的に飼育していた、稚児隼(チゴハヤブサ)が、今回も2人の間を行き来していた為、ある程度を把握していた。


 ただ、ロータスは、長旅となる2人の精神衛生上を考え、敢えて事細かな怪我の状況を伝えず、怪我をして侯爵邸で養生している、とだけ伝えるに留めていた。


 そのためカレルは、肩回りを包帯でグルグル巻きにされ、まるで顔色のない娘と対面する免疫が全く出来ておらず、寝室に入るや否や、屋敷中に響き渡るような大声を上げる羽目に陥っていた。


「何なの! どう言う事なの⁉ キャロルっっ‼」


「ええっと……とりあえず、仕事は完遂して、アデリシア殿下と結婚する選択肢はなくなりました」


「そうじゃないでしょう⁉ いや、それも大事なんだけど‼そもそも、女の子なのに……女の子なのに、何なのその怪我はっ‼」


「……えっと」


「カ、カレル、落ち着け。コレには、色々と事情が――」


 何ごとかと、執務室から飛び出して来たデューイとしては、自分のために、生死を彷徨(さまよ)う程の怪我を負った娘を(かば)いたかったのだろうが、デューイにも、そもそも黙って、カレルとデュシェルを揉め事から遠ざけた、後ろめたさがある。


 お父様、逆効果……と、キャロルが言いかけたのも間に合わず、予想通り、カレルの怒りに火がついた。


「デューイ……貴方も、私とデュシェルをカーヴィアルに行かせて、その間、何をしようとしていたの?」

「……っ」

「そう……言えないの……」

「まっ、待ってくれカレル! 決してやましい事があった訳じゃなくて、だな、これは……っ」


 お父様頑張れ、とこっそり矢面に立って貰いつつ、キャロルは、呆然と2人を見比べていたデュシェルを、軽く手招きした。


「デュシェル、書類のおつかいありがとうね? ()()()()()()()が、届けてくれた書類、すごく役に立ったって」


 デュシェルが、商業ギルド長(ジルダール)から受け取って、エーレに渡した書類は、帝国偽金貨の証拠となる、重要な書類だった。


 それが、エーレからアデリシアの手に渡り、書類全体に対する信憑性を底上げしたのだ。


 尊敬する姉上(キャロル)に褒められたデュシェルは、ぱあっと表情を輝かせた。


「本当ですか? 姉上のお役に立てましたか⁉」


「うん、立てた立てた。ああそうだ、今度、雪が溶けた頃にでも、剣の訓練とか、してみる? ちょっと今、怪我をしちゃってるけど、その頃には、多分大丈夫だと思うし……」


「姉上、春までお屋敷にいて下さるんですか⁉」

「うーん……場合によっては、その先も?」

「うわぁ、楽しみです!」


 さすがにそれを聞き咎めたカレルが、視線をデューイからキャロルへと移したが、キャロルはヘラリと笑っただけだった。


「カレル……本当に、デュシェルが休んだら、一からちゃんと説明するから」

「……キャロルの前でも、同じ事が言える?」

「君が望むなら。私とキャロルとの間に、今は情報の齟齬(そご)はない」

「…………」


 いったんは折れたカレルが、デュシェルを湯浴(ゆあ)みに連れて出た為、寝室にはキャロルとデューイと、ロータスとが残った。


「お父様に後をお任せしても?」

「――――」

(こと)の始まりは、お父様が、私に『()()()()()()()ところからと言えるでしょうし……」


 ぐっ……と、デューイが言葉に詰まっている。

 そうでしょうね、と、ここはロータスも相槌を打った。


「それにしてもキャロル様、そのお怪我……ランセットとヘクターは……」


「ああ、2人も似たり寄ったりで、ヘクターはようやくリハビリ始めたけど、ランセットなんかはまだ、絶対安静言い渡されてるから……むしろ、後で褒めてあげてくれないかな? あの2人がいなかったら、多分今頃本当に、死の国(ゲーシェル)の門をくぐってたと思う」


 揶揄する要素のないキャロルの声に、ロータスが(わず)かに目を瞠った。


「それほど、だったと……」

「私も、まだしばらく動けないから……迷惑かけるけど宜しくね、ロータス?」

「それは……もちろん……」

「キャロル」


 まだしばらく動けない、とキャロルが言ったところで、反応を見せたのはデューイだった。


「お父様?」


「カレルが戻って来るまでに、話しておきたい事がある」


 こちらも、声の調子を「レアール侯爵」としてのそれに戻し、上着のポケットに、縦巻の状態で突っ込んであった書状を、寝台横のテーブルの上に置いた。


 一般的な紙とは違い、かなり上質な羊皮紙で、書状を留めてあった紐には、明らかに高位の貴族からと思わせる封蝋(ふうろう)を、切った跡もあった。


「これは、()()()などではなく、正式な皇家(おうけ)専属の配達人が、直接届けに来た、()()()()が公式に使用する書状だ」


 見た目にも重々しい分、要は絶対に無視出来ない書状と言う事か。


 そう言う目で、書状と父親と、視線を往復させると、その通りだと言わんばかりに、デューイが軽く咳払いをした。


「先日、皇帝陛下が亡くなられたのは、話したな? エーレ殿下の、カーヴィアルへの外遊もいったん見送られて、年内は、服喪期間となる事も」


「……はい」


 亡くなった、ルフトヴェーク皇帝オルガノは、以前、カーヴィアルで聞いた限りでは、現代で言う、脳梗塞ではないかと思しき症状で、もう何年も寝たきりだったのだと言う。


 第二皇子ユリウスが、当時は未成年だった事もあり、実務の多くを叔父であるエイダル公爵が担い、皇弟(おうてい)であるフェアラート公爵が式典行事の運営を、監察官として、エーレがエイダル公爵を補佐する形で、何とか国内はバランスを保っていたのだそうだ。


 式典行事運営に関しては、一見すると派手なパフォーマンスのものが多く、エイダル公爵曰くは「名誉欲だけは一人前の、皇弟(おうてい)(おも)(ちゃ)としての、苦肉の策」だったらしい。


 ところが、オルガノ皇帝の体調が悪化してきたとろこで、エイダル公爵の業務量が激増してバランスが崩れ、フェアラート公爵があちらこちらに口を出し始めての、今回の内紛で、実際にエーレの身体に残る刀傷を見たエイダル公爵は、さすがに自身の不手際をエーレに詫びたらしかった。


「――が、あのエイダル公爵(クソオヤジ)は、喪に服すつもりは欠片もないらしく、この機に乗じて、第二皇子派を絶賛()()()()()()だ。元々、後ろ暗いところがあった連中ばかりだから、同情もしないが、まあ、基本はエイダル公爵の八つ当たりだ。放っておくに限ると思っていたんだが……」


 絶賛狩り尽くし中、とか、どこかのゲームのうたい文句のようだ。

 と言うか、その狩りの為の武器を用意したのは誰か。デューイは根本を、遠くの棚に放り投げている。


(クソオヤジとか言っちゃってますよ……お父様……)


 57歳の宰相の()()を、放って置いて良いのかと思ったキャロルだったが、どうやら、問題はそこではないらしかった。

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