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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第八章 雪月花時最憶君
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79 遭遇の種明かし

「その後はもう、相手の動き方を見るしかないけど、宜しくね、ランセット」


「はっ」


「ロータスは、ヘクターが動いたくらいのタイミングで、お父様を連れて、もう動いて。下手に相手を見極めようとしないで。第二波が、間髪入れずにそっちに向いてしまう可能性があるから、場の混乱は避けたい」


「……仕方ありませんね」


 この中で、誰よりもイルハルトと対峙しているキャロルの言葉を、退(しりぞ)ける事は出来ない。


 ロータスの言葉に無言で頷きながらも、キャロルが眉間に皺を寄せ、取り巻く空気がハッキリと変わったのを、この場の誰もが感じ取った。


「キャロル」


 デューイの声が、キャロルを案じてくれていると分かったが――もはや振り返れない。

 この、身も竦むような殺気の持ち主は、ただ一人だ。


「ヘクター、ロータス」


 最初に動くべき2人の名前だけを、静かに呼ぶ。


「――――来る」


 執務室の机からは遠い、部屋の奥の窓枠とガラスが――砕け散った。


 執務机の位置を考えれば、手前の窓は、相手との距離が近すぎて、一撃必殺の間合いは取りづらい筈とキャロルは考え、イルハルトもその通りに、奥の窓から飛び込んで来た。


 床に足が着いたのと同時に、身体を捻って、デューイが座っていた方をめがけて、地を蹴る。


 だがイルハルトが剣を振り上げたその瞬間、躊躇(ためら)わず、間合いに入ってきた影が、下から剣を振り上げて、イルハルトの振り下ろした剣と、真正面からぶつかり合った。


「‼」


 とてつもなく重い剣戟音が、辺りに響く。


 空中から振りかぶっていた分、イルハルトの方が力に押された。


 バランスを崩す前に、一瞬交わした相手の剣を支柱として、イルハルトは空中で一回転して、斜め後方に飛び退いた。


「もうっ……!」


 どんな体幹だと、内心で腹立たしく舌打ちしながら、今度はキャロルがヘクターの前に飛び出し、剣を鞘から抜き放った。


 イルハルトは間一髪のタイミングで身を(かが)めたようで、頭髪だけが数本、宙を舞った。


 そのままイルハルトの右手の剣が、キャロルを狙って横に一閃されたため、立て続けにランセットがキャロルの背中から入り込んで、イルハルトの剣を上から押さえつけるように、剣を振り下ろした。


 だが地力の差か、鍔迫(つばぜ)り合いが長くは続かず、剣を振り払われたランセットは、いったん後方に飛び退(すさ)った。


「チッ……」


 部屋に飛び込んだ時、イルハルトの視界の先には、確かにレアール侯爵と思しき人影が映ったのだが、護衛であろう複数名とやりあっている内に、その姿は、部屋の中から消えていた。


「読まれていた、か……」


 その上、最初の一撃で誰一人斬り捨てられていない。


 いったん間合いの外に退いて、体勢を整えたイルハルトは、軽い既視感を感じて、自らの剣を弾いた護衛に視線を向けた。


「なっ……貴様、小娘……っ⁉」


「やーっぱ、4回目にもなると、顔を覚えるよねぇ……」


 構えは解かないまま、わざと余裕がある風を装って、キャロルが軽い調子でイルハルトに話しかけた。


 ヘクターとランセットにも、軽くウインクする。


「ヘクター、ランセット、ありがと。初手(しょて)としては、バッチリ」


 キャロルの態度が、自分達を構え直させる為の、時間を稼ぐものだと分かって、2人ともが何も言わずに、サッとイルハルトに向き直る。


「なーんで、私がここにいるんだ……的な?」


 ふふふ、と笑えば、ピクリとイルハルトの頬が痙攣(ひきつ)った。


「……そうだな。カーヴィアルのルフトヴェーク大使館で別れた筈が、ルフトヴェーク本国のレアール侯爵邸で会うとは、さすがに思わんな」


「でも、物理的には間違ってないんだよね。マルメラーデのイエッタ公爵家に、余計な話を漏らさないように圧力かけて、公都(ザーフィア)で、カーヴィアルのルフトヴェーク大使館に、面倒な生き残りがいたって話を報告して、それからここまで来た訳でしょう?ディレクトアの〝宮廷ルート〟を問答無用で()()()()()()来た私と、所要日数が違って当然じゃない」


「……〝影〟の尾行でも付けていたのか、小娘……」


 まるで見てきたように言い切られ、イルハルトから、驚きのあまり一瞬殺気が飛んだ。

 とは言え、隙は全く見えず、誰もその間合いに踏み込む事が出来ない。


「うふふー。今、()()()()()()()に来た事を自分で認めたねー。これで、誰の家か知らずに入り込んで、屋敷の住人が誰か知らずにうっかり斬ってしまったー……とか、最後の言い訳が出来なくなったねー」


 言質を取ったとばかりに、ものすごく楽しそうに笑うキャロルを、余程カチンときたのか、イルハルトが()めつけた。


「ふざけるな。そんな『うっかり』が、あってたまるか。筋金入りの第一皇子派の貴様が、ここにいる時点で、そんな言い訳は、口にするのも時間の無駄だろう」


 イルハルトは、キャロルを「第一皇子の駒」の一人と思いこんでいる。キャロルも、敢えて訂正はしていない。

 ランセットとヘクターは、場の空気を壊す愚は侵さず、ここは無言を通した。


「うん、それは確かにね。ついでに言うと、カーヴィアル帝国金貨の質が落ちている事の確認は、アデリシア殿下に注進してきたし、どこかの国(ルフトヴェーク)第二皇子(ユリウス)()()()は、ディレクトアのグーデリアン陛下が()()()()()()下さっているのを、道すがら見てきたし、色々と計画は倒れてると思うよ? 実はあんまり、あなたがここに来た意味ってないと思うの」


「……なっ」


「ちなみに〝影〟とかは動いてません。あなたが一人で大陸中を飛び回っているのと同様、こちらもそんなに人材豊富じゃないもので」


 そもそも、どこの国でも〝影〟などとは、聞いた事がない。いるのは専属護衛や諜報部員など、役割を細分化されて、存在する者達だ。スパイ小説の読みすぎか、と思わずツッコミたくなってしまうくらいだ。


「馬鹿な……そんな話は……」


「多分、ちょうど今頃、あなたの大切な()()()()のお耳にも届いてるんじゃないかな。私の方が全部先んじて()を打って来ちゃったから、情報の方が後から追いかけてくる形になってるんだよねぇ……」


 ランセットやヘクターには、キャロルが何をやってきたのかが、ほとんど分かっていない。


 ただ分かるのは、ほぼ単独で、リューゲ自治領以外の全ての国を、良い意味で引っ掻き回してきたと言う事だ。

 拳を握り締めたイルハルトから、再びユラユラと殺気が立ち昇ったのを、この場の誰もが視界に認めた。


「……小娘、ひとつ教えてやろう」


 剣も再び、構え直している。

 キャロルも軽口を畳んで、眉間に皺を寄せた。


「何でしょう」


「私が公都(ザーフィア)で、()()()に言われた言葉がある。『きっとその娘こそが、第一皇子(エーレ)の切り札にして最大の弱点。自由にさせておくのは、将来の公国(くに)の為にも良くない。()()()』と」


「……心配」


 フレーテ・ミュールディヒは、キャロルを「殺せ」と口にした訳ではない。

 あくまでフレーテの心配の種は残らず取り除きたいと願うイルハルトが、()()()()動くだけだ。


 自主的に――次々政敵を刈りとっていく。


「他の計画がどうなろうと、私の中では、さしたる重みはない」


 イルハルトの殺気が、一気に圧力を増す。


「つまりは、レアール侯爵を取り逃がしたとしても、貴様を殺すだけでも、立派に()()()の望みは叶えられる。……続けるぞ」



 ――第二ラウンドが、始まろうとしていた。

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