表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第八章 雪月花時最憶君
79/122

78 迎え撃て

「ランセット、ヘクター。念を押しておくけど、私の〝楯〟になろうとは、思わないで。私も二人は庇えないし、その瞬間に、三人ともが死の国(ゲーシェル)の門を叩く事になる。最初からそんな結末は目指したくない。足掻(あが)けるだけ足掻くつもりだから、二人は最後まで、私の右腕と左腕でいて」


「「キャロル様……」」


「他の皆は、雑魚(ざこ)の足止めと、公爵領出立組は、お父様をお願いね? 襲撃者の人数が分からないけど、それでもこちらは、大将(イルハルト)以外100%手が回らないから」


 いっそストレートなキャロルの物言いに、館の全員が、置かれている状況を理解したと言っても良かった。


 元からデューイ似で受け入れられ易かったとは言え、キャロルはその日の内に、館の使用人を完全掌握してしまい、デューイとロータスを呆れさせていた。


「それくらいの一体感はあっても良いと思います。私はここを、カーヴィアルの在ルフトヴェーク大使館みたいな『惨劇の館』にするつもりは、ありません」


 大の大人、それも鍛えられた軍人が、何十人もの民間人の遺体の埋葬に涙するような、あんな光景は、二度とごめんだ。


 結局その夜は襲撃者達は現れず、次の日の日中は、キャロルはランセット、ヘクターとひたすら連携を高める事に時間を費やした。


 この日はロータスが助言役として加わり、仮想・イルハルトとしてキャロルに攻撃を仕掛ける側に回ったため、圧倒的に実戦訓練が洗練された。


(ロータス、やっぱり半端ない……っ)


 ロータスと訓練をするのは、キャロルは初めてだったが、単にキャロルがロータスを避けきる事だけなら、ロータスが八割強の力で動いているにしろ、可能だと思えた。恐らくロータスは、ヒューバートやエーレには、何歩か及ばない。


 ただ彼は、キャロルが意図している所をよく心得ていて、キャロルとやり合う事ではなく、ランセットとヘクターをそこに参加させない事に集中していた。


 教え、導く者としての彼は、最強なのかも知れない。


 そして、イルハルトさえいなければ、ロータスがデューイを警護して、エイダル公爵領に入る事は可能だろう。キャロルがデューイを一切気にかけずにいて良いと言うのは、誇張ではない。


「お父様の事は宜しくね、ロータス。これなら本当に、私は気を取られずに済みそう」


「お任せ下さい、キャロル様。そもそも、キャロル様の腕を基準とされるから、不安が残るのであって、私もデューイ様も、昔は()()()()()()()を取り潰した程の杵柄は持っていますからね」


「あー……そうだったかも」


 打ち合いをしながら、あはは……と笑っているのはどうなんだ、とランセットやヘクターは、悔しさが増すばかりである。


 見学している他の護衛達も、それぞれ顔を痙攣(ひきつ)らせている。


「全部終わったら、全員また再訓練が必要でしょうかね」


 (あるじ)にも気後れしない執事長は爽やかに言い切り、そこに自分は入っていないと確信しているキャロルは、とりあえずニッコリと笑い返して、館の使用人達を戦慄させた。


 ランセットやヘクターが、何とか二人の間に入って来られるようになった頃には、日が傾きかけていたが、後々、この特訓に二人は感謝する事になる。


「キャロル様……恐らく、今夜あたり可能性が高いかと」


 訓練の最後、囁いたロータスに、キャロルも小さく頷いた。

 そうでなくとも、ロータスの読みは以前から正確だ。


「覚悟を決めなきゃ……ね」


 小さな声は、ロータス、ランセット、ヘクターの三人にだけ届いた。


 ロータスは、ランセットとヘクターの背中を無言で叩き、二人は気を引き締めるように、頷いた。


 楯となるな、との言葉は、(あるじ)を持つ者には存外重い。

 それは、唯一の(あるじ)を定めた三人だけが、共有出来る感情だった。


 キャロルを死なせたくなければ、この連携を上手くやり抜くしかない。

 それは、ランセットとヘクターの目標が、明確になった瞬間でもあった。




.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜




「どうせ叩き壊されるくらいなら、もう、いっそ窓を開け放しておきたいんだけど……この寒さだしなぁ……」


 夕食後の執務室。

 無駄に修繕費が……と、この期に及んで呟くキャロルに、一瞬だけ場がほぐれる。


「それくらいで、侯爵家の身代が傾くものか。そもそも私の身から出た錆びなら、必要経費だ」


 返すデューイも、表面的には落ち着いている。


「そこの窓から入ってくる、と?」


「それは、狙いはお父様一択ですから、もちろん。かつてそんなご丁寧に、玄関から入って来た試しはありません」


 ターシェの古城でも、カーヴィアルのルフトヴェーク大使館でも、イルハルトは二階の窓を蹴破って、目的の人物がいる部屋に直接仕掛けている。


 恐らくは、絶対的な自信が、そうさせているのだろう。

 今回に限って、例外だとは思えない。


「ところで、ランセットとヘクターって、どっちが力があるかな?能力じゃなくて、物理的な(パワー)の話として」


 いきなり話を振られた二人は、一瞬顔を見合わせたものの、やがてランセットの方が、ヘクターを小さく指差した。


「純粋な力勝負が必要な場でしたら、私よりもヘクターの方が適任かと。私は力に劣る分、地形、気象、色々仕込んで勝負をかける(タイプ)ですので」


「なるほど、了解。じゃあ、先陣はヘクターにお願いするね。相手が窓を蹴破って入って来たら、それを受け止めて、勢いを削いで欲しいの。一瞬で良い。一瞬鍔迫(つばぜ)り合いをしたら、すぐに後ろに飛んで、退()いてくれて構わない」


「先陣……」


「危険を押しつけると思わないでね?前に同じ事をやったら、力負けして、半日くらい、腕が(しび)れて使い物にならなくなっちゃって。さすがに私も、以前と同じ(てつ)は踏みたくない」


「と……っ、とんでもありません!喜んでお受けします!」


 やっぱり、大型犬が尻尾を振っているように見えてしまう、キャロルである。


 咳払いをしつつ、そんな頭の中の妄想を追い払った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ