78 迎え撃て
「ランセット、ヘクター。念を押しておくけど、私の〝楯〟になろうとは、思わないで。私も二人は庇えないし、その瞬間に、三人ともが死の国の門を叩く事になる。最初からそんな結末は目指したくない。足掻けるだけ足掻くつもりだから、二人は最後まで、私の右腕と左腕でいて」
「「キャロル様……」」
「他の皆は、雑魚の足止めと、公爵領出立組は、お父様をお願いね? 襲撃者の人数が分からないけど、それでもこちらは、大将以外100%手が回らないから」
いっそストレートなキャロルの物言いに、館の全員が、置かれている状況を理解したと言っても良かった。
元からデューイ似で受け入れられ易かったとは言え、キャロルはその日の内に、館の使用人を完全掌握してしまい、デューイとロータスを呆れさせていた。
「それくらいの一体感はあっても良いと思います。私はここを、カーヴィアルの在ルフトヴェーク大使館みたいな『惨劇の館』にするつもりは、ありません」
大の大人、それも鍛えられた軍人が、何十人もの民間人の遺体の埋葬に涙するような、あんな光景は、二度とごめんだ。
結局その夜は襲撃者達は現れず、次の日の日中は、キャロルはランセット、ヘクターとひたすら連携を高める事に時間を費やした。
この日はロータスが助言役として加わり、仮想・イルハルトとしてキャロルに攻撃を仕掛ける側に回ったため、圧倒的に実戦訓練が洗練された。
(ロータス、やっぱり半端ない……っ)
ロータスと訓練をするのは、キャロルは初めてだったが、単にキャロルがロータスを避けきる事だけなら、ロータスが八割強の力で動いているにしろ、可能だと思えた。恐らくロータスは、ヒューバートやエーレには、何歩か及ばない。
ただ彼は、キャロルが意図している所をよく心得ていて、キャロルとやり合う事ではなく、ランセットとヘクターをそこに参加させない事に集中していた。
教え、導く者としての彼は、最強なのかも知れない。
そして、イルハルトさえいなければ、ロータスがデューイを警護して、エイダル公爵領に入る事は可能だろう。キャロルがデューイを一切気にかけずにいて良いと言うのは、誇張ではない。
「お父様の事は宜しくね、ロータス。これなら本当に、私は気を取られずに済みそう」
「お任せ下さい、キャロル様。そもそも、キャロル様の腕を基準とされるから、不安が残るのであって、私もデューイ様も、昔はどこかの伯爵家を取り潰した程の杵柄は持っていますからね」
「あー……そうだったかも」
打ち合いをしながら、あはは……と笑っているのはどうなんだ、とランセットやヘクターは、悔しさが増すばかりである。
見学している他の護衛達も、それぞれ顔を痙攣らせている。
「全部終わったら、全員また再訓練が必要でしょうかね」
主にも気後れしない執事長は爽やかに言い切り、そこに自分は入っていないと確信しているキャロルは、とりあえずニッコリと笑い返して、館の使用人達を戦慄させた。
ランセットやヘクターが、何とか二人の間に入って来られるようになった頃には、日が傾きかけていたが、後々、この特訓に二人は感謝する事になる。
「キャロル様……恐らく、今夜あたり可能性が高いかと」
訓練の最後、囁いたロータスに、キャロルも小さく頷いた。
そうでなくとも、ロータスの読みは以前から正確だ。
「覚悟を決めなきゃ……ね」
小さな声は、ロータス、ランセット、ヘクターの三人にだけ届いた。
ロータスは、ランセットとヘクターの背中を無言で叩き、二人は気を引き締めるように、頷いた。
楯となるな、との言葉は、主を持つ者には存外重い。
それは、唯一の主を定めた三人だけが、共有出来る感情だった。
キャロルを死なせたくなければ、この連携を上手くやり抜くしかない。
それは、ランセットとヘクターの目標が、明確になった瞬間でもあった。
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「どうせ叩き壊されるくらいなら、もう、いっそ窓を開け放しておきたいんだけど……この寒さだしなぁ……」
夕食後の執務室。
無駄に修繕費が……と、この期に及んで呟くキャロルに、一瞬だけ場がほぐれる。
「それくらいで、侯爵家の身代が傾くものか。そもそも私の身から出た錆びなら、必要経費だ」
返すデューイも、表面的には落ち着いている。
「そこの窓から入ってくる、と?」
「それは、狙いはお父様一択ですから、もちろん。かつてそんなご丁寧に、玄関から入って来た試しはありません」
ターシェの古城でも、カーヴィアルのルフトヴェーク大使館でも、イルハルトは二階の窓を蹴破って、目的の人物がいる部屋に直接仕掛けている。
恐らくは、絶対的な自信が、そうさせているのだろう。
今回に限って、例外だとは思えない。
「ところで、ランセットとヘクターって、どっちが力があるかな?能力じゃなくて、物理的な力の話として」
いきなり話を振られた二人は、一瞬顔を見合わせたものの、やがてランセットの方が、ヘクターを小さく指差した。
「純粋な力勝負が必要な場でしたら、私よりもヘクターの方が適任かと。私は力に劣る分、地形、気象、色々仕込んで勝負をかける側ですので」
「なるほど、了解。じゃあ、先陣はヘクターにお願いするね。相手が窓を蹴破って入って来たら、それを受け止めて、勢いを削いで欲しいの。一瞬で良い。一瞬鍔迫り合いをしたら、すぐに後ろに飛んで、退いてくれて構わない」
「先陣……」
「危険を押しつけると思わないでね?前に同じ事をやったら、力負けして、半日くらい、腕が痺れて使い物にならなくなっちゃって。さすがに私も、以前と同じ轍は踏みたくない」
「と……っ、とんでもありません!喜んでお受けします!」
やっぱり、大型犬が尻尾を振っているように見えてしまう、キャロルである。
咳払いをしつつ、そんな頭の中の妄想を追い払った。




