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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第八章 雪月花時最憶君
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77 連携の形

「ルフトヴェーク公国って、やっぱり北の国なんだねぇ……もう、吐く息が白く見えるよ」


 翌朝。


 今日明日にも、イルハルトが来るかも知れないと分かっていて、じっとしていられなかったキャロルは、朝からロータスに、使用人全員を中庭に集めさせていた。


 全く戦えない人たちには逃げ方を、()()()()の人たちには、自分で自分の身を守る術を。護衛担当者には、キャロルが直接()()すると、そう言い渡したのだ。


 この一週間、死ぬ気でここを守り通せと――そう、言い切って。


 ちなみにロータスだけは、デューイの出立準備等の事もあり、ここには不参加だ。


「キャロル様……」


 手合わせをした護衛担当がほぼ全員地に沈んでもなお、息一つ乱さないキャロルに、ランセットが乾いた笑い声を上げた。


 ひとり爽やかに天気の話をされても、周囲からは浮きまくりだ。


 護衛担当達は再戦希望のやる気に満ちており、それ以外の使用人達は、驚きと尊敬の眼差しでキャロルを見つめている。


 ちなみに、意地でも地面とキスするような醜態だけは晒さなかったものの、それでもヘクターは剣を叩き落とされ、ランセットは喉元に剣を突きつけられる形で、完敗している。


「やあ…でも、ランセットもヘクターも、確かに以前より強くなったと思う。今なら近衛隊の3番手あたりとは、良い勝負になるんじゃないかな?」


「3番手、ですか」


近衛隊(ウチ)の副長も、結構優秀だから」


 ランセットの、一瞬の、悔しそうな表情が見えたのだろう。ふふ……と、キャロルは微笑(わら)った。


「私の無謀は看過出来なくとも、私が『やれ』と言う事には、否とは言わない……って、最後まで、私が公国(ここ)に来る事に反対してた。誰かが行く必要があるのなら、自分に言え、って」


「……それで、どうやって説得を?」


「近衛だろうと国軍だろうと、結局は武官だから、(こぶし)で語らないと納得しないんだよね……」


 要は一騎討ちね、とキャロルは言い、尋ねたヘクターは僅かに顔を痙攣(ひきつ)らせた。


「とは言え、勝って私を止めたかった訳だから、多分、めちゃくちゃ怒ってたと思う――自分自身に対して、ね。お互い譲れない物があった以上は、しようがないんだけど。後を任せても大丈夫と思える、私には過ぎた副長だよ」


「……我々も」


「うん?」


「我々もいつか、そんな風に信頼を寄せて頂けるようになりたいと思います」


 唇を噛み締めるランセットに、キャロルが(ほの)かに笑った。


「近衛隊はね、5番手くらいまでは、私に言いたいことを言ってたかな。あぁ、もちろん悪口とかじゃなくて、警備とか、そう言った面に関してね。無謀は看過出来なくとも云々……って言う副長の考え方を、幹部皆が実行してたんだよね。私は、それが凄く心地良かった。だから……仕えてくれると言うのなら、二人も、そうあってくれると、私は嬉しい」


「――――」


「あ、その究極形って、実はロータスかも知れない。(あるじ)にガンガン意見は言うけど、行動は全て(あるじ)のため……って言う、ね。ホント、ブレないよね、ロータスも」


「ブレない……」


「我々にはまだ、ロータス執事長すら高い壁です……」


 悄然としている2人の肩を、ポンポンとキャロルが叩く。


「あのロータスが、自分とやり合えるって言い切っただけでも、凄いと思うよ? そんな二人が、父よりも私を選んでくれるなんて、こっちこそ『何で?』って感じ。まあでも、そこは今更『ありがとう』以外ないから、その先の事は、生き残ったら一緒に考えていこうよ。どう言う距離感が相応(ふさわ)しいのか、ね」


 キャロルは、敢えて「生き残ったら」と、口にした。


 父は「勝ち残れ」と言うが、当面は、現実的な方向で考えておくべきと、キャロルは思っている。


「とりあえず、二人の動き方やクセは、何となく分かった。二人も、自分がやりながらでは難しかったと思うから、午前中は、私の動きをひたすら見て、クセとかタイミングとか、何となくでも良いから覚えてくれないかな?」


「キャロル様のクセ、ですか?」


「うん。正確には、私の間合いや打ち込みに、入って来られるようになって欲しい。でないと、いくら三人であの男(イルハルト)を取り囲んでも、最終的には一対一になっちゃって、各個撃破されて終わりだから。連携がとれないと、意味がないんだよね」


「連携……」


「他の護衛のみんなとは午前中だけで、午後からは私達三人で実践。ヘクターと一対一の時には、ランセットが入って来る練習で、ランセットと一対一の時は、ヘクターが入って来る練習――的な?とりあえず三人で続けざまに、イルハルトに打ち込めるようになりたい。私が3~4手、二人がそれぞれ2手くらい受け流し続ければ、さすがにそのうち隙が出来ると思うから、それで、隙が見えたと思ったら、誰でも良いから見逃さずに打ち込んで欲しい。多分、二度も三度も隙は生まれないと思うし」


 キャロルは一晩悩んで考えた、二人の「使い方」を、初めてここで口にした。


 力において及ばない以上、とにかく、休みなく攻撃を仕掛け続けるしか術はないと思ったのだ。今更飛躍的に力がつくような、◯◯の実……的な秘薬がある訳でもない。


「三人で間断(かんだん)なく攻撃を仕掛ける事……ですか」

「もっと言えば、途中で一人欠けても二人欠けても攻撃の手は止めない事…かな」


 ランセットの呟きに、キャロルが更に言葉を添えた。


「悔しいけど、私がイルハルトに及ばない事実から、目を背ける訳にはいかないから。巻き込んじゃうランセットとヘクターには、ホントに申し訳ないけど、無傷で済む筈ないとも思ってる。大なり小なり怪我はあると思うから、先に、そこで攻撃の手を緩めない覚悟だけは持っていて欲しい」


 そこまで……との声が、地面に突っ伏したままの護衛達の方からあがる。


 そこまでなのよ? と、なるべく悲壮感は押さえつつ、それでも深刻さは隠さずに、キャロルは返した。

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