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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第七章 朱の雨に濡れて
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76 生き残れではなく勝ち残れ

「お父様」


 ここまできて、キャロルは一歩も引くつもりはなかった。


「お父様にも矜持(きょうじ)はおありだと思います。でしたら、私の我儘として――お父様がイルハルトの手にかかって、()に叛逆の濡れ衣が被せられないようにしたい。三国間の融和は、彼が発案した事で、そのための努力も惜しまずにきた事を、衆目に認められて欲しい――それらを汲んで、屋敷を出て下さいませんか」


「おまえの我儘だと? 何一つ、おまえ自身の為ではない事の、何が我儘だ」


「我儘ですよ。お父様だって、それが母のためになる事なら、例えご自分の事は後回しでも、周りがそれを止めたとしても、成し遂げようとされますよね?我儘と言うより、利己主義(エゴ)なのかも知れませんけど」


「おまえ……それだと……」


 デューイには、カレルが自分にとっての唯一無二だとの自覚が、もちろんある。子供達への愛情とは、全く別の話として、デューイはカレルを愛している。


 それを、キャロルが引き合いに出すのであれば。

 デューイ様……と、小声でロータスが囁いた。


「ご自身の思いと、エーレ殿下の思いとは、キャロル様の中では全く別の話です。エーレ殿下の周囲の(しがらみ)は、デューイ様以上です。カレル様がこの家に入られる事を(よし)とされるだけでも、何年かかったとお思いですか。キャロル様は、いったい誰の血を引いておられると?」


 流石、ルフトヴェークとカーヴィアルを何年も行き来していたロータスの言う事は、重みが違う。

 いや、しかし……などと、デューイが口籠っている。


 それと……と、今度はキャロルにも聞こえるように、ロータスが声のボリュームを上げた。


「エーレ殿下は、アデリシア殿下との話し合いを終えられたら、こちらに駆けつけて来られるそうですから、尚更この屋敷には、ご自分が残りたくていらっしゃるんだと思いますよ?」


「……っ、ロータス!」


 カッとキャロルの頬に(しゅ)が差したのを、驚いたようにデューイが見つめ、ロータスが悪戯(いたずら)っぽい笑みを閃かせた。


「ここは、物分かりの良い父親でいて差し上げてはいかがですか、デューイ様」

「そ……れはそれで、少し複雑だな……」

「もう、何の話ですか!」


 とにかく!と、キャロルが両手をバン!と、執務室の机の上に置いた。

 ロータス、例の金璽(きんじ)!と叫んで、片手の掌に載せさせる。


「今はまだ、私がこれを預かっていますから、私の権限で、お父様にはエイダル公爵領へ向かって頂きます!これは決定です‼」


「開き直ったな、キャロル⁉」


 デューイも叫び返したが、今更である。


 そもそも、皇弟殿下との謁見で、死を覚悟して、色々張り巡らせておいたのを、今、ジワジワやり返されているだけだ。


「では私は、デューイ様の分を含めた、エイダル公爵領までの旅の準備を致します。デューイ様は、その書類をもう少し読み込まれて下さい。キャロル様とランセット、ヘクターには、この屋敷で、当主と筆頭執事のみが知る通路や情報を、可能な限りお伝えしておきます。刺客とやり合うのに、どこで役に立つか分かりませんから」


「ロータス……」


 恨みがましいデューイの視線を、さらりとロータスは受け流す。


 これに懲りたら、二度と自分に「遺言」を託すような事だけは、しないで欲しいのだ。


 キャロルの方が、ロータスの最上位がどこにあるのかと言う事を、よく分かっている。

 分かっていて、ただの一度も、自分が二の次にされている事を責めた事がない。


 まさにキャロルは、()()()ふさわしい。


 キャロルには、ランセットとヘクターが付いた。ならば、彼ら2人に自分の全てを引き継ぐのが、()()()()()()()()()()()だ。


「私が責任を持って、エイダル公爵領までデューイ様をお連れ致します、キャロル様。キャロル様はどうぞ私との約束を、お忘れ下さいませんよう」


「あーっと……うん。まだ、どうやってと聞かれると答えられないんだけど……とりあえず、受け入れる覚悟は出来たと思う。それで良いかな」


「そうですね……まずは、と言う事でしたら」

「厳しいなぁ」


「生き残る、とはそう言う事ですよ、キャロル様。決して勝手に『念の為』とか()()()()()()、遺言を託す事ではございませんので、お間違えなきよう」


 刺だらけの口調に、ロータスの怒りが滲んでいる。

 キャロルと会話をしているようで、矛先はデューイに向いている。


 そのデューイは、キャロルから受け取った書類を見る風を装って、視線を明後日の方向に逸らしていた。

 何の約束をしたのか、気になりながらも聞けないらしい。


 不思議な主従だなぁ……と、キャロルは思う。


 深青(みお)が読んだ〝エールデ・クロニクル〟は、志帆(しほ)(サイド)の話であるため、ロータスがどうしてデューイに仕えるようになったのかは、知らないのだ。


「……今度、お父様とロータスが出会った頃の話とか、聞いてみたいかも」


 何気なく漏らしたキャロルの言葉に、動揺したように咳込んだのは、やはりデューイで、ロータスは、そんなデューイを生温かい目で見やった。


「……多分、キャロル様が時々おっしゃるところの〝黒歴史〟に相当するようには思いますけれども」


「えっ、そうなの⁉」


「デューイ様の反応が面白いので、キャロル様が無事生き残られた際に、お話しさせて頂く事にします」


「ホントに⁉ ああっ、聞きたい! 確率低いところに、ロータスが物凄い()()()()ぶら下げてきた! どうしよう!」


「何が『どうしよう』だ! そんな次元の低いニンジンに人生賭けるな! いいから黙って勝ち残れ!」


 そこでさすがに、たまりかねたように、デューイが手にしていた書類で机を叩いた。


「そうだ、()()()()――だ。全員、瞬殺されないだけの腕を磨いてきたんだろう。だったら生き残るなどと、程度の低い話をするな。私に振り返って欲しくないなら、勝ち残ると言い切れ」


「お父様……」


「私が行く方が、エイダル公爵に動いて貰うには効率的だ。それは確かだからな。だが、後が()()()()になっても責任は持てない。おまえがここでエーレ殿下と合流するのなら、焼け野原は殿下に収拾して頂く事になるからな。誇張はしていないぞ。まあ、殿下は言えばお分かりになるだろう」


 最後、ほとんどヤケのように言いきって、デューイはもう一度、正面のキャロルを向いた。


「いいか。おまえは、ランセットとヘクターの命を預かった。まずはその事を自覚しろ。おまえは(あるじ)として、彼らの誇りを()み、彼らに恥じない剣を振るわねばならない。その事を常に意識するならば――自ずと分かる筈だ。最後、刺し違える事が、どれほどの下策か」


 ここでも「刺し違えるな」と、キャロルは釘を刺された。

 そして「生き残る」のは当たり前、「勝ち残れ」と言い切るデューイの要求が、最もレベルが高い。


「そうですね。2人に恥じない剣を振るいます、お父様」


 少なくともそれだけは今、約束出来ると――いっそにこやかに、キャロルは微笑んだ。

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