74 騎士の誓い
「あれ……えーっと、どこかで……」
金の短髪と、銀の長髪。
ロータスから紹介された2人に、キャロルは何となく既視感を覚えて、片手でこめかみを揉みほぐした。
前にルフトヴェークを訪れてから、5年近くになる。余程特徴がないと、覚えていない場合が大半なのだが、今回、特に銀の長髪と言う、ルフトヴェークでも珍しい髪の色が、キャロルの記憶中枢を刺激した。
そう思って見れば、金の短髪も、銀の長髪とセットで――。
あ、と言う声が漏れて、こめかみから手が離れた。
「そうだ、あの時、ルヴェルまで残った最優秀選手2人……じゃなかった?名前とかは、聞かないままだった気がするけど……」
キャロルが辿り着いた回答に、扉付近に立っていた青年2人が、軽く目を見開いた。
無言で顔を見合わせた後、スッ…とその場で片膝をつく。
「覚えて頂いていたとは……大変光栄に存じます、キャロル様。イオルグ・ランセットと申します」
「ベオーク・ヘクターです。どうぞ今後は、キャロル様の専属護衛として、仕えさせて頂きたく、お願い申し上げます」
「……うん?」
銀髪青年がランセット、金髪青年がヘクターと名乗ったところで、ヘクターの「専属護衛」の言葉に、キャロルが引っかかった。
「専属護衛?」
キャロル様、と、背後からロータスが声をかける。
「その2人は、ルヴェルで何も出来ず、エーレ殿下がお一人でイルハルトを退けられた姿を目の当たりにして、内心、忸怩たる思いを持っていたようでしてね。再教育は必要ない、とキャロル様からお口添えは頂いておりましたが、自ら志願して、訓練を続けていたんですよ。今では、この屋敷でただ二人、私と互角にやり合えるようになりました」
「へぇ……って、それは……分かったけど……」
「デューイ様が、万が一の場合には、キャロル様を後継に……と、遺言めいた事を仰った際に、ならばその際は、自分達をキャロル様の〝筆頭〟にして欲しい――と、言い出しまして。昨今では、書類仕事を分担して、お茶まで淹れられるようになったんですよ」
遺言、を強調するのは、ロータスも根に持っている証である。
デューイは、バツが悪そうに視線を逸らしていた。
「お茶って……」
「要は護衛兼執事――ですね。私のような。それで私も、カレル様とデュシェル様をお送りする為に、ルフトヴェークを一時離れるような事が出来た訳です。そもそも、カーヴィアルへも自分達が……と最初は言っていたんですが、カーヴィアルで近衛隊長職をお持ちのキャロル様に、今はまだ専属の護衛や執事は必要ないと、屋敷に残らせていたんです。ですがこれから、キャロル様には、生き残る為の〝駒〟が必要になります。そして、今のこの2人ならば――それが可能です」
「…………」
大型のボルゾイ犬2匹が、目を輝かせて、物凄い勢いで尻尾を振っている錯覚を、キャロルは覚えた。
「……いいの? あの時の、あの男が、ここに来るよ? うっかり、首と胴が離れてしまっても、戻してあげられないけど?」
それは、ルヴェルの街で、イルハルトに首を刎ねられそうになったキャロルの、自分自身への自虐である。
ランセットとヘクターは、一瞬だけ顔を見合わせ――2人ともがクスリと微笑って、キャロルを見上げた。
「我々は、あの時点でも、そこそこ腕に自信はあったんです。レアール侯爵領から、ルヴェルまで、次々に護衛を看破されていくキャロル様を、とても楽しく拝見させて頂く余裕もあった。それが、あのルヴェルの街で、鼻っ柱を叩き折られた」
「まさか、キャロル様にエーレ殿下、そしてあの刺客。全員が、俺やランセットよりも遥かに強いと言う事実に、愕然とさせられました。護衛不要と、最初にキャロル様が仰られた意味を、否応なく理解させられてしまったんです」
「我々の中では、あの時の闘いが、今も指針です。もう二度と同じ轍は踏まないと、ヘクターと誓って、今日まで鍛練を積み重ねて来ました。今でも我々は未だ、及ばないのかも知れない。ですが、キャロル様にただ、庇って頂くだけの存在ではなくなった……そう、自負しているのですが」
「あの時のように、無駄死にと言われるような無様な姿は、もう晒しません。ですからどうか……お側に仕えさせて下さい」
口調は穏やかだが、決意は固いように見える。
一応、レアール侯爵家の護衛なのに、どうしたものかと躊躇していると、見透かしたような、デューイからの声がかかった。
「自覚がないようだが、おまえも〝レアール侯爵家に連なる者〟なんだがな、キャロル。中でもこの2人は、私よりも、おまえを主として仰ぎたいと言っている――それだけの事の筈だ」
「え……でも……」
「少なくともこの2人は、それを公言して、ロータスのしごき……ゴホン、教育にも耐えてきたからな。であれば、私がとやかく言う事ではない。口だけではなく、行動でもそれを実践したんだ。後はおまえが、それを認めてやるかどうかだけだ」
「…………」
執務室全員の視線を受けたキャロルは、何かを反論しようとしたものの、言葉が出てこず、何度か口をパクパクとさせた上に――降参した。
「分かった、分かりました!」
パッと顔を輝かせた、ランセットとヘクターに、キャロルは顔を顰めて天を仰いだが、それは一瞬の事だった。
「イオルグ・ランセット、ベオーク・ヘクター」
視線が2人に向けて戻された時、既に表情は、上に立つ者としての圧に覆われていた。
知らず、2人の背筋も伸びる。
「あなた方の行動が、主と主家の評価に直結する事を忘れずに、私に恥じない剣を振るう限りは、奪う命の咎は、全て私が背負います。ですから、改めて問い直します。あなた方の、剣と忠誠と命、全て私に差し出す覚悟はありますか?」
ただ専属護衛を受け入れるだけなら、何もこんな、カーヴィアルの近衛隊じみた事をする必要はない。
偏に今回は、共にイルハルトと闘う事になる――その覚悟を、甘く考えて欲しくないだけだ。
長くはない沈黙の後で、2人は片膝をついた姿勢のまま、更に深く頭を下げた。
「ただの護衛ではなく、忠誠を誓う存在としての、我々を受け入れて下さる――どうして、そこに否やがあるでしょうか。喜んで、この身の全てを捧げましょう」
「決して貴女様に恥じる事のない剣を、振るい続けると誓いましょう」
あれ?
余計に感動させてしまうつもりは、キャロルにはなかったのだが。




