71 女子会と言う名の詰問会
「……まだ調べる事があると言う事か」
「そうですね。そのように思って頂ければ」
「その事は、アデリシア殿下は?」
「もちろんご存知です」
多分、キャロルが折れないと悟ったのだろう。
そうか……と、アーロンは一人、頷いた。
「だが、次期皇帝の妃となる筈の君の立場を思えば、素直に頷いて良いのか判断しかねるな……もしや、何か目立つ功績を立てないと、平民の出自を持つ君を皇妃としては認められない――などと、主要貴族達の間から難題を突きつけられているのか? それであれば、私はもちろんの事、陛下にも今回の件を口添え頂いて、外側から黙らせる事は可能だ。あまり無理をして、派手に動かない方が良い。そのうち、君自身に刺客の目が向く事になるぞ」
アーロンは本心から言ったつもりだったが、キャロルの方は、何故か、ほろ苦い微笑を返した。
ありがとうございます、とは、確かに口にしたのだが。
これは相当、内部で拗れているな……と見たアーロンは、キャロルには内緒で、アーロン自身の所見と、グーデリアンの証言を添えた文書を、レティシアからアデリシアへの、結婚祝いの手紙と称して、紛れ込ませる事にした。
元より、横槍が入るようなら、全力で支援すると宣言していたレティシアに、夫のこの提案が、拒否されよう筈もない。
こうして、キャロル本人が書いた顛末書と、アデリシアが額に手をあてて溜息を吐くような、異母妹からの、祝いとは名ばかりの「さっさと皇妃にしろ」と言う、ディレクトア王族挙げての脅迫書が、後日届けられる事になったのである。
『キャロル様』
そして翌日。
キャロルが馬留めで愛馬に食事を与えていると、ロータスが、どこからともなく現れた。
『お早いですね。昨晩、あまりお休みになれなかったのですか?』
『いやぁ……ユニちゃんに、今日出発するよーって、声かけに来たって言うのもあるんだけど、もう、レティシア様の興奮と妄想を抑えるのが大変で……』
レティシア曰くの「夜の寝間着トーク」は、ディアンヌも交えての、大騒ぎだった――主にレティシアが。
そもそも、何故、今になっての婚約なのかと聞かれたキャロルは、ちょっと国政上、公には出来ない事件があった……と、可能な限りぼかした言い方を、二人にした。
あながち間違ってはいないし、そう言われれば、二人がそれ以上を追求出来よう筈もないからだ。
下手をすれば、その事件での詰め腹を切らされかねなかった所の、窮余の一策として、アデリシアが手を差し伸べてくれたのだ……と言う事にしておいた。
これもアデリシアが、最初に、フォーサイスのいる場でキャロルに提示した事なのだから、そこに嘘はない。
『〝無闇に死地に赴くな。無謀な策は立てるな。最後、家族を泣かせるくらいなら――後宮で真綿に包まれろ〟……って、お兄様が⁉ そんな風にあなたに言ったの⁉』
『……そう……です、ね……』
『誰それ⁉ お兄様の顔をした別人⁉ 後宮で真綿に包まれろとか、何、その重い愛!』
『レティシア様の中のアデリシア殿下って……』
『紺碧の血を持った仕事中毒患者』
レティシアは、遠慮忖度なく、異母兄をぶった切った。
そもそも母親が違う割に、リネットとディアンヌの間に対立がないからか、アデリシアとレティシアの間も、実の兄妹と言っても良いくらいに、気の置けない関係ではあった。
と言っても、限度があるだろうと、本来なら娘を嗜めなくてはならない筈のディアンヌも、今回はそれをする事なく、目を見開いてキャロルを見ている。
『……貴女のせいではない事で、貴女を失うのが……きっと耐えられなかったんでしょうね……』
それが〝愛〟なのか、単に優秀な部下を失いたくないと思ったからなのか――もしかすると、アデリシア本人も、よく分かっていないのでは……と、ディアンヌとしては、やや不安には駆られているのだが。
『いいえ、お母様!それでも、それでもです!お兄様が、誰かを〝特別〟だと認識した事だけでも、驚異的な事です!大臣達の横槍なんか、ぜっったいに、入れさせません‼』
『ああ、あの、レティシア様……私が、我儘を言っているところもあるんです。普通の姫君なら、恐れ多くも皇太子殿下に、後宮に入るよう言われれば、喜んでその意に添おうとするのかも知れないんですけど……殿下の近衛としてやってきた矜持が、どうしてもすぐにそれを許容出来なくて……何か少しでも、役に立つような事を成し遂げてから、と、ついムキになって……』
キャロルとしては、アデリシアの一方性を少しでも低くしておこうと、不自然にならない程度のフォローをしたつもりだったのだが、それを聞いたレティシアは、何故だか大きな溜息を吐き出した。
『うわぁ……こっちにも、拗らせてる子がいた……』
『レ、レティシア様……?』
『そうね……同じ仕事中毒患者に、ただ後宮で自分の庇護を受けろと言っても……それは、反発しか招かないわよね……』
『ディアンヌ様まで……?』
『分かったわ! こうなったら、もう、私がお兄様とキャロルの外堀を埋めます! 似た者同士で、大人しく結婚なさい‼』
『ええっ⁉』
『諦めて、来週、私と一緒にカーヴィアルへ戻ったらどう、キャロル? そもそも、貴女が他国で血塗れになって戦う事まで、アデリシア殿下も想定はしていないと思うのだけれど……』
『…………』
いや、そこは間違いなく想定内です。と、キャロルは思ったが、レティシアやディアンヌを、不必要に不安がらせなくても良い筈だと、敢えてキャロルは反論しなかった。
結局キャロルが今日発つ事を押し通した裏で、レティシアがアデリシアに「皇妃にしろ」と檄文を送りつけた事など、知る由もないままだったが。
『キャロル様……』
話を聞いている途中から、ロータスの目が、咎め立てをするように、半目になっていた。
『本当に、無駄に有能すぎて、ご自身の首を絞めておいでですね』
『無駄……』
有能かどうかは別にしても、自分の首を絞めている自覚のあるキャロルは、愛馬の鬣に頬を埋めざるを得ない。
果たして、自分の近衛隊不在理由が立派に成立しそうな事に、安心していて良いのだろうか。
『いや、イルハルトさえ退けられれば、殿下から行動の自由を勝ち取れる筈だし……』
『……なるほど。最終目的がブレた訳ではない、と』
ブツブツと呟いているキャロルを、何とも言えない表情でロータスが見ていたが、不意に、耳に聴こえた物音に、ハッと空を見上げた。
『――キャロル様‼』
『え?』
ロータスの、やや慌てたような声に、キャロルもつられて視線を上に向けた。
『あれは……っ』
聴こえてきたのは、羽ばたきの音と――。
『白隼⁉』
一羽の白い鳥が、上空を、旋回していた。




