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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第五章 宵闇に沈む
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51 説得は、剣で

 声と共に、すぐ側にある建物の、2階のバルコニーから降って来たのは――エルフレード・バレットだった。


「バレット卿……?」


「朝っぱらから、おまえとアデリシアが寝ただの、寵愛を受けただの、上を下への大騒ぎだ。ただ、あまりにもタイミングが良すぎる。おまえがルフトヴェークへ向かう許可をアデリシアに欲していた事と、絶対無関係じゃねぇ。そう思ったから、話を聞こうと捜してたら――ちょうど良かった。事情も理解出来たしな。聞いたところで、俺も正直、賛成は出来ねぇから、副長の言い分に一票だ。とりあえず、双方が納得するように、一騎打ちしとけ。俺が立会人になってやる」


 抱くとか寝るとか、誰もかれも、10代の乙女にもう少し言い様はないのかと、キャロルの溜息が漏れる。

 一応、未遂(の筈)なのに。


 そう言う意味では、アデリシアが「夜を過ごした」と言ったのは、とても言い得て妙だ。


「……ここで良い? ひっそり出ようとしていたのに、わざわざ訓練場で目立ちたくないし。あと、もちろん逆刃(さかば)で。私に怪我をさせて止める事を狙ってくるなら――本気で斬り捨てるから」

「……っ」


 恐らくサウルの性格からすれば、それはしないと思うのだが、こうでも言っておかないと、キャロルの本気は伝わらない筈だ。

 案の定、キャロルの威圧の空気にサウルはやや怯み、エルフレードは片眉を上げた。


 愛馬(ユニ)に、少しだけ待っているよう声をかけて、キャロルが馬留めから離れる。馬達のいる所に、自分の間合いが入らないようにする為だ。


「いつもみたいな円も描かないから。それで良い?」

「お願いします」


 円? と首を傾げたエルフレードに、いつもは半径1.5m程の円を自分の回りに描いて、そこから一歩でも足が出れば私の負け――と言うやり方をしているのだと、キャロルは言った。


 訓練のハンデにしても、強烈だ。

 大使館で見た、あの剣筋(うで)からすれば、さもありなん……なのか。


 唖然とするエルフレードをよそに、キャロルとサウルが、それぞれ逆刃にした剣を構えた。


 サウルは刀を立てて頭の右側に寄せ、左足を前に出して構えている。一方のキャロルは、刀の切っ先を下げた構え方だ。


 上段の構えではないにしろ、体力を残しつつ、攻めに転じる事が可能な、やや攻撃型のサウルの構えに合わせてか、キャロルの構えはその防御型だ。


 ただ正眼に構えがちな一般兵と、2人共それだけでも違うと、エルフレードは感心する。


 構えが整ったと見たエルフレードが、片手を上げて、振り下ろす。


「2人とも、良いな? ――始めっ!」


 エルフレードが言い終わるかどうかと言ったタイミングで、動いたのは、サウルだった。


 キャロルの間合いに素早く飛び込むと、一気に左から右へと、剣を振り下ろす。


 一般兵からすれば、それだけでも動きが早くて一撃で沈みそうな、その攻撃を、完全に読み切っていたのか、キャロルは何なく飛び退()いて避けた。


 更にそれをも読んでいたのか、サウルの剣がキャロルの胴を狙って横方向に薙ぎ払われたが、キャロルはこれも、(かす)らせもせずに、飛び退いて避けた。


「チッ……」


 舌打ちしたサウルは、一度地面を踏みしめると、今度は間合いを詰めて、キャロルに連続で剣を打ち込んだ。


 一見、キャロルがそれに押されて下がったようにも見えたが、よく見れば、キャロルはサウルの腕力を正面から受ける事はせず、全て受け流していて、隙が見つけられない。


 不意を突こうと、打ち合いの途中にいきなりサウルの剣が横方向に振るわれても、難なく身を(かが)めて、それを交わす。そのままサウルの喉元を狙って、キャロルの剣が繰り出されてきたので、サウルとしては、いったん後方、キャロルの間合いの外に飛び退くしかなかった。


 この時点で、2人とも息もあがっていない。


 エルフレードは改めて、アデリシアの近衛の想定外の強さを見せつけられた思いだった。


 一見、非力に思えるキャロルへの打ち込みは、効果的なように見えるのだが、キャロルはそれを、受け流す(すべ)を心得ている。大使館で相対した、あの男(イルハルト)(パワー)だけが、規格外なのだ。


 キャロルには、恐らくは、自分の剣でも受け流される――エルフレードは、そう思った。


 その後も何度かサウルはキャロルへと打ち込んでいるが、決定的なチャンスを見つけられずにいる。恐らく、一瞬でも隙があれば勝てるであろう程の能力(ちから)を、サウルは持っているのだが、その隙を見つけられないのだ。


 どこで決着がつくのかと、エルフレードが思い始めた時、()()は起きた。


 何度目かの打ち合いの後、サウルの剣を受け流して後方に飛んだキャロルを、手首を翻したサウルの剣が、再度肩口から脇を狙って、振り下ろされた。


「ふふ。待ってた」


 サウルの剣先が届かず、地面すれすれまで振り下ろされたところで、軸とした右足に力を入れたキャロルは、ふわりと空中に飛び上がると、サウルを飛び越えて、クルリと身体を回転させた勢いで、自らの剣をサウルの背中に叩き込んだ。


「ぐ……っ」


 地面に着地したキャロルは、振り返らないまま、剣を左後ろへと一閃させ――それは、よろめいて片膝をついたサウルの首筋に、ピタリと当てられた。


「その攻めをするなら、背後に気を付けて……って、前にも言ったのに」


 言いながら、じわりと口の端に笑みを乗せるキャロルに、サウルが悔しげに唇を噛んだ。


「勝負あった、か……」


 エルフレードも、やや残念そうだ。


「隊内のトーナメント戦に勝っての近衛隊長だって言う噂は、間違いじゃない訳か」

「んー……ちょっと正確じゃないですね、それ」


 剣を鞘に収めながら、キャロルがエルフレードに、しれっと爆弾を落とす。


「トーナメントじゃなく、全員とやりましたから。近衛隊の、全員と」

「な⁉」

「もちろん、1日で全員とやった訳じゃないですよ? 何日かに分けてやりましたけど。最終的には、全員と――って感じで」


 言いながら、キャロルは、片膝をついたままのサウルの前に(かが)み込んだ。


「近衛隊、預けて良い?サウル」

「――――」

「心おきなく行かせてくれると、嬉しい」


 それは無理だ、とサウルは思ったが、それを口には出来なかった。


「……預かるだけなら。引き取りは、突っ返しますよ」


 (うな)るように、そう呟くのが精一杯だった。


「うん。バレット卿の隊が合同訓練も考えてくれているみたいだから、留守中、先にやっててくれても良いよ?」


 キャロルの視線を受けたエルフレードが、肩をすくめる。


「おまえ抜きってのもなぁ……だいたい、何で先に申し込んでた俺を差し置いて、副長と手合わせしてんだよ。今から俺ともやれとか、空気読めないような事は言わねぇけど、戻ってきたら覚えてろよ?」


「はは……すみません」


「アデリシアに、声はかけたのか?」


 再び愛馬(ユニ)の側に戻るキャロルに、エルフレードがそう、声をかける。


「見送らない、とさっき言われました」


 馬の方を向くキャロルの表情は、エルフレードからは見えなかった。


「多分、人の口の数だけ色んな噂が出ると思うんですけど、本人結構『不本意だ』って、やさぐれてたんで、あまり揶揄(からか)わないであげて下さい」


「やさぐれ……」


 およそアデリシアには似つかわしくない単語だが、少なからず、今回の件には、思うところもあるのだろうと、エルフレードは好意的に捉えておく事にした。


「なあ、ローレンス。あの男(イルハルト)が、一筋縄でいかないくらい強かったのは、分かってる。だけどちゃんと、アデリシアの所に戻って来てやれよ?アイツの部下は、並大抵の人間には務まらねぇんだよ。自分の価値を低くみて、間違えても刺し違えたりしてくるなよ?」


「バレット卿……」


 自己犠牲と言う、楽な解決方法に流されるな――アデリシアの言った事と、エルフレードが言っている事は、多分同じだ。


 10代の小娘と言う見た目に惑わされず、自分の価値を認めてくれている。


 ――勇気を、貰った気がした。


「ありがとうございます。行ってきます」


 必ず戻って来るとは、やはり言えなかったのだが。

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