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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第五章 宵闇に沈む
45/122

44 夜明け前 ※

軽いR15が入りますのでご留意下さい。

 その碧い液体を飲み込んだ瞬間、身体の奥からカッと焼けるような感覚がせり上がったキャロルは、アデリシアが唇を離した直後に、激しく咳き込んだ。


「な……んっ、コレ……」


 その上、グルグルと目が回って、アデリシアの支えなしに立っていられない。


「ああ……どうやら、それほどお酒には強くなさそうだね、キャロル。今度からは気を付けて飲むと良い」


 どの口が言って……っ!と、声を大にして叫びたくても、言葉にならない。


 右手をキャロルの頭の後ろから腰へと回したアデリシアは。腰周りに結えつけられていた、ソードベルトの紐を解いた。


 カシャン、と音を立てて、剣が床へと滑り落ちる。


「……え?」

「帯剣したまま寝台(ベッド)にいたら、おかしいだろう?」

「……ああ……はい」


 耳元で囁かれて、それもそうかと納得してしまう。


 皇族の近衛が、職務中に剣を手放して良い筈がないのだが、既にそう言った事には頭が回らなくなっていた。


 上着に、短剣が収まったショルダーホルスターにと、次々足元へと落ちていく。


「近衛隊の服装をちゃんと見るのは初めてなんだけど……さすがに色々仕込んであるんだね」


 感心したように呟きながら、アデリシアはキャロルの上着が白シャツ一枚になった時点で、寝台の縁(ベッドサイド)にそっと座らせた。


「まぁ……上だけで、良いのかな?羽毛(デュべ)カバーに(くる)まっていれば、それ以上は誰も追求しないか」


 キャロルの頭がふらふらと揺れて、今にも倒れそうで、アデリシアが思わず苦笑してしまう。


「今更だけど……葡萄酒(ワイン)でも充分だったみたいだね」


 白シャツのボタンを外していた手が、ふと、止まる。


 首筋から肩にかけて貼られた湿布が目に入ったからだ。

 大使館で怪我をしたと言っていたから、血止めの生薬が塗られて、貼られているのだろう。


「すまない……今は、剥がすよ?」

「……っ」


 まだ新しい傷なだけに、やはり少し痛いのだろう。僅かに顔をしかめていて、剥がされた布には血の痕も見える。


 どんな争いがあったのか、アデリシアには想像もつかない。


 ただ分かるのは、常に帝国(くに)のため、宰相としても皇太子としても、どちらのアデリシアも動きやすいように、最善を尽くしてきてくれた事だけだ。


「キャロル……」


 自分の上着も脱ぎ捨てたアデリシアは、敢えてキャロルの上半身が視界に入らないように、そっと自らの方へと抱き寄せた。


「……君は、こんな傷を負わせる程の相手を、追いかけて行くつもりかい?」


 まだ、ギリギリ意識はあるだろうと耳元で囁けば、案の定、キャロルは微かに頷いた。


「下手な人が行けば……父と共倒れで……戦争に……」


「なったところで、相手が第二皇子派なら、多分私は勝てると思っているんだけどね。……いや、それは私の根幹を否定する事になるか……私が君に顔向け出来なくなるな……」


「そ……ですよ……一緒に……悪徳武器商人と貴族潰すんですよ……(いくさ)なんて、始まる前に全部潰すんですよ……そうしたら……街も村も、もっと豊かに……約束……」


 アデリシアが、僅かに身動(みじろ)ぎする。


 それは、かつてキャロルが、皇太子(アデリシア)の暗殺計画を止めるにあたって、手を貸す条件として――交わした「約束」だ。


 キャロルは、その事と引き換えに、アデリシアに膝を折り――それは今まで、揺らぐ事なく続いてきた。


「そうだった……(いくさ)は、始まる前に全て芽を潰すんだったね……だから行く、か……」


 アデリシアの手が、キャロルの髪飾りを外し、長い金の髪が背中の中心まで(こぼ)れ落ちた。


「キャロル……もうすぐ夜が明ける。侍女が私を起こしにくるだろうから、それまでは……()()()()()、しておこうか」


「……それ……らし、く……?」


「ああ。意外と本気になれそうな自分に、少し驚いているけれど、ね……」


 そのまま羽毛(デュべ)カバーを持ち上げて、寝台(ベッド)にキャロルの身体を静かに寝かせたアデリシアは、今にも意識が沈んでしまいそうなキャロルに覆い被さると、ケガの傷とは反対側の首筋に、唇を滑らせた。


「あっ……んっ……」


 果たして誰の声かと思うような声が口から零れ落ちて、キャロルの身体が思わず寝台(ベッド)から浮きかけていた。


 お酒の所為で意識が朦朧としていて、それが自分の身に起きている事だとの認識が、その時点で乖離してしまっていた。


「その声は……反則だな……」


 そんな声がどこか遠くに響くのに合わせて、アデリシアの唇が、首筋よりも下へと下りていく感覚が確かにあって、キャロルはどうして良いか分からずに、身体を捻るように、首を横に振る事しか出来なかった。


「や……っ……」

「キャロル……それは男を煽るだけだよ……まあ今は、ちょうど良いんだろうけどね……」

「ん……っ」


 キャロルが何かを言いかけるよりも先に、アデリシアの唇が、キャロルの言葉を遮っていた。


 息が苦しくなりかけると唇が離れ、吐息が洩れた後にまた唇が重ねられ――静かな部屋に、互いの吐息交じりの声だけが響いた。




「――殿下、起床のお時間にございます」




 待っていた()()の声が聞こえて、部屋の扉が開かれたのは、どのくらいたってからの事だっただろうか。


 ようやくこれで「三文芝居」も終わりかと、どこか夢見心地のままのキャロルが思っていると、自分に覆い被さっているアデリシアの口から、想定外の言葉が聞こえてきた。


「……朝にはまだ早いだろう?」


「殿下……?」


 クラクラとする頭では、起こしに来た侍女が誰なのか分からない。

 それでも、言われた言葉に戸惑っている事だけは理解が出来た。


()()()()()?」


「!」


 繰り返される言葉に、侍女が息を呑んだようだった。


「も……申し訳ございません!はい、少しお時間を間違えてしまったようです!失礼致しました!」


 締まる扉の音と、侍女らしからぬ、走り去る足音とが同時に耳に残る。


「で……んか……?」

「キャロル……」


 侍女が来て、一度少し離れていた身体が、再び近くなった。


「どうせ用意をするなら……抜け柄()()()()席を用意しようか……」

「……んっ……」


 深く、舌が絡めとられるかの様な口づけに、息が苦しくなって、気が遠くなっていく。


 上着だけだと言っていた筈のアデリシアの手が、()()を脱がそうと動いていたのが――キャロルの記憶の限界だった。

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