表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第四章 月光に集う
36/122

35 略して師匠?

『まずは話をする前に、その、お探しの方の持ち物だと、断言出来る物は、この中にありますか?それによって、ご質問にお答え出来る内容が変わりますので、よく、ご覧になって下さい」


『…………』


 招かれざる客2人は一瞬顔を見合わせたが、〝東将(オストル)〟と呼ばれている方の青年が無言で頷いた為、もう一人の青年が長テーブルの端から、テーブルの上に広げられているそれらを、順番に眺め始めた。


『!』


 やがて何歩もいかない内に立ち止まり、恐る恐る1本の短剣に、手を伸ばす。


『……あれを、手に取らせても?』

『いいですよ。それで何か分かりそうなら』


 〝東将(オストル)〟が問いかけ、キャロルが頷いたのに前後するように、青年は短剣を手に取り、鞘から刀身を引き抜いた。


『! これ……この、短剣(ダガー)……っ』


 その瞬間、青年が大きく目を見開いた。


『ハシェス』

『鞘と……刀身の、峰の部分にそれぞれトレーテン家の家紋があります。間違いなく、兄の――リュッケ・トレーテンの、短剣(ダガー)です……』

『だ、そうだが?』

『――そうですか』


 チラリと〝東将(オストル)〟が、キャロルに視線を向けたが、キャロルの方は冷静で、ハシェスと呼ばれた青年の方が、カッとなった。

 手にしていた短剣の切っ先を、キャロルの方へと振りかざす。


『この……っ』

「おぉ、気の短いヤツだな」


 キャロルは一歩も動かなかったが、代わりにエルフレードが扉の前から離れて、キャロルの前に飛び込むと、手にしていた自らの剣でハシェスの持つ短剣を叩き落とした。


『動くな――とは言わないぜ?話がしたいと言っているのは、俺じゃないからな』

『く……っ』


 微妙なセンテンスの区切り方になっていたが、意味は通じたらしい。長剣の切っ先を突きつけられたハシェスが、口惜しそうに唇を噛みしめている。


『ハシェス、気持ちは分かるが、落ち着け』

『しかし、東将(オストル)!』


 足元に転がった短剣を、拾ったのは〝東将(オストル)〟だったが、彼はそれを振りかざす事はしなかった。

 そのまま机の上に置いて、キャロルとエルフレードに視線を投げる。


『……我々の答えに応じた回答がある、と聞いたように思うが』

『はい。少しお待ち下さい。……「オステルリッツさん」』


 キャロルの呼び声に、オステルリッツがハッと顔を上げてキャロルの側へと近づく。


如何(いかが)なさいました」

「……あの短剣(ダガー)の持ち主は、どんな人だったか分かりますか?」


 そう言って、キャロルはテーブルに置かれた短剣を指さす。


 オステルリッツは一瞬、剣に視線を投げ――そして、表情を曇らせた。

 キャロルの耳元で、他には聞こえないように、そっと囁く。


「あれは……大使館職員ではなく、我が駐在官邸に駆けこんで来て、この事態を最初に知らせてくれた、侍従武官の方の物ですね」


「……うわぁ」


 よりにもよってか……と、キャロルは思わず右手で額を覆った。


 この部屋には、大使館職員が殺された事しか知らず、ルフトヴェーク国内での騒ぎについては、知らされていない者も複数いる。


『――あぁ⁉』

「⁉」


 オブラートに包んだ答え方を模索していたキャロルに、突然〝東将(オストル)〟が、それまでの公的口調を、どこかに放り投げでもしたかのような声をあげた。


『4年半たっているとはいえ、すぐに気付かなかった俺も大概だとは思うが!』

『……はい?』

『いつから、ルフトヴェークの大使館職員になったんだ? 初耳だなぁ――()()()()()?』


 キャロルを見る目が(すが)められ、その瞬間、あっという間に資料室の中の空気が変わった。

 ――ビリビリと、周囲を威圧する空気に。


『……っ』


 ハシェスに剣を突きつけたままのエルフレードが、キャロルの剣を今、自分が左手に持っている事に気付いて顔色を変えたが、一方のキャロルは、全く動じていなかった。

 むしろそれで、目の前の人物の素性に気付いたと言わんばかりに、顔を(しか)めている。


『……道理で、私の剣が片手で止められるとか、おかしいと思ったー……って言うか〝東将(オストル)〟って、誰の事ですか? 私の知る()()()()()と乖離がありすぎて……そりゃ、気付きませんって! 将軍職の事でしょ⁉』


『……っとに、相変わらず良い度胸してやがるな……ちったぁ、ビビれ! っつーか、ヒューっちは止めろ! 師匠と呼べっつってんだろ⁉』


『だって、まだほとんど何も教わってないのに、師匠も何も!』

『未来の師匠、略して師匠で良いだろうが!』

『良くない‼』

『……っ』


 先刻までの会話がエルフレードにも聞き取れたのは、互いに教科書にでも出てくるような、外交の場や宮廷において多用される、公用の単語でのやりとりだったからである。


 現在進行形のこの会話に関しては、自由(フランク)すぎて、クルツですら、半分も理解出来なかった。


『……あの、東将(オストル)


 ただ、ハシェス青年の困ったような声に、2人ともが、ハッと我に返る。


『ああ、悪かったハシェス。リュッケの話が先なのは、もちろん分かってる。ただ、我々の()()()がこんな所にいたんだ。多少の脱線は許してくれ』

『えっ⁉』


 目を見開いたハシェスに、『ああ、ちょっとストップ』と、キャロルが片手を上げた。


『まず、ここでの私はカロル・レアール。大使館職員です。――そう言う前提で、話を聞いて貰えますか』

『は⁉ 何言ってんだ、お嬢ちゃん』

『ヒューっち、標準語崩れてる』


『誰が崩させて……って、ああ分かった、まずは話を聞く。先ほどの「リュッケ・トレーテンと言う男が、ここに来たのか」と言う話の回答も、併せて聞けると言う事で良いんだろう?まあ、来ていなければ、あの短剣(ダガー)の説明は付かないがな、そもそも』


 やや挑戦的な視線を受けたキャロルは、ほろ苦い微笑を見せる。


『……その答えは多分、あの並べられた品物の中に。そちらの方は、良ければもう少し探してみて下さい。バレット卿、剣を引いてあげて頂けますか?』


『良いのか? そっちのヤツとは顔見知りだったようだが、だからと言って、現在(いま)、敵じゃない保証はないぞ?』


『多分、こちらの将軍サマが、その点は責任をとって下さる筈です』

『……将軍?』


 2人がカーヴィアル語を解さないと見たエルフレードも、キャロルに合わせて、片言のルフトヴェーク語で、胡乱(うろん)げな視線を投げた。


『本人は、そう名乗ってます』

『お嬢――カロル、てめぇ……』

『もしもし、威厳忘れてるー』


 エルフレードは、まだ剣を引いていない。


 青年は、軽く咳払いをすると、エルフレードの方へと向き直った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ