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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第四章 月光に集う
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33 新たな訪問者

 館から漏れる蝋燭(ろうそく)の灯りが、かろうじてエルフレードに己の位置を認識させていている。

 目を凝らしながら辺りを見回して、エルフレードはようやく、自分の数歩先にキャロルの姿を見つけた。


 深呼吸をひとつして、エルフレードは敢えてキャロルには声をかけずに、いつでも飛び出せる態勢で、様子を窺った。


 逃げた男の腕は、誰の目から見ても、並大抵のものではない。余計な手出しや、声がけが、命取りになりかねないと、彼も充分に認識していたのである。


「!」


 ふいに、エルフレードの斜め前方、キャロルの右手の庭の草が、カサリと音を立てた。


 キャロルは右手で剣の柄を握って歩いていたが、それを左手で、鞘から引き抜くかのように、横一閃に振り抜いた。

 雑草と、わずかな土が宙を舞い、キャロルもエルフレードも、その先に2つの人影を、確かに目にした。


『新手⁉』


 キャロルが、横に振り抜いた剣を、間髪入れずに今度は頭上に持ち上げて、振り下ろす。

 その動作には、隙も躊躇(ためら)いもなかった。


『うぉ……っと』


 だが暗闇の中、驚くほどの正確さでキャロルの左手首は、二人組の内の一人にしっかりと掴まれ、攻撃を阻まれた。


『なっ……⁉』


 勢いを削がれたキャロルがさすがに顔を歪めたが、とっさに顔に浮かんだ驚愕を押し殺すと、相手に反撃の機会を与えないうちに、相手に向かって右足を蹴り上げた。


「ロー……『レアール』!」


 最初、キャロルの手首を掴んだまま、相手は器用に身をねじらせて、キャロルの足を避けようとしたが、走りこんで来たエルフレードが振り下ろした剣に、その手を放して、避けざるを得なかったようだった。


「恩に着ます、バレット卿」


 素早く身を引いて、エルフレードに頭を下げたキャロルのカーヴィアル語は、この後に及んでも発音をずらしたものである。


「いつか、ルフトヴェークの名物でもたっぷり贈ってくれ」


 その茶番にわざとらしく合わせて見せながら、エルフレードは今度こそきちんと、キャロルを(かば)う位置に立った。


 だが相手は、2人の予測に反して、攻撃を仕掛けてはこなかった。


『待て、我らは怪しい者ではない!』


 キャロルの手首を掴んだ男とは別の、背後にいた方の男が、正確無比なルフトヴェーク語で、声をあげる。


「……怪しくない、とか言ったか?」


 それはエルフレードにも、聞き取れるものだった。


「はい。それと、さっきの襲撃者とは、どちらも別人ですね」


 短く答えたキャロルが一歩、エルフレードの隣りへと足を踏み出す。


『誰を名乗られようと、長くカーヴィアルに住む我々には、その真偽は確かめられない。まずは武器をお捨ていただけますか。話はそれから』


『なっ……』


 声を発した男は明らかに気色ばんでいたが、もう一方の男は、あくまでも冷静だった。


『その言いようから察するに、タウゼント大使は不在という事か』


 どうやら、イルハルトとは別口の訪問客である事が窺え、キャロルは内心で舌打ちした。


 彼は到底、いつまでもその場に留まっているような男ではないし、いったんは目論みを崩す事に成功したものの、彼を残していては、問題の根本は、ただ先送りされただけなのである。


『申し訳ありませんが、故国で軽視しがたい重大な事態が起きたとの知らせを受けて、我々大使館職員も混乱しています。大使は既にこちらを発たれました。私や書記官殿に権限のないお話なら、引き返される事をお勧めしますが』


 イルハルトを見失った、八つ当たりをぶつけたと言っても良いキャロルの切り口上だったが、意外にも暗闇の向こうで、二人は顔を見合わせていた。


 東将(オストル)、と一方が小声で話し掛けたのが耳に届く。

 そう呼ばれたのはどちらか。暗闇で顔は見えないが、分かる気はした。


『……ひとつ聞く』


 そして再び口を開いたのは、キャロルが「東将(オストル)」だと、認識した方の男だった。


『この数日の間に、リュッケ・トレーテンと言う名の者が、ここを訪れなかったか?』


 これも、公式で使われる発音と文法のルフトヴェーク語である。内容を聞き取ったエルフレードが、剣を構える姿勢はそのままに、視線だけを隣りに立つキャロルへと投げた。


 どう答えるかで、大使館職員としての真偽を逆に問われかねない気がしたのだ。


『…………』


 キャロルは、数秒間目を閉じて、その言葉の真意を確かめているようだった。

 動じる様子も見せず、エルフレードを不安げに見返す事もしないのだから、その胆力たるや、大したものである。


 そして結局、エルフレードに相談も了解も求めず、キャロルは答えた。

 あくまでも、ルフトヴェークの大使館職員らしい振舞いで。


『生憎と、来客の多い昨今、私はお一人ずつの名を把握していないので……中で、書記官殿にお尋ねになられた方が宜しいかと』

『――――』

「…………」


 書記官に会いたければ、中に入らなければならない。中に入りたければ、武器を手放さなければならない。


 そうしてキャロルは、質問する側と、される側の立場とを逆転させ、この場の話題を、「武器を捨てろ」という当初の要求に立ち返らせたのである。


 この場の全員が、その事に気が付いた。

 ――彼女の頭の回転が、並大抵ではない事にも。


『不審者に話す(いわ)れはない、か……』

東将(オストル)……』


 腰元の剣を引き抜き、エルフレードの足元へと放り投げながら、暗闇の中、男が笑った。


『不思議だな。これほどに頭の切れる人材なら、公都(ザーフィア)でその噂を耳にしてもおかしくないだろうに……余程、大使は手放したくないと見える』


 キャロルは直接それには答えず、もう一方の男が剣を手放したのも見届けてから、くるりと身を翻した。

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