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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第三章 壊れた世界の紅い月
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29 将軍の決断

「キャロル。君と首席監察官殿との『密通疑惑』に関しては、疑惑になる以前に、典礼省が全力で叩き潰してくれるそうだから、そこは今回、横に置いておいても良いと思うよ」


「みっ⁉……て、典礼省……リンデさんとクルツさんですよね……束になったら、や、多分、無敵で潰して頂けそう……」


「だろうね。私もそんな気がしたよ」


「では、私の『大使館職員』はお認めいただけないですか、殿下……?」


「いや……」


 フォーサイスの視線も受けながら、やや難しい顔で、アデリシアは考え込んだ。


「そもそも、各国間の友好の証である筈の駐在武官や大使館員が、一人(しい)されるだけでも、対応には細心の注意を払わなくてはならないんだ。今回の人数を思えば、即、戦争となってもおかしくはない。反論要素を揃えるため、斬殺者の正体を特定するまで、一時的に『なかったこと』とするのは、陛下や他の大臣達でも、納得の出来る話だろうと思うよ」


「それなら――」


「ただそれなら、叛乱(クーデター)の話も、深傷(ふかで)を負った第一皇子が、国を離れたらしいとの情報も、もちろん、君の名前が出ている事も、全てを君の中で『なかったこと』に、する必要があるよ、キャロル?」


「⁉」


 第一皇子の従者が昨夜飛び込んで来た事は、実は全くの偶然だ。未だルフトヴェークからの正式な使者が、カーヴィアルに何かを突きつけた訳ではない。叛乱すら、公式には「まだ起きていないこと」なのだ。


「起きた事実は、大使と大使館職員が殺された事だけ。第一皇子を迎える準備を、調査と並行して進めるようにしなければ、不自然だ。第一皇子の到着までに、何とか事態収拾のメドを立てる為に、いったん、偽の大使館職員を潜りこませて、犯人の炙り出しを図る。君はたまたまルフトヴェーク語に堪能なため、大使館の『臨時職員』として、典礼省推薦で白羽の矢が立った。――やるのなら、こんなところだね。……出来るのかい、キャロル?」


「――――」


「叛乱の情報を、ここで握り潰すとおっしゃるか……」


 フォーサイスの声が、やや非難めいた声色になっていた感は否めなかったが、アデリシアは動じなかった。


「叛乱の情報は、むしろ国境を接するディレクトア本国の方にこそ、そろそろ伝わっている筈ですよ、将軍? ですから、私が将軍へお願いしたいのは、報告を『握り潰す』事ではなく『少し遅らせる』事です。こう言っては何ですが、今頃そちらの本国では、カーヴィアルにも知らせるか、我々には知らせず、黙って後々、第二皇子の兵を通過させるか、喧喧囂囂(けんけんごうごう)の議論をされていらっしゃる筈です。報告が多少遅れたところで、強くは出られないでしょうね」


「そんな……っ、我が国が友好条約を無視するような――」


「将軍がそうだ、とは申し上げておりません。人間が何人も集まれば、絶対にそう言い始める人間が出て来ると言う、一般論の話です」


 そんな一般論あってたまるか、と同意を求めるようにキャロルを見たフォーサイスだったが、キャロルは、何とも言えない、苦笑寸前の表情を見せただけだった。


「ディレクトアは兵を通過させて、カーヴィアルは私を差し出す。一見すると、一番波風の立たない、素敵な案だ……みたいな?」


「……っ」


 つくづくこう言う時、フォーサイスは自分が政治の権謀術数に向いていないと、思い知らされる。


 彼自身にとっての〝最善〟は、無論、本国に戻ってその指示を仰ぐ事なのだが、それでは子供の使い以下だと、自分でも分かる。


「わかり……ました」


 短い間を置いて、フォーサイスがようやく、何かを決断した表情で、顔を上げた。


「では一週間、我が国からの指示が届くか、ルフトヴェーク本国の情勢が、正式にこちらに届くか、様子を見させて頂きます。もちろん、その間の協力は惜しみません。こちらからも何名か『大使館職員』となりうる人材を出しましょう。それで如何ですか」


「――――」


 思わぬ言葉に、アデリシアとキャロルが、それぞれに驚きの表情を見せた。


「我が駐在官邸職員に関しても、緘口令を敷いたまま、無為に留まらせている事には限度があると言いましょうか……よろしいかと尋ねるよりは、ぜひそうさせて頂きたいところです」


 あくまでも秘密裏に事を運びたければ、仮の大使館職員となり得る人材は、今、この異変を知るか、関わるかする者の中からのみ、選ばなければならない。アデリシアがそこを悩んでいるだろう事は、フォーサイスなりに察していた。


 そしてフォーサイスの側にも、緘口令の限界という問題点があり、その結果が、フォーサイスに、らしくない発言をさせたのである。


「承知……しました」


 思案は一瞬。アデリシアは、フォーサイスの方を見て、頷いた。


「では何名かお借りします。重ねての御迷惑、申し訳ないとは思いますが」

「……いえ」


 だが、アデリシアの苦悩を察しつつも、それを上手く言い表す事は、フォーサイスには出来なかった。

 代わりに、より実務的な話を、つい、口にしてしまう。


「亡くなられた方々の埋葬の件ですが」


 ああ、とアデリシアが、思考の淵から掬い上げられたように、視線を上げた。


 フォーサイスの、低い、淡々とした声は、本人の誠実さも相まって、場を落ち着かせるのに、ひどく向いている。


「……『仮の大使館職員』に、任せざるを得ないでしょうね」


「ええ。ですが、実際の戦場経験がない者ですと、今のこの、典礼省の使者殿達の二の舞いになりかねない。ですのでそれも、我々にお任せ願えないでしょうか。恐らくは、より、箝口令の重要性を理解してくれるでしょう」


「将軍……」


「何とか明日の朝一番には、新しい〝職員〟が入れるように致します。それまでに、大使代理など、主だった職員をお決め下さいますか」


 フォーサイスは、それだけを告げると、一礼して、身を翻した。


 その姿が扉の向こうに消えたのを見計らうように、息を一つ吐き出したアデリシアが、自らの髪を乱暴にかき上げた。


「やれやれ……フォーサイス将軍が、どうして中枢を離れて、駐在武官になどなっているのかは、少し分かった気がするね」


「将軍のような方は、中枢では生きにくいのではないでしょうか……?」


 アデリシアの言いたい事を察したキャロルも、(ほの)かに微笑している。


 これまで、戦場で『明確な敵』だけを、正々堂々(ほふ)ってきたために、それ以外の戦い方に馴染めない。

 宮廷で正論だけをぶつけていては、煙たがられるのがオチだ。


「だろうね。ただ、中枢から煙たがられすぎて、戻って来るなとばかりに暗殺命令とか出されても、ウチが困るから、ほどほどに気を付けておいて差し上げた方が良いだろうね」


「……ディレクトア王国の中枢って、そんなに残念(イマイチ)な人揃いなんですか?」


「キャロル、言い方」


「えーっと……おバカさん?」


「オブラートどころか、よりシンプルにして、どうするんだ。将軍に斬り捨てられるよ」


「いやぁ……将軍を邪魔者とか思ってる時点で、ダメじゃないですか? 多分、国民人気とか、他国への牽制抑止力とか考えれば、恐らく将軍の忠誠心を掴んだ人こそが、次に上に立てる筈ですよ? 将軍が今度お戻りの際の、中枢の動きとか……アンテナ張った方が良くないですか?」


「…………」


「殿下?」


 ――これが、リンデやクルツが言うところの〝帝王学〟の仕込みか、とアデリシアは思った。


 自分と同じ目線。

 無意識だからこそ、自分への(おもね)りも感じない。


 ()()()()()殿()のやった事は――正しい。


 アデリシアは何となく面白くなくて、キャロルの頭に、やや乱暴に手を置いた。


「⁉」


「将軍の事はさておき、話が途中だったろう、キャロル。クーデターに関する情報に、知らないふりをしながら、大使館職員になりすます事が出来るのか?それが出来ないなら、君を宮廷から出す訳にはいかない。意地と反発じゃなく、ちゃんと自分の中で考えて、答えてくれないか」


「殿下……」


 引き返せないところまで来ている――予感がした。

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