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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第三章 壊れた世界の紅い月
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25 忍び寄る危機

「むしろ、せめて死ぬまでに、誰か一人のためにでも、己が役立つことが出来たなら、その先が楽園なのかも知れん。(わし)はそう思ってるがな」


「……リンデさんは、もう見つけられたんですか、楽園は?」


「ふむ……今なら、妻が先に()った所と言えるな」


 そう言ってウインクするリンデの表情は、この場の空気を和らげるのに充分な、晴れやかなものだった。


「ごちそうさまです、リンデさん」

「ローレンス隊長は、今、己が役に立ちたいと思う人、モノはあるかね?」

「――そうですね、います」


 ある、ではなく()()、と答えるキャロルの心情を、この場でフォーサイスだけが理解していた。


「その気持ちがブレなければ、(みち)に迷うこともなかろうよ」

「肝に銘じます」

「たまには、年寄りの言う事にも耳を傾けてみるものだろう?」

「何かそれだと、私がいつもリンデさんを敬ってないみたいなんですけど」

「いつも『鬱陶しい』と顔に書いてあったぞ?」

「それはサウルですね。私じゃありません」

「もしもし、隊長⁉」


 近衛隊副長を務めるサウル・ジンド青年が、抗議の声を上げたが、キャロルは、冗談だと軽く片手を振って、それを聞き流した。


「ああ、フォーサイス将軍へのお答えがまだでしたよね。どうして旅に出ようと思ったのか、と」


「無理にお答えいただかずとも構わないが……」


「そんな大層な理由はありませんよ。ルフトヴェークに今住んでる両親の所に、弟が産まれたって言うのが一番の理由ですけど……単純往復じゃなく、周遊にした理由を強いて挙げるなら、殿下の目と耳になれれば、と思ったくらいですかね」


 思いがけない答えに、全員の視線が、キャロルへと向いた。


「尊敬していた祖父と同じ、警備隊に入って、故郷の平和を守る――くらいの将来を最初は漠然と考えていたんですけど、思いがけず高等教育院や士官学校の推薦まで受けてしまって。そうなると、私は、街じゃなければ何を守るべきなのかと自答した結果が――アデリシア殿下で」


「…………」


「あの(かた)頭良すぎて、普通にしていたら、誰もついていけないんですよ。高等教育院に特別講師で来られた時があったんですけど、完全に「孤高の皇子様(ぼっち)」でしたから。じゃあもしかして、頭脳(あたま)で役に立つ事は無理でも、この腕と、殿下が見られないような、他国の景色や市井の情報を、知識として差し出せば、高確率で卒業後、私の居場所は殿下の側で確保出来るかも、と。そんな感じで…視野の狭い、底の浅い人間になりたくないって言う、結構自己中心的(ジコチュー)な理由での旅だったんで、殿下には、理由は内緒でお願いします」


「……なるほど……」


「……真面目に感心されると、何だかいたたまれないです」


「いや。ただ、殿下の役に立ちたいと思う者なら大勢いるのだろうが…どこで、どうやって、を自分で考えて、ましてや行動に移せる者は、そうは多くない。殿下は良き部下をお持ちだ」


「あ、そこはぜひ、殿下に声高にお伝え下さ――痛っ」


「まったく、よく喋る『目』と『耳』だ」


「⁉」


 その時、数十枚は軽くある書類の束が、乱暴にキャロルの頭の上に乗せられた。


「えーっと……殿下……」


「途中までうっかり、君の忠誠心に感動しかけた、私の純粋な心根を返してくれるかな、キャロル」


「純粋な心根……」


「うん?」


「いえ、何でもありません。あ、あの、それより何故こちらに……」


「強引に話題を捻じ曲げるね」


「いや、真面目な話です、殿下。そろそろ大使がお見えの刻限ですよね?何か――」


「仕方がないから、ここは誤魔化されてあげようか……そうだ、既に刻限にあるにも関わらず、大使が姿を見せない。大使館に使いを出したいが、誰か頼まれてくれるか」


「――――」


 無言のざわめきが、場を支配した。


「殿下。何か遅れる理由があるのであれば、先触れの使者や、ご本人と入れ違いになる可能性がございます。今、この場にいる人間は、動かさぬ方が宜しいでしょう。典礼省から、使者として別に1名出しますので、軍の方に1人護衛を出すよう命じて頂けますか」


 冷静にそう提案したのは、リンデだ。


 短い思案の後、アデリシアも頷いた。近衛の仕事は、基本的に皇族及び宮廷内の護衛だ。

 いくら目の前に戦力があっても、正規の領分を無視する訳にはいかない。


「分かった、頼む。私は中で、いったん通常業務を行うが、何かあれば、声をかけてくれて構わない」


 控えの間の待機者は、頷いて恭順の意を示し、アデリシアは再び隣室へと姿を消した。


「――クルツさん!」


 アデリシアの背後に控えていた、次席書記官ミケーレ・クルツを、慌ててキャロルが呼び止める。


「あの、隣室の侍女に、殿下へお飲み物をお出しするよう、お命じ頂けますか。それと出来れば、こちらのフォーサイス将軍の分も併せて、と」


「ふむ。結果的にお待ち頂く事になる訳だし、それも道理か。承知した、すぐ手配させよう」


「いや、私の分は結――」


 結構、とフォーサイスは言いかけたが、既にクルツは聞いていなかった。


 リンデとは対照的に、秀才官僚を地でいくような出で立ちの、クルツの行動は素早い。

 せっかち、とも世間では言う。


 フォーサイスの反論を聞く事もなく、隣室へと消える。


「やれやれ、相変わらずせわしない男だ。とても、ミハエルの息子とは思えん」


 呆れたように呟くリンデに、キャロルも苦笑する。

 彼の父親ミハエル・クルツは、キャロルも散々しごかれた、高等教育院の指導者だ。


「いや、()()()()()()()()()も、一見気難しげな人ではありますけど、論点のずれた会話さえしなければ、基本的にはイイ人ですよ」


「……クルツが思う『論点のズレた会話』となると、ほとんどがズレている気がするが。一般人には、ハードルが高いのではないかね」


「まあ、それはそうなんですけど。私も時々言われますよ? 『おまえの話し方は、カーヴィアル語になっていない』って」


「……おまえさん、よく耐えてるな」


「いや、だって、むしろ正しい言葉の使い方覚えるのには、良いかなと。せめてルフトヴェークの友人には、正しいカーヴィアル語を教えたいじゃないですか」


「ほーお。打算込みか」


「……なんか、今すっごい馬鹿にしませんでした? 何でそんな、生温かい目なんですか?」


「失敬な。その前向きさを誉めてやっているのに」


「ホントかなぁ」


「ほらほら、話はここまでだ。クルツのヤツが、儂やおまえさんの分の茶も頼むほど、気が利いているとは思えん。殿下ではないが、大使殿の様子が分かるまでは、通常業務をこなすより他はないだろう。儂はいったん典礼省へ戻って、一人ピックアップせねばならんがな」


「あぁ、それもそうですよね。じゃあリンデさん、とりあえず私が典礼省へお送りします。サウルは、殿下から軍部宛の書状を受け取ったら、そっちの配達は任せても構わない?それと、選抜された一人は、そのまま馬留めの方に連れて行って。典礼省を経由させるより、その方が早いだろうし。典礼省の臨時使者は、私がそのまま馬留めまで連れて行くから」


「承知しました、隊長」


 サウルは右の拳を胸元にあて、短く黙礼した。


 一から十までの指示を必要としない、自分で動ける優秀な副長で、キャロルほどではないにせよ、アデリシアとのやりとりも難なく出来るため、キャロルも頼りにはしている。


 欠点と言えば、自分の目で充分に物が見えるため、時折、小姑のようにキャロルに説教と雷を落とす事くらいである。


 ただこの時は、会談を滞りなく終わらせることが全て――として、不要な発言は控えていた。


 こうして使者と護衛が、ほどなくして、宮廷を出発した。

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