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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第二章 記憶の森の約束
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22 再会

 キャロルはそれを予期していたのか、少し腰を落とすと、同じく引き抜いた剣を、逆に思い切り後ろへと、振り抜いた。


「っ!」


 力の差だろう。ガキッ! と物凄い音が響き、キャロルはぶつかった剣の勢いに流されるように、身体が後ろを向いた。

 だがすぐさま、回転させられた右足に力をこめ、一歩背後へと飛びすさる。


 イルハルトの剣も、勢いを殺されて左に流されていたが、今度は間髪いれずにそれを、逆袈裟懸けの要領で、下から上へと振り抜いた。


「わっ……」


 キャロルの洋服のボタンが数個、千切れて宙を舞っていたが、本人自体には届かなかった。


 くるりと身を翻したキャロルは、バク宙の要領で、右手を地面について、更に後方へと跳んだ。


()……っ』


 だがキャロルは、右腕にケガを負ったばかりであり、普段よりも腕に力が入れられなかった。


 その為に思った距離の半分ほどしか跳ぶ事が出来ず、そしてそれは、イルハルトの間合いの外に出るものではなかった。


「ここまでか、小娘⁉」


 再度振り下ろされたイルハルトの剣を見たキャロルは、片膝をつくと、剣を横に向けて頭の上に掲げた。


「――っ‼」


 先刻以上の剣戟音が、周りに響き渡った。


 キャロルの手から剣が叩き落とされ、よろめいた拍子に、後ろに尻餅をついた。


 力がおかしな方向に流されたイルハルトも、石畳の上で、一瞬バランスを崩して、よろめいていた。


「「キャロル様⁉」」


 侯爵家の護衛2人が、叫んで飛び出して来ようとしたが、キャロルは一喝して、それを止めた。


「ダメ! あなたたちじゃ歯が立たないから、ここは退()いて、ロータスさんの所に戻って!」

「しかし、それでは!」

「あなたたちを無駄死にさせたら、私が顔向け出来ないから、行って!」


「……ほう。まぁ、その通り、無駄死にには、なるだろうな。私は、どちらでも構わん」


 言いながら、イルハルトが、手の痺れをとるように、剣を左右に軽く振った。


「だが、約束通り三手は避けたな、小娘。頑張って足掻いた……だったか?確かに、伝えてやろう」


 丸腰で座り込むキャロルの前に立つと、片手で持った剣を、斜め左側へと振り上げる。


「安心しろ。一瞬で、首を落としてやる」


 イルハルトは剣を振り下ろし、キャロルもさすがに、諦めたように、瞳を閉じた――その時。


「キャロルっっ‼」


 自分を呼んだ声と、耳に突き刺さるように聞こえた剣戟の音に、ゆっくりと、閉じた目を開いた。


「……エーレ……?」


 イルハルトの剣が、自分(キャロル)の右肩のすぐ側で、上から抑え込まれていた。


 見上げた先には、何度目かの再会となる――エーレ。


「ちっ……貴方様は確か〝アルメリアの舞踏会〟にご出席の予定ではございませんでしたか……?」


 ギリギリと、力比べをするかのように鍔迫(つばぜ)り合いをしながら、イルハルトが苦々しげに声を発した。


「おまえの(あるじ)が息子を連れて、嬉々として出ているところに、()が必要か……? イルハルト、何故、彼女を狙った」


「さて……しいて言うなら、手塩にかけて育てた子飼いをどうやって看破したのか、聞いてみたかった……とでも。今回は、個人的興味と思って貰って結構」


 それだけを答えたイルハルトは、ふいに剣を握る手から力を抜くと、後方へと、飛び退(すさ)った。


「その小娘であればともかく、ここで昼間から貴方様とやり合う気はない。退散しますよ。またしても命拾いしたな、小娘」


 あっと言う間に姿を消したイルハルトを追う事はせず、エーレは小さな舌打と共に、剣を鞘に仕舞った。


「キャロル! その腕は……他には、怪我は⁉」


「だ……い、じょうぶ……腕は傷口が開いただけ……ちょっと今は、気が抜けたと言うか……た、立てない……あはは」


「キャロル様、申し訳ございません。我々が未熟なばかりに……」


 そう言って、近付いてきた侯爵家お抱え護衛の一人が、片膝をついて、頭を下げた。

 もう一人も、それに倣うように、無言で頭を下げている。


「あー……ごめんなさい、貴方たちのプライドを踏みにじるような事を言って。だけどあの人は、多分ロータスさんでも歯が立たないような人だと思うから、退(しりぞ)いてその事を伝えて貰う方が良いと思って。せっかく私にここまで気付かれずに来た、最優秀選手なのに、勿体ないとも思ったし……」


「キャロル様……」


「ロータスさんには、貴方たちには『再教育』はしないよう、ちゃんと伝えておいてあげるから、ね?」


 深々と頭を下げた2人を、訝しむようにエーレが見やった。


「キャロル、彼らは……?」


「あ……っと、実家からの、護衛? 実家を出発する時に、護衛を付ける付けないって話になって……『私に見つかった時点で、即、帰ってね!』って条件で……何人かは実際に帰ったんだけど、最後まで残った、優秀選手。多分あの人(イルハルト)が出てこないと、私、最後まで気付かないままだったと思う」


「……なるほど」


 エーレは、キャロルから表情が見えないように、護衛2人の方を向くと、上着の内側から、カードサイズの、薄い木の札を取り出して、手渡した。


「君たちは、このままその『実家』に戻って良い。君たちの(あるじ)にこの札を渡して、『あとは私が()()()にかけて、彼女を国境まで送る』と伝えてくれて構わない。……良いな?」


 渡された木札にある紋章を見た2人が、サッと顔色を変えたが、エーレがそっと、自らの唇に人差し指を立てて、それ以上を口に出させなかった。


「……かしこまりました、承ります」

「我々が、(あるじ)の許可なく家の名を申し上げられない無礼についても、お許し頂けますでしょうか」

「お互い様、か……いいだろう、承知した」


 こうしてキャロルの目の届かないところで、再度エーレの『ルーファス公爵』としての名は伏せられ、やはりここでも気が付く事が出来なかったのだ。


 その札が、限られた貴族や商人しか持たない、ルーファス公爵領の通行許可証であり、侯爵領でこれを受け取ったデューイが、絶句していた事も、もちろん知る由もないままに。


「キャロル様、我らを叱責しないと言う寛大なお申し出に感謝申し上げます。この度は皆、道中大変に楽しませていただきました。どうかまたぜひ、弟君のご成長を見に、領地までお越し下さい。我ら一同、心よりお待ち申し上げております」


 護衛2人はそう言って、名残惜しそうにルヴェルの街を去って行き――後にはキャロルとエーレだけが、その場に残された。

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