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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第二章 記憶の森の約束
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21 会いたかったのは貴方じゃない

 さすがと言うべきか、ルフトヴェーク公国の公都ザーフィアは、賑やかな反面、物価も宿代も、少々高額だった。


 そのためキャロルは、公都滞在を短縮し、次の街ルヴェルでの滞在を、その分延ばす事に決めた。

 決して、公国滞在最後の街には、エーレが来ると言っていたからではない――と、思う。


 レアール侯爵領からの派遣護衛に関しては、10人くらいは既にお帰り頂いた筈だった。


 そんなに手駒がいるのか、と言うよりは、面白がって、自分達も参加したい!と名乗り出た、専門外の使用人もいたらしい。


 ルヴェルにまだ誰か残っているのか、それともいよいよ執事長(ロータス)が出て来ているのかは分からない。

 もっとも、ロータスが来ていたら、キャロルには分かる気がしないので、そこは潔く諦めるしかなかった。


 キャロルが、ルフトヴェーク公国滞在の最後に、この街を選んだのには、理由がある。


 この辺り一体、白いスミレと言われる〝レウコユム〟の花の産地で、最盛期を迎えるこの時期、お祭りもあるのだ。そこまで花に詳しくはないものの、せっかくのお祭りなら、見ておきたいと思っての、滞在だ。


「鈴蘭? スノーフレーク?かわいい――」


 小ぶりの鉢植えをいくつも並べたお店の前で立ち止まって、身を屈ませて眺めていたその時――周りの空気が、一変した。


「ほう……」


 聞き覚えのある、ぞっとするような低い声が、背後から聞こえる。


「気配に気付くか……大したものだな、小娘」


 キャロルは振り返らないまま、ただ屈んでいた背中を、ゆっくりと伸ばした。


「何か……御用ですか?」


 最初から殺す気なら、背後をとった時点で、問答無用で斬り捨てている筈だ。


 顔を確認していないが、恐らく、イルハルトと呼ばれていた男――が、背後でクツクツと、低く笑っていた。


「何、キシリーで正体がバレたウチの〝犬〟だが、飼っていた中でも、すこぶる優秀だった。後学のために、いったいどこが決め手になったのか、聞いておきたかっただけだ」


「そんな後学、イヤだなぁ……対策とりますよね、絶対」


「別に全部でなくとも構わんが。ただし〝勘〟は認めん。そんなでまかせが、通ると思うな」


「……ダメか」


 自分を落ち着かせるように、軽口を叩きながら、キャロルは視線だけを左右へと投げた。


(まだ、2人いたんだ)


 左右の曲がり角から、一人ずつが、腰の剣に手をかけた状態で、こちらを伺っている。


 イルハルトであれば、キャロル一人を相手にするのに、複数を連れて来る必要はない。

 彼らは確実に、侯爵家お抱えの護衛だ。


 彼らは、キャロルの方から見つけたとは言えない。

 恐らくは、こちらの異様な空気に気が付いて、相手の牽制も兼ねて、敢えて姿を現したのだ。


 ロータスには、彼らは合格だと言っておかないといけないだろう。


「ふん……護衛もいたか。だが、あの距離では、私がおまえを斬り捨てる方が早いだろうな」

「私を斬ってる間に捕まえてくれれば――も、期待薄かな」

「やってみるか?」


 背後のヒヤリとした空気には、敢えて気付かないフリで、キャロルは肩だけを器用に、軽くすくめた。


「何でキシリーで正体がバレたのかは、聞かなくて良いんですか?」

「話すつもりがあるのか?」

「全部でなくて良いなら」

「ほう」


 どうやら、剣を抜くのはいったん思いとどまってくれたようなので、キャロルはとりあえず、ひと息ついた。


「……(なま)りと太刀捌き、かな」


「何?」


「キシリーで捕まったあの人、本当は生粋のルフトヴェーク人なのに、わざと移民を装って、おかしな訛りをしてましたよね。それって、実は逆よりも気付かれにくいんですよね。その国の出身者と、実際に会わない限りは」


 しいて言うなら、東京の人間がエセ関西弁を話しているようなものだ。東京に住んでいる限り、実際の関西人と会わない限り、細かい違いは気付かれにくい。

 かえって「そう言うものなのだろう」と、なってしまうのだ。


「……そうか、貴様も移民か、小娘」


ウチの街(クーディア)近辺で、あんな芸人みたいな話し方をする人はいませんよ。バカにしているのかと、ぶん殴りたい衝動を、どれほど(こら)えたことか」


 それでも、監察官業務の一環として、出身を偽る……等必要な事もあるのだろうと、途中まで、自分の中でそう納得していたのだ。


「で、極めつけの、あの古城での襲撃です。窓越しに、チラッと階下を見ただけですけど、それでも目立ってたんですよ。強さ自体は、中の上くらいでしょうけど、何より太刀筋が――あなたの廉価版(コピー)だったから」


「!」


 そこで初めて、イルハルトが軽く息を呑んだ。


「私の廉価版(コピー)……だと?」


「今、あなたの〝犬〟の中でも優秀だったと聞いて、ちょっと納得しました。あなたに少しでも近付こうと、努力したが故の、太刀筋なのだと。出来ればもうちょっと、違う方向に努力して欲しかったですけど。あ、あとは秘密です。ご納得いただけましたか?」


 キャロルの中では、最初から容疑者は一択だった。ただ、それまで一緒に行動を共にしていたエーレ達のために、皆が納得しやすいよう、全員を対象者とした風の、罠を張ったにすぎないのだ。


 一瞬の沈黙のあと、ふいにイルハルトは、キャロルが驚くような笑い声をあげた。


「素晴らしい! 小娘、貴様なぜ()()()()にいる? 財産か、妻の座が欲しければ、こちらにも同等の権力を持つ後継者はいるぞ? 今、私と来るなら、斬り捨てるのはナシにしてやる」


「……は?」


 今なら乗り換えがオトクです――何だか、携帯電話の勧誘みたいに、サラッと声をかけられて、深青(キャロル)は一瞬、絶句した。


 と言うか、妻の座ってなんだ。


「それは興味ないかなぁ……」


「くくっ……だろうな。私も聞いてはみたが、頷かれたところで、かえって興醒めだったかも知れん」


 そろそろ限界か、と、軽口の応酬をしながら、キャロルも思い始めていた。


(あるじ)に伝言があるなら、聞いておいてやろうか」

「うーん……もし即死じゃなく、ちょっとでも足掻けてたら、アイツ頑張ってたぞ、って証言しといて下さい」

「……なるほど」


 面白い、と、イルハルトの唇が動いていた。

 明らかな実力差はあれど、命乞いはせず、最後まで足掻くと言う姿勢が、透けて見えたのだろう。


「なら、三手目まで避けられたら、あとで伝えてやろう……っ!」


 イルハルトはそれを言い終わらない内に、引き抜いた剣をキャロルに向けて、横なぐりに一閃した。

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