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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第一章 激流の中で
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1 剣姫の章の始まり

 八剣(やつるぎ)深青(みお)がその本を手に取ったのは、本当に偶然だった。


 大雪予報が出ているからと、部活は中止。授業も短縮されたし、明日も臨時休校だと言う。


 今日は剣道部の、次の試合に出る代表を決める日だった。

 朝から神棚にお祈りしてまで学校に出てきた、深青(みお)のやる気は空回りだ。


「……本借りて帰るかぁ」


 通っている高校は、文武両道がモットー。

 運動部への入部が絶対条件である事に加えて、入学試験の面接テーマが「自分がこれまで読んできた本について」だと言うのは、既に全国にも知られた、名物入試だ。


 当然、部活が中止になっただけで済む筈はない。最低2冊は、図書室で本を借りて帰る、図書室の蔵書を読み尽くした生徒に関しては、教師が私物を並べている、臨時書庫から借りる――と言う課題付だ。

 深青(みお)はまだ高1。図書室の本を読み尽くした訳じゃない。向かうのは当然、図書室だった。


「あの本、続きあるかな……」


〝エールデ・クロニクル〟


 原案・(かのう)柊已(しゅうや)。編纂者・華森(はなもり)志帆(しほ)とだけ書かれた「それ」は、図書室の隅に置かれた、海外の洋書のような(あか)いハードカバーの装丁が印象的な、ファンタジー小説だった。


 活字に触れる事が大事だと言う学校の方針上、過激なR指定作品を除いては、学術関連から絵本に至るまで、各種取り揃えられているこの図書室に、ファンタジー小説が陳列されている事自体は、それほど珍しい事じゃない。


 入学間もない頃に、その本を図書室で目にした時は、まず装丁の綺麗さに()かれた。

 読み進めていけば、それは日本の平凡な女子高生だった、シホと言う名の少女が、紅い月を仰ぐ、エールデ大陸と呼ばれる異世界に突然飛ばされながらも、自らの夢を気丈に追いかけていくと言う物語だった。


〝私はフラワーデザイナーになりたかった。生きる世界が変わったくらいで諦められる夢じゃない〟


 入学直後、部活で試合に勝てずに落ち込んでいた深青(みお)にとって、剣道とフラワーアレンジメント、などとジャンルは全く違っていても、決して夢をぶれさせないシホの前向きさは、とても感情移入がしやすいもので、読むのに夢中になった結果、気付けば朝になっていた――のは、入試前でもやらなかった、初めての徹夜体験だった。




.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜




 まず、異世界に飛ばされたシホを待っていたのは、その時点からではなく、赤ん坊からのやり直し人生だった。


 エールデ大陸の北、ルフトヴェーク公国にある、レアール侯爵家お抱え庭師の娘カレル・ローレンスとして、新たな生を受けたシホは、物心つくと、前世の知識を活かして、プリザーブドフラワー、ハーバリウムと、大陸には存在しなかった技術を次々持ち込み、主家たるレアール侯爵家の財産と、侯爵家の公国での立場を爆上げしはじめる。


 最初は「たかが花」と、尊大だった次期レアール侯爵デューイが、少しずつシホ(もとい)カレルの才能を認め、やがてそれが好意へと変わっていった(くだ)りなんかは「うんうん、見る目あるよ、デューイ!ツンデレ最高(バンザイ)!」などと、一人で大きく頷いていたくらいだ。


 どうやらその時手にしていたのは物語の1巻だったらしく、話は侯爵家の正室を狙う伯爵令嬢と、カレルが生み出しているフラワーアレンジメントの利権を、カレルごと狙う令嬢の兄が、結託して何やら企もうとしていたところ、そしてそんな不穏な動きを知らないまま、カレルとデューイが結ばれる――そんなところで、終わっていた。


 うそーっ‼ と叫んだところでどうにもならず、この10ケ月ほど、続きが気になって悶々と過ごす羽目になっていたのだ。


 これだけ面白いのだから、と部活やクラスの友人たち、果ては担任にまで、この異世界版シンデレラ物語を熱く語ってはみたものの、不思議な事に深青(みお)以外誰も、その本の存在を知らなかった。


 ただ、国会図書館に次ぐのでは、と言われる程の広さを誇る図書室なので、それぞれに見た事がない本と言うのは山のようにあって、私自身、最初にその本を読んでから、続編はおろか、もう一度読み返そうにも、それすら見つけられない有様で、図書室に行くたびに、思わず続編か、1巻かを探してしまう日々を繰り返していた。


(この辺だった筈なんだけどなぁ……)


 そしてこの日、大雪予報のせいか、残る生徒のいない静かな図書室で「それ」は、確かに目の前にあった。


「あったー、エールデ・クロニクルっ‼」


 図書室のため、気持ちは叫んでいるけど、声は囁き声だ。

 それでも、10ヶ月前に私が()かれたあの紅い装丁本が、確かに図書室の一番奥の棚に鎮座していた。


(1巻? 2巻? どっち⁉)


 (はや)る気持ちを押さえながら本棚に近付くと、少しだけ視線を上向けて、本の文字を読もうと目を細めた。


「2巻ー‼」


 気付けば図書室の中だと言うのに、思わずガッツポーズをしてしまった。


 決まりだ。今宵、雪夜の友は、これで決まりだ。


 1巻も、もう一度読み返したいところだったけれど、本棚には見当たらない。さすがにそこは、諦めるしかないようだった。


 明日の朝までには一通り読み終わるだろうとは言え、確実に二度三度と読み返すだろうから、今日はこの一冊と、適当に(ページ)の薄い外国語絵本でも借りれば、課題として充分だろう。


 そのままスキップしかねない勢いで家路につくと、コーヒーとおやつと本、所謂(いわゆる)「読書における三種の神器」を揃えて、嬉々として『エールデ・クロニクル』を読み始めた。


「――暗殺未遂⁉ 妊娠⁉ 亡命⁉ ちょっと待って、何でそんな波瀾万丈なコトになってるの、カレルぅ⁉」


 そうして待望の2巻を読み進めるうち、ほぼ(しょ)(ぱな)から、想定外の展開に驚かされ続ける事になったのだ。



 伯爵令嬢とその兄が、レアール侯爵領をあわよくば自分達一族で乗っ取ろうとしてくる事は、1巻の時点で予想が出来ていた。

 シホ(もとい)カレルの妊娠も、1巻で結ばれていたのだから、まぁ、そうなっても不思議じゃなかった。


 ただ、伯爵令嬢が次期レアール侯爵となるデューイに色仕掛けで迫っている間、兄がカレルを手籠(てごめ)、あるいはモノにならなければ殺害も辞さない勢いの行動に出てくる――などと言うのは、侯爵領を実質支えていると言って良いカレルの技術を潰してしまいかねない、浅慮の極みと言うべき愚行だった。


 この伯爵一族は馬鹿なのかと、本気で、本に向かって叫びたくなってしまった程だ。


 そして更に、この兄に吹き込まれた、伯爵令嬢とデューイとの、存在しない縁談話に、平民の自分では太刀打ち出来ないと絶望したカレルは、伯爵家の魔の手を逃れたその足で、ルフトヴェーク公国から亡命してしまうのだ。


 伯爵家の陰謀で、カレルの両親、すなわち庭師夫婦が既に馘首されていた事も、この決断に拍車をかけていた。


 伯爵家の魔手が、馘首され、追放された両親に及ばないよう、実家とは逆方向のマルメラーデ国へと逃げたカレルは、そこで、レアール侯爵家お抱え庭師として、両親が懇意にしていた、侯爵家公認の花卸(はなおろし)の老夫婦と偶然に出会う。そして、そのまま老夫婦と、彼らの普段の商売拠点である、南のカーヴィアル帝国にまで流れて行ってしまい――そこで自分が、デューイの子をお腹に宿している事を知るのだ。


 一方で事の真相を知り、伯爵一族を侯爵領から叩き出したデューイは、自分の子が産まれるかも知れない、と言う事実だけを知らないまま、血眼(ちまなこ)になってカレルを探し始める。

 その一方でカレル自身は、デューイには知らせないまま、子どもを産んで育てようと、遠く離れたカーヴィアルの地で、一人、決意を固めていた。


 彼女を保護した老夫婦の夫が、何とか、そんな2人の間に立てないかと、次の花卸に行くと、カレルには言いながらも、デューイに会って、カレルと子供の存在を告げようと、カーヴィアルを旅立つところで、2巻は終了していた。




「――うわぁ、また、こんなところで終わってるーっ‼」


 その結果として、夜更けにも関わらず、頭を抱えて内心で絶叫する羽目に陥っていたのだ。


「シンデレラは、童話だからハッピーエンドなの⁉貴族と平民の身分差って、実際はこんなに重いものなの⁉ カレルに幸せはこないの⁉」


 シンデレラは童話だ。この「エールデ・クロニクル」も、フィクションの小説だ。それでもどちらも、貴族と平民との身分差を下地にした物語だ。

 ひと昔前の、西洋の貴族社会においては、もしかすると当たり前の事だったのかも知れない。


 童話、小説に見る身分制度――などと銘打てば、案外面白い高校の卒業論文が書けるかも知れない……などと、チラッと思った事は、さておき。


「あ、後書きが――」


 ある、と何気なく(ページ)をめくったのが――八剣(やつるぎ)深青(みお)としての、記憶の最後だった。


〝ねぇ。貴女(あなた)に『夢』はある?生きる世界が変わっても、諦めきれないほどの――夢〟



 どこからともなく聞こえてきたその〝声〟に、いったい何と答えたんだっただろうか……?




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「……あなたは、何を望んだの? 後で聞かせてね」


 そしてハッキリ聞き取れるようになった声に、目を開けてその主を探すと――。


「キャロル」


 そこには赤子の姿をした(みお)を愛おしげに覗き込む、カレル・ローレンスの穏やかな笑顔があった……。

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