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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第二章 記憶の森の約束
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17 横抱きは断りたい

()っ……!』 


 右の二の腕に鈍い痛みが走るのにも構わず、キャロルは再び身体を捻ると、その勢いで、左手の剣を窓の外へと思い切り投げ付けた。


「ぐ……」


 微かな呻き声と、何かが墜落した物音は、確かな命中の証だろう。


「愚かにも武器を手放すか、小娘……!」


 男は、やはり玄人(プロ)なのだろう。例え別の戦いをしていたとしても、自分の間合いの範囲内で、丸腰になった敵戦力を無視するような真似はしないのだ。


 エーレとの斬り合いの隙を縫うように、真横に一閃された剣が、キャロルに襲いかかる。


 後方に飛びすさりながら、せめて両手で顔を庇って、最小限の負傷に止めようと足掻いてはみたが、その切先は、幸いにもキャロルにまでは届かなかった。


「どこを向いている、イルハルト‼」


 剣先が横に流れた隙を、逆に突くかのように、剣が折れんばかりの凄まじい斬戟が、男の剣の柄近くに叩きつけられたのだ。


「くっ……!」


 キャロルを斬り捨てる筈だった男の剣が、手を離れて、床に転がっていく。


 キャロル自身も、イルハルトの攻撃にバランスを崩して、身体を後ろの窓枠に大きく叩きつけられたのだが、腕ごと斬られるよりは、よほどマシと思う他なかった。


 男は、転がった剣を拾おうと手を伸ばしたものの、ぴたりと己の首筋に突きつけられた、剣の切先に気付いて、その動きを止めた。


「……慈悲のおつもりか」

()がそんなに優しい男に見えているのだとしたら、礼を言うべきか?」


 今までに聞いた事がないようなエーレの口調に、痛みに顔を歪めながらも、キャロルは内心で驚いていた。


「ここでお前を斬ることで、フレーテ妃は私を追い落とす口実を得て、お前は彼女の腹心のまま、死の国(ゲーシェル)へと旅立てる――そんな陳腐な筋書きが分かっていてなお、私がそれを実行するとでも?」


 男は唇をかみしめて、視線をそらした。殊更勝ち誇った風もなく、エーレもそれを見下ろしている。


 ゲーシェル、が何かやっぱり分からなかったキャロルだが、地獄や冥府のようなものかと、何とはなしに当りはつけた。


「生きている部下を連れて退()け、イルハルト。今はそれが、互いの為だ」

「……後悔しますよ」

「させてみせてくれ。――できるものならば」


 男の表情からは感情が削ぎ落とされていたが、内心では(はらわた)が煮えくり返っていただろう。


 一度だけエーレを睨みつけると、指笛を吹き鳴らし、侵入してきた窓から、あっと言う間に身を躍らせた。


 殺気が消え、ホッとしたようにキャロルは息を吐いたが、それがかえって、あちこちの身体の痛みを誘発したらしかった。


()ったたた……』

「キャロル……っ!」


 思わずカーヴィアル語になっていても、こんな時の反応は、万国共通の筈だ。


 エーレが顔色を変えて、窓枠の下の壁に、背中からずり落ちていたキャロルの方へと駆け寄って来た。


「あー……私、左利きだから、基本的には大丈夫……かな?毒も塗られてなかったみたいだし。完全に、今の人との戦いに集中させないための、はったり(ブラフ)に使おうとしてた……のかな?」


 右腕に刺さった矢の先、矢筈の部分が、重みで揺れるたびに腕が痛むので、キャロルは矢を真ん中からポキリと折ると、折った矢筈は窓の外へと放り投げた。


 さすがに、矢尻部分は素人が引き抜かない方が良いだろうと思ったのだ。


「でも一瞬、腕ごと斬られるかと思ったぁ……ああ言うのを、玄人(プロ)の刺客って言うんだね。()っごい怖かった。やっぱり、まだまだ井の中の蛙だなぁ……ありがと、エーレ。命拾いした」


「君は……っ」


 怪我は大した事はないと主張するように、わざとおどけて、口調もそれまでの丁寧な口調から崩して、ペコリと頭を下げたキャロルに、エーレが唇を噛みしめて、拳を握りしめる。


御礼(それ)は、俺のセリフだよ、キャロル……っ」


 エーレはそのまま、あっと言う間にキャロルを抱え上げた。


「えっ⁉」


 現実版(リアル)〝お姫様抱っこ〟な状況に、痛みも忘れてキャロルが手足をバタつかせる。


 コレは恥ずかしい。

 ものすごく、恥ずかしい。

 お姫様抱っこが許される年齢でも、立場でもない気が――ひしひしと。


「エーレ、歩ける! 私、歩けるから待って……っ」

「ヒューバート‼」


 キャロルの抗議などおかまいなしに、エーレが扉を開け、部屋を出た。


 エーレ様、ご無事で――そう言いかけて、階下から走り寄って来るヒューバートを、エーレが一喝する。


「お前が余計なことを言うから、彼女がこの怪我だ! 桶に水を汲んで、きれいな布と、薬箱と、あと何でも良い、彼女が着られそうな服を調達して、俺の部屋へ来い、今すぐにだ!」


「……お嬢ちゃん?」


 目の前の出来事、と言うよりは怒り心頭の(あるじ)に首を傾げるヒューバートに、キャロルが慌てて片手を振った。


「いや、そんな大したことじゃないの! ()()()()()()()()()()()けど、毒矢でもないし、()()()()()()()()()背中とかも、実はちょっと痛いけど、これも自分が未熟だったから、自業自得だし! だから、むしろこの人(エーレ)を宥めて、お願いします! あ、ヒューバートさんは、私ちゃんと後を頼まれたところフォローしたんで、後で何か奢って欲しいかな……っ⁉」


 状況が〝お姫様抱っこ〟のままなので、最後はほとんど悲鳴混じりだ。


 だが、ヒューバートもちゃんと、キャロルがエーレに怪我を負わせなかった――その事実だけは、把握したようだった。


「ヒューバート〝さん〟はいらねぇ! っつーか、お嬢ちゃん、マジでエーレ様守ってくれたのか‼ ありがとな!」


 ヒューバートの背後で、おぉ……と、何人かが感嘆の声をあげたが、それはどうやらエーレの怒りに火をつけただけのようだった。


「いい加減にしないか‼ 俺の命を、自分たちの命よりも優先させるなと、俺は言っている筈だ! まして彼女にまで、いらぬ重責を背負わせるな‼」


「……エーレ様……」


 沈着冷静、泰然自若を信条としているかのような、自分たちの(あるじ)が、怒りに任せて声を荒げる様を、ヒューバート達も初めて見たと言った感じだった。


「今言った物を早く準備しろ。何度も言わせるな、ヒューバート」

「は……」


 逆らう術を、誰も持たなかった。


 ――エーレに抱えられたままの、キャロルでさえも。

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