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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第二章 記憶の森の約束
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16 深夜の襲撃

「あ、えっ⁉ や、私、泣くとか、そんなつもりじゃ……って、服、服が濡れちゃう!」

「いいよ。思い出させたのは俺なんだから。素晴らしい……方達だったんだね」

「……っ」

「だから君一人、ご両親と離れて他国にいたのか……」


 うっかり深青(みお)の記憶を話したせいで、(デューイ)(カレル)と確執があるかのような矛盾が出ているが、キャロルとして産まれても、そんな祖父母の為に剣を握った事実は揺らがないので、敢えてそこは訂正をしない事にした。


「……ごめんなさい、()()()()。もう大丈夫」


 涙が止まった頃、そう呟いたキャロルに、ピクリとエーレの身体が動いた。


「……お兄さん」

「え、だって……」

「君、俺もヒューバートも、他も皆、同じように呼んでるね? さすがにそろそろ、名前を呼んでくれないか?」

「名前……」

「エーレ・アルバート。エーレで良いよ」

「確かその後に、敬称的な単語も――」


 言いかけたキャロルの言葉を遮るように、エーレがキャロルを抱く腕に力をこめた。


「君は俺の国の人間(ひと)じゃない。敬称はいらない。と言うか、君には呼んで欲しくない」

「エー……レ?」

「それで良いよ。――それが良い」


 美形(イケメン)美声(イケボ)は、色々と心臓に悪い。


 ハッキリ言って、この体勢さえ、この後どうしたらいいのかと、深青としてもキャロルとしても、リア充的イベント皆無だったせいで途方に暮れかけていたそこへ、トラブルは三度(みたび)、起こった。


「!」


 窓ガラスが砕け散る音が、聴膜を破らんばかりに、周囲に響き渡った。


 一本の矢が、二人のすぐ側を通り過ぎ、床へと突き刺さる。


「お兄さ――じゃなくて、エーレ、監察官ってこんなに狙われる職業?」

「……ははっ」

「いや、笑いごとじゃなくて」

「あ、いや、今にはじまったことじゃないから。ちょっと麻痺してたかな」

「ええ……」


「エーレ様!」


 ガラスの割れた音を聞きつけたのだろう。

 ヒューバートが、部屋の中へと飛び込んで来た。


「……何やってたんです」


 だが、床に刺さった矢の事より、エーレがキャロルを抱きしめている、その体勢の方が、ヒューバートは気になったらしい。


「ちょっと、ホームシックでしんみりしていた、()()()()()()を慰めていたんだよ」

「「……いたいけ」」


 ヒューバートはもちろん、キャロル本人も、思わず突っ込んでしまったが、エーレは涼しい顔だ。


「ヒューバート、ここはいい。家人(かじん)の避難の方を任せる。自分の身は、自分で何とか出来るよ」

「いや、しかし……!」           

「聞こえなかったか?」


 表情は穏やかだが、その声はヒューバートを圧倒するほどの威厳と気迫に満ちており、逆らう余地を彼に与えていない。


 思わずキャロルまで身震いする程で、分かりました……とヒューバートも口惜しそうに唇を噛んだ。


「お嬢ちゃん、エーレ様を頼めるか?」

「ヒューバート!」

「俺も、折れるのはそこまでです!ご自身の立場を自覚して下さい!」


 彼女に頼むのは、筋違いだ――エーレは、そう叫びかけたが、ヒューバートは既に、扉の向こうに姿を消していた。


「……はーい、頼まれましたー」


 間延びしたキャロルの返答も、甚だ緊張感に欠けるものであった事は否めない。


「いや、頼まれなくて良いから。あいつ、君を士官学校じゃなく、公国(こっち)で自分が鍛えよう…とか言い出していたから、うっかり引き受けたら、そのままなし崩し的に巻き込まれるよ?」


「えーっと……明日、剣を教えて貰える話になってました」

「…………」

「と、とりあえず、その話はまた後で――ってことで」


 そう苦笑したキャロルは、トンッ……と、エーレの身体を押すと、一歩下がって、自分の剣を引き抜いた。


「食事と宿のお代と言う事で……っと!」


 引き抜きざまの一閃が、割れた窓より飛び込んできた、二射目を叩き折った。


 更に割れた窓から飛び込んで来た男の顔を狙って、剣を振り抜く。

 侵入者の額に傷が走り、その血を煩わしげに拭った時点で、窓から飛び込んで来た勢いは、既に削がれていた。


 腕力において及びようもないのだから、キャロルとしては、相手の勢いを削ぐ事は必須だった。

 実際に人を斬った事がない――と言う怯みも、ここでは不利にしかならないからだ。


「キャロル!」


 エーレが驚いて、侵入者と対峙しようとするキャロルに代わろうとしたが、その時、もう一つの窓も、何者かに蹴破られて、割れた。


「なっ⁉」

「ほう……その都度、良き部下を増やされているようですな。それもあなた様の人徳か」


 ぞっとするような低い声が、その、別の窓から聞こえる。


「……っ」


 目の前にも侵入者がいる為、視線は投げないが、今までに感じたことがない程の殺気が背中に突き刺さり、キャロルは思わず、唾を飲み込んでいた。


 怖い。


 精神的な問題ではなく、物理的に命の危険を感じたのだ。

 今までに相対した賊や雇われ襲撃者など、恐らくこの殺気の持ち主の前の歯牙にもかからない。


 視界の端に、壊れた窓枠に難なく立つ、男の姿が映った。


「エーレ!」


 思わず叫んだキャロルを、安心させようとしたのか、エーレは自分がその男の方に向き直ると、キャロルにそっと、背中を寄せた。


 それはまるで、自分の体温を伝えるかのような仕種だった。


「大丈夫だ。これでも君よりは強い。すぐに君を手助けしてあげるから、少しだけ耐えてくれるかな」

「……分かった。期待しないで、待ってる」


 そうして2人の背中は離れ、それぞれが目の前の敵と、撃ち合った。


「どうしても()を殺したいのは、誰だ? ユリウスか? フレーテ妃か?」


 剣戟の音に紛れてエーレの声が聞こえるが、ルフトヴェーク語での「妃」と言う単語をこの時知らなかったキャロルは、ここで一度、エーレの素性を察する機会を逃していた。


「私はただ、フレーテ妃の望みを叶えてさしあげたい。これは私の独断。どなたにも関係のない事だ!」


 今度は、そう返している、男の声。


 会話の聞き取りに集中したいが、自分の前で剣を振るう男が、それをさせてくれない。


『もうっ、鬱陶しい!』


 思わずカーヴィアル語で叫んでおいて、キャロルは一本踏み込んで、相手の右大腿部を斬りつけた。そのまま左足を軸にして、右足に思い切り力をこめて、相手を蹴り上げると、窓の外へと落下させた。


 情けない悲鳴が聞こえた気もしたが、それどころではない。


 その瞬間、窓の外に、先刻から矢を射ってきている射手の姿を目にしたのだ。


「エーレ!」


 そのまま軸足を回転させたキャロルは、窓とエーレとの間に割り込むように、剣を持たない右腕を伸ばして、身を踊らせた。

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