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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第二章 記憶の森の約束
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15 剣を取る理由

「コレ、宿じゃなくて古城! 古城ホテル! ねえ、監察官って、そんなにお給料良いのっ⁉」


 街中に到着するなり、庶民全開の叫び声を上げた感覚は、真っ当な筈。

 あはは、と豪快に笑って、ガシガシとヒューバートがキャロルの頭を撫で回す。


(ちげ)ぇよ! 商人なんかに化けて、内密に泊まる事もあれば、相手によっては、賄賂に弱そうな、贅沢好きの名ばかり監察官を装って、油断させる事もあんだよ。今回は後者! ちゃんと予算の強弱は考えてるぜ――エーレ様が、だけどな!」


「そ、そう……なんだ?」


 ヒューバートのルフトヴェーク語は、エーレに比べると、かなり自由(フランク)だ。キャロルはまだ、時々聞き取りにくい事があるのだが、これも勉強と思い、なるべくヒューバートにも話しかけるようにしていた。


 そもそも、この監察官一行の中で、恐らくヒューバートが一番強い。


 エーレも良い勝負だとは思うものの、彼は頭脳労働に、より図抜けている感じがするのだ。何せ決済書類を裁くスピードが、クーディアの商業ギルド長以上だ。


 明日、ヒューバートが剣を教えてくれると約束してくれた事にホクホクしながら、キャロルは、夕食の支度が整った事を知らせる事を頼まれて、執務室のエーレを訪ねたのだが、机に向かうエーレの表情の鋭さに、驚いた。


「……キャロル?」


「あ……ごめんなさい。食事が出来たって、伝えるように頼まれて」


 ヒューバートに対してほど、自由(フランク)に話せないキャロルが、(ひる)んでいると気付いたのだろう。エーレは一つ息を吐き出して、ふっ……と表情を(ゆる)めた。


「すまない。ヒューバートにも言われるんだ。書類に集中するのは良いが、時々怖くて近寄れない、と」

「あ、だから今、頼まれたんだ。納得」

「あいつ……」


 エーレの呆れ声に、そこでようやくキャロルの緊張も解れた。


「キリが悪かったら、もう少しかかるって伝えますか?」

「いや、大丈夫だよ。今、行く――」


 そう言って立ち上がりかけたエーレだったが、その際ペンを置いた右手が書類の山に当たったのだろう。山の一部が崩れ、床に散らばってしまった。


「うわ……っ」


 他国の書類だしな……とそこで思ったものの、この状況を、見て見ぬフリをするのも気が引ける。


「中身はちゃんと、()()()()()()()()()()()()から、手伝いますね」


「!」


 案の定、すぐその意味に気付いたエーレの表情が変わる。

 やはり、彼は頭の回転が速いのだ。

 だがエーレの驚きは、それだけが理由ではないようだった。


「……君は、この書類が読めるんだ?」


 キャロルが、ただ書類を拾っただけではなく、一瞥すると、それぞれを元の山へと戻していた事に気が付いていた。


 何の説明もしていないにも関わらず、予めエーレが分けておいた、年代別、費目別に分かれた、山の中に――だ。


「予算書類ですよね? 昔、商業ギルドでギルド長の助手をしていた事がありますから、この辺りの書類は、何となく分かりますよ? もちろん、守秘義務のある書類だって言う事は、その時にギルド長から聞いてますし、ペラペラ喋りません」


「……昔」


「……細かいことは気にしないで下さい」


 商業ギルドには5歳から出入りしていた、などと余計な情報(はなし)だ。キャロルはそこは、笑ってとぼける事にしておいた。


「君は……どうして、そこまで?」


「え?」


「ごめん。女性蔑視とか、そう言う事じゃないんだ。実際色々助けて貰ったし。ただ士官学校とか、ギルドとか……ルフトヴェークでは、女性の生き方としては、あまり聞く話じゃないから、ちょっと興味があると言うか、本当に、それだけなんだ」


 蔑視とか、まだ一部の単語が分からなかったものの、話の流れで想像はついた。


 最後の書類を拾って、エーレへと手渡したキャロルは、口元に手を当てて、一瞬考える仕種を見せた。


「うーん……カーヴィアルでも、割と珍しいかな……?」

「え?」


 そもそも、日本で過ごした記憶を持って、産まれている時点で、普通じゃない人生は確定だ。もちろん、そんな事は口にはしないが。


「私、両親が仕事で留守がちで。小さい時は、警察――ゴホン、警備隊勤めの祖父と、街の食堂を切り盛りしていた祖母が、よく面倒を見てくれてたんです」


 キャロルが口にしたそれは、「八剣(やつるぎ)深青(みお)」の幼少の記憶だ。


「でもある日、祖父が街の荒くれ者(ゴロツキ)同士の喧嘩を止めようとして、刺されて亡くなりました」


「!」


 エーレが眉宇を僅かに曇らせたが、黙って続きを促した。


「警備隊ですし、そう言う事もあるだろうとは思うんですよ。現に祖母は、結婚した時から覚悟していた事だと、言ってましたし。ただ、周りが――」


 深青(キャロル)の表情が、くしゃりと歪む。


「何もあんな荒くれ者(ゴロツキ)を庇って、死ぬ事はなかったのに――そう言ったんですよ。食堂の常連さんだけじゃなく、父でさえも。でも、それっておかしくないですか?祖父は自分の仕事に誇りを持っていたし、祖母もそんな祖父だから、結婚した。(かば)った相手が誰だろうと、祖父母の誇りを踏みにじって良い理由には、ならない筈なのに。その瞬間、皆の中で、祖父は『自分の仕事を最期まで全うした人』じゃなく、ただの『かわいそうな人』になった」


「キャロル……」


「祖父が亡くなって間もなく、後を追うように祖母も亡くなりました。荒くれ者(ゴロツキ)達の縄張り争いが激しくなって、お客さんが減って、食堂自体がやっていけなくなったんです。私も両親と、別の街に移り住みました。祖父母が、誇り高い、尊敬出来る夫婦だったと知るのが、私だけになったんですよ。だから、将来警備隊に入って活躍して、いつか誰かに聞かれたら、私の目標は、祖父だと自慢しよう――それが、私の夢になったんです」


 その為の剣道であり、警察だったのだ。


 それは異世界に渡っても、警備隊が代わりにあると、教えてくれたのは、志帆(カレル)だ。


「ちょっと料理の才能はなかったっぽくって、食堂は無理そうだったんで……せめて経営側の勉強をしようと思ったが故の、ギルドでもあったんですけど」


 やや泣き笑いの表情で、キャロルは自虐ぎみに言った。


「何か色々頑張り過ぎちゃったみたいで、警備隊通り越して士官学校の推薦入学にまでなったのは予想外と言うか……まぁ、国を守る帝国軍とか、皇族を守る近衛とかが、その先にはあるらしいので、どうせなら祖父より出世してみようかな、と気持ちを切り替えて――って、えっ⁉」


 ――何が起きたのか、すぐにはキャロルには分からなかった。


 エーレに抱きすくめられた事、自分が泣き笑いどころか、本当に涙を流していた事に気付いたのは、一瞬の間を置いてからの事だった。

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