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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第二章 記憶の森の約束
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13 首席監察官エーレ・アルバート

 出会いは、もうすぐ15歳になると言う、雪解けの春だった。


 国立高等教育院在学中に、院長の教育助成金不正受給を暴いたキャロルの存在は、宮廷上層部の間でも知れ渡っており、最終学年の早い内から、更なる上位教育機関である、国立士官学校への推薦状が届いていた。


 それと前後するかのように、つい最近弟が産まれたと言う事と、ぜひ顔を見に来ないかと言う、執事長(ロータス)経由父親(デューイ)の勧誘状(仕送りと称した旅費付)が届き、キャロルは士官学校入学まで、2か月ほどかけて、ルフトヴェーク公国まで行って、帰って来る事にしたのだ。


 ルフトヴェークに行くと言う返事を、カーヴィアル帝国出発当日にわざわざ出したのは、フットワークの軽い執事長(ロータス)が、付き添いとして飛んで来たり、(デューイ)に道中全行程をプロデュースされて、至れり尽くせりされない為の、予防線だ。


 自分が、かつて()()()()()だけに、父親がやらない保証はない。いや、むしろ、やるだろうとすら、キャロルは思う。


 狙うは(キャロル)の囲い込み――新たな家族も加えた一家団欒。

 想像がついて、怖い。


 高等教育院にあった、エールデ大陸地図を見ながら、周遊旅行の計画を立てるのが楽しかった事もあって、キャロルはセルフプロデュースでの旅に出たのである。


 愛馬(ユニ)が疲労しない範囲で休息をとりながら、リューゲ自治領、ディレクトア王国は、それぞれ何ごともなく予定通りの日数で消化出来ていたのだが、ルフトヴェーク公国に入ったばかりの、フェルザーと言う街の最初の宿で、トラブルは起きた。


 夜中に、宿が何者かの襲撃を受けたのだ。


 宿主に、逃げた方が良いと叩き起こされたキャロルだったが、不機嫌な表情のまま、4~5名の男たちをそれぞれ、峰打ち一撃ずつで沈めると、そのまま、再びベッドへともぐりこんで眠ってしまった。


 この程度は、クーディアの警備隊に同行していた昔に、何度も経験していたからだ。


 宿主は面食らったまま、それでも襲撃者達を縛りあげると、すぐさま、町の警備隊へと知らせたのである。


「ディレクトアから国境を越えたところで、疲れて寝込んでたところに『さっき街で買っていた房飾りを寄越せ』――とか? 意味分からないし、怖いとか、怖くないとかっていう以前の問題です。寝起きで手加減しそびれてたし、みんな、どこか骨とか折れたかも知れないけど、そこは不可抗力でお願いします」


 当初は強盗の仕業として、警備隊案件だったのだが、夜が明けての事情聴取中に、キャロルが口にした『房飾り』の言葉に、警備隊の様子が一変した。


 一瞬、自分のルフトヴェーク語がマズかったのだろうかと思ったキャロルだったが、そうではなかったらしく、キャロルはその話を、もう一度別の担当者にするように頼まれた。


 その「別の担当者」が、当時20歳(はたち)で公国首席監察官になったばかりの、エーレ・アルバートだったのである。


 この辺りが宝石の産地だと言うのは聞いていて、キャロルもそれで、産まれたばかりの弟の為にと、誕生石付の房飾りを買っていた。


 細身で片刃の片手持ちの剣(ファルシオンソード)と鞘を、クーディアの警備隊長の紹介で購入(カレルに子供が産まれたと聞いて、有名職人にかけあってくれた)し、リューゲ自治領のツェルト織の稀少な刀袋と、革細工が有名なマルメラーデのソードベルトを、商業ギルド長権限で仕入れて貰った。


 更にディレクトアでは、職人街で手入れの為の道具一式を入手していて、最後、ルフトヴェークで房飾りを買う事で、弟への贈り物が見事に完成したと、昨夜はご満悦だったのだ。


 果たしてそれを、宿のレストランで主人と和気藹々(わきあいあい)、話していたのがいけなかったのかも知れない。


 発音、文法共に少し微妙なルフトヴェーク語でそう語ったキャロルを、エーレは微笑ましそうに、見つめていた。


「いや。君が高級な品物を持っていそうだとか、レストランで話が漏れたとか、そう言う話じゃないんだ。そもそも、その房飾りを街の宝石商で買った事が問題だったんだ」


 エーレ曰く、近頃貴族の間で、館で原石を確認して、加工を依頼した後、実物が届けられた段階で、完全な偽物ではないにしろ、グレードの落ちる石にすり替えられている――と言う事件が複数発生していたのだと言う。


 引き渡しの場で発覚する事はまずなく、ほとんどは持ち主の死により、財産処分などで鑑定に出されて、発覚するのだ。


 問題の宝石商は、一定期間地域で活動して、ある程度の信頼を得てきた頃に、高額宝石をそうやって売り、その後姿を消すと言う事を繰り返していて、なかなか尻尾を掴めずにいたらしい。


 今回、隣の子爵領から、そうやって消えた宝石があり、エーレはそれを追って来たと言うのだ。


「……それが、これ?」


「そう。もっともそれは、子爵領から持ち出す為に、いったんグレードの落ちる、安価な房飾りとして擬装されていたのを、何も知らない店子(たなこ)が店に出してしまい――それを偶然、君が買った。そう言う経緯があったんだ。だから申し訳ないんだけれど、その房飾りは、預かりたい。もちろん代金は返すよ」


「えぇ……」


 せっかく、良いと思った物があったのに――そう思ったのが、表情にも出たのだろう。

 エーレは僅かに思案すると、自分が、襲撃者達や宝石商の取り調べの後で、別の店に案内すると申し出た。


「あの襲撃者達は、懸賞金のかかった裏稼業組織の一員でね。士官学校に合格した程の腕と聞けば、少しは納得するけれど、相手は返り討ちにあうなんて欠片も思っていなかっただろうから、今なら芋蔓式に捕えられるし、この宝石商自体も、まだこの地に根差している途中だったようだから、恐らくはここでトドメを刺せる。後で案内する店は、少し高くなるかも知れないけど、懸賞金で差額は補えると思うし、それでもダメなら逮捕協力の個人的御礼として、その差額は出すよ。せっかく弟さんに贈るのなら、()()()のない物を買い直した方が良いんじゃないかな」


「…………」


 キャロルに「断る」と言う選択肢を与えない、それは見事な話し方だった。


 キャロルが一人旅と言う事が気になるのか、午後、お店を見たり食事をしたり(もちろん、キャロルが支払う隙はない)しながら、エーレは、自分たちの監査に同行しながら向かえばどうかと、しきりに言っていたが、行ってみたいところ、見てみたいところが他にもあるキャロルは、そこだけは断固として固辞した。


「だったら、私がマルメラーデへ抜ける予定ルート上で、手頃な値段で、安全な宿をそれぞれ紹介して下さい。公国内回ってるなら、そう言う情報って、ありますよね? そっちの方が断然嬉しいです」


 キャロルはそう笑って、翌日には次の街へと旅立った。

 そして2人の出会いは、それきりになる筈だった。


 ――3日後の再会は、果たしてどちらの運命が、動いたものだったのだろうか。




『……あれ?』


 畑の向こうに、次の街(ターシェ)の名所とも言える、古城の輪郭が見えた頃。

 キャロルの目に、行く手を遮る争いの影が見えた。


『リューゲとかディレクトアに比べたら、小競り合い多いよねぇ……ユニちゃん?』


 カーヴィアル語で、愛馬の背中を撫でながら、そのまま歩を進めて行くと、やがて人影は大きくなり、それはキャロルの知っている人物の姿となった。


『あっ、監察官の部下の人⁉』


 3日前に1度会っただけなのだ。フランツ・ヒューバートと言う名前が、すぐに出てこなかったのは、勘弁して欲しい。


 独白にしては声が大きかったのと、それが異国語であったことで、幾人かの人間が、不審を覚えたように、振り返った。

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