11 どうしたい どうすべき
「ルフトヴェーク公国に、軍事行動を起こす意志と国力はあると思うかい、キャロル?」
「意志と国力……ですか?」
アデリシアの言葉に、キャロルは起きた事態を懸命に脳内で処理しようと思考を巡らせていた傍ら、僅かに首を傾げた。
「彼の国が、このエールデ大陸で最も広大な国であるのは周知の通りだ。叛乱の余勢をかって、他国を蹂躙する気でいるのなら、今更どうしようと、この帝国やディレクトア王国がとれる手だては、幾つもない。その点は、君から見てどう思う?」
ちらりとフォーサイスに視線を投げたところを見ると、フォーサイスが聞きたかった事を、充分に知ったうえでの質問である事は明らかだった。
フォーサイスは今更ながら、カーヴィアル帝国後継者の非凡さを思い知らされる。
カーヴィアル帝国現皇帝、クライバー2世からの、両国間の友好を目的とした、皇女との縁組の申し出を拒絶せず、今代が無理なら次代の王子との婚姻を――と決断した、ディレクトア王国先王・ロディアス5世の判断は、正しかったと言わざるを得ない。
ディレクトアの次代の国王が誰になるにせよ、アデリシアに太刀打ちが出来るとは、到底思えないからだ。
そんなフォーサイスを前に、キャロルは、しばらく考える様子を見せて、アデリシアの言葉の意味するところを、かみしめていた。
本来、政治に口を挟む事のない、近衛隊隊長にするような質問ではないとフォーサイスなどは思うのだが、アデリシアには、思うところがあるのだろう。
現にフォーサイスも、先ほどから、高い見識を覗かせるキャロルがどう答えるのか、気にはなっていた。
「……第一皇子の……」
そしてキャロルも、ゆっくりと言葉を選ぶように、一つの答えを導き出した。
「第一皇子の命がある限りは、第二皇子は、他国侵略など考えも及ばないはずです。つまりそれほど、第二皇子の中での、第一皇子に対する感情は屈折しています。大義名分さえあれば、第二皇子は兵を動かします。たとえこれから、冬を迎えようとも」
「……己の意地の為に、国を傾けるか」
アデリシアの声が、冷たく、突き放したようなものへと変わる。
そしてキャロルは暗に、国として第一皇子とその側近を、匿うべきではないと言った事にも気が付いていた。
受け入れを懇願されるかと思っていたアデリシアは勿論の事、フォーサイスも軽く目を瞠った。
「帝国がもし第一皇子を匿ったとして、叛乱の正当性を主張するためには、公国は兵を出さざるを得ないでしょうし、逆に第一皇子の身柄をこちらから差し出したとしても、他国の人間がルフトヴェークの王族を害したという、外聞と人道上の観点で、兵を出す理由になり得ます。ですからまずは、その芽を潰さないとダメです。そうすればさすがに、冬を迎えるのだからと、出陣を止める側近が……一人くらいはいると思います。その後で、現実的なところで、刺客がこの国に足を踏み入れて来るのではないでしょうか。数人、数十人程度であれば、冬でも国境の雪山を越える事は出来るでしょうし」
そこまで一気に言い放って息をついたキャロルを、アデリシアは別人を見ているかのような面持ちで、しばらく眺めていた。
「……キャロル。その監察官との手紙のやりとりは、本当に、世間話だけなのか?」
思わず、そう聞いてしまわざるを得ない程に。
これまで近衛隊を率いて、アデリシアの身辺警護、つまり剣技に抜群の才を持っていたのが、キャロルである。
戦うにあたって、状況が把握出来るだけの地頭は良いと思ってはいたが、既にそれで済む話を超えている。
最も当人は、そんな自覚はないようで、軽く小首を傾げた。
「そうですよ? あ、でも、家庭教師的なところもあったかも知れません。士官学校での課題に悩んでいるって言ったら、答えはもちろん教えてくれませんけど、資料の読み込み方とか、状況判断や、戦略と戦術のイロハなんかも教えてくれましたし――しかも、ルフトヴェーク語ですからね。いや、勉強を兼ねて、ルフトヴェーク語で書いてくれって言ったのは私なんですけど、派閥力学の理想と現実……みたいな話が、ルフトヴェーク語でツラツラと書かれて届いた時には、さすがに軽く殺意が沸きました」
「……君、その時何歳?」
「えーっと……15、6歳?」
「……世間話の基準が随分と違うのは良く分かったよ」
「だって脳筋じゃ、殿下を守り切れないじゃないですか。陛下が融和政策を採られる以上は、物理的な戦よりも、内向きの争いが、これからは増えると思っていましたし。かと言ってあの当時、平民で女の私に、本気で何かを教えてくれる方って、少なかったですよ? だから偏見なく、私に持てる全てを教えてくれた彼には、感謝しているんです。監察官の立場を利用して、私に情報を渡していた――とかは、天地が返ってもないですから」
「……そう」
帝国が誇る近衛隊長の基礎を、他国であるルフトヴェークの人間が作ったと言うのは、アデリシアにしてみれば、複雑な気分である。
聞いている限りは、相当に頭が切れる人物である事は、間違いない。場合によっては引き抜けないかと、アデリシアは、やはりその監察官の事を心に留め置く事にした。
「話が逸れたね。それで君は、国としては第一皇子らを匿うなと言う。ではもし、実際に彼らが来たら、どうする? 追い返すのかい?」
聞き方がやや意地悪になった点は否めないが、キャロルにしてみれば、当然の疑問と思ったようだった。
「……明日の会談が終わったら、有給、じゃなくて休暇下さい」
有給休暇の概念が、この国にはなかった事を思い出した深青は、慌てて訂正したが、アデリシアは特にそこは不審には思わず、口元に手を当てていた。
「そうして君が、一個人として、協力すると? さっきも言ったけど、そんな都合の良い話は――」
「公国もギリギリまで、兵なんて出したくないでしょうから、分かっても、見て見ぬ振りをすると思います。要は、怪我をされていると言う、第一皇子の体力が回復するまでの間だけ、目を瞑って貰えれば良いんです。皇子が回復されて、再びルフトヴェークへの帰還を望むにしても、それはルフトヴェークの問題です。対外的にも、カーヴィアルやディレクトアが傍観の姿勢を貫いても、問題はない筈です」
「――――」
アデリシアが苦い表情をしているのは、キャロルの言葉を「近衛隊長の分を超えている」と、跳ね除けきれないからだろう。
キャロル自体、知り合いである首席監察官の安否も確認したい筈で、生半可な事では折れないと悟ったに違いなかった。




