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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
終章 あなたの番です
119/122

118 母と娘のお茶会

「……()()()()()って、一度も彼氏いなかったの?」


 素朴な疑問として()()は聞いたつもりだったのだが、深青(キャロル)は弾かれたように顔を上げた。


「高校入ったばっかりの15歳16歳に、そんなのいた訳ないしっ⁉」

「……じゃあ、ホントに、()()初めてだったのねぇ……」


 キャロルは、もはや涙目だった。


「わぁっ⁉ 志帆さん、それ以上言わないでっっ! もう、侍女(がしら)さんに身体をくまなく拭かれるとか、朝イチでお父様が乗りこんで来て、キスマークを()()()されるとか、いっぱいいっぱいだったのっっ! 会う人みんなに、()()()()()で見られるのって、戦ってるよりも拷問!」


 そもそも、深青が読んだ〝エールデ・クロニクル〟における、志帆とデューイが初めて結ばれるシーンは、いわゆる、()()()()だった。


 アデリシアとの()()()()にしても、寝台(ベッド)に寝かされてから以降の記憶は一切ない。


 だからと言って、いくらなんでも、一緒に横になっているだけで、コウノトリが子供を運んでくるとまでは思っていなかったのだが、朝、立てなくなるほど何度も抱かれては、嫌でも自分の知識が浅薄だった事を思い知らされるのだ。


 胸キュン恋愛映画が、一気に生々しい昼ドラへと変貌したようなもので、気持ちが追い付かない。


 頭を抱えるキャロルを、ポンポンと優しくカレルが叩いた。


「まぁ……貴女が皇族に弄ばれた、とかなら話は別だけれど、話を聞いている限りは、殿下も相当本気みたいだし、貴女自体も『好きだ』って、クーディアで言っていた訳だから、私は別に、怒ったり反対したりはしないのよ? そもそも、デューイとエイダル公爵が大人げない事をやってるから、殿下の独占欲に拍車がかかって、()()()()()しちゃった訳でしょう? デューイに殿下を怒る権利なんてないのよ、そもそも」


「……お父様……お母さん(カレル)に怒られたって、すっごい(へこ)んでたけど……」


 さすがに少し、(デューイ)が気の毒に思えるキャロルがフォローを入れたが、カレルは涼しい顔だった。


「いいのよ。あの時点で、家族全員で侯爵領に引き上げるって言う方が、ありえないもの」


「……ソウデスカ」


「エイダル公爵は、一年以内には中央から退(しりぞ)くつもりだって、おっしゃっていたから、デューイの()()期間としては、充分じゃない? エイダル公爵が、引退後はレアール侯爵領で、デュシェルの教育をして下さるって言う事の方に、私はむしろ驚いたんだけど」


 確かに、それにはキャロルも驚いたのだ。


 少し話をしただけでも、エイダルが相当に優秀な人物である事は分かる。

 公国屈指の天才と称されているのは、決して周りがエイダルの身分を考慮しての追従(おべっか)ではない。


 滅私奉公の究極形。エイダルの判断基準は、公国(くに)の為になるかならないか、ただ、それだけだ。


 デューイなどは反発を隠さないが、カーヴィアルで、アデリシアをずっと見てきたキャロルには、実はそれは、馴染みのある考え方なのだ。


 決して、他の大多数の貴族たちの様に、エイダルが疎ましいとは思えない。

 ……人格的に面倒くさい、とは思うが。


「やっぱり公爵は……お父様をそれだけ、認めていると言う事じゃ……」


「そうでしょうね……私が、デューイをそこまで意固地にさせてしまったって言う、自覚はあるのよ。これでも」


 そう言って、ほろ苦くカレルが微笑(わら)う。


「だから、公爵がいらっしゃった後は、デュシェルは公爵にお任せして、公都(ザーフィア)に来るつもりはしているのよ? デュシェルだって、学校に入るまで、親離れする事で成長もするだろうし。貴女がそれまで、時々、デューイとの時間を作ってくれたら嬉しいわ。何だか、エーレ殿下の独占欲が凄そうで、母としては、そこはちょっと心配だし。……と言うかね、キャロル? 立派に『ヤンデレ』()()()じゃないかしら、彼」


 ちょっと私も、そんな気が……と、キャロルは小声で視線を逸らしている。


「だけど貴女がエーレ殿下と結婚をする事で、もしかしたらだけど、そろそろ貴女にも〝エールデ・クロニクル〟の、次の章の誰かと交代する時間が近付いているのかな――なんて言う気は、しているのよ?何となくだけれど」


「えっ⁉」


「でもあれは、本当に、ある日突然理解した事だし、叶先生の事は、貴女から聞くまで分からなかったから、一概に、貴女がそれに気が付くとは言えないんだけどね?」


 曖昧に小首を傾げた志帆(カレル)に、深青(キャロル)も何も返せなかった。


「とにかく私は、貴女が、好きになった人と、幸せになってくれれば満足よ? 私は結婚式なんてしていないし、皇族の結婚式とか、尚更想像の範囲外で、楽しみだわ。色々しがらみがありそうで、少し先になるのかも知れないけど……出来ればお花の飾りつけとかは、一手に引き受けさせて貰えると嬉しいわね」


「……()()()()

「なあに?」


「磁器婚式なら、まだ間に合うと思う。私の誕生日と合わせるくらいで、分かりやすくて良いんじゃないかな。式典終わったら、お父様に贈る、何か、探しに行こうよ」


 磁器婚式は、結婚20年のお祝いに、夫婦で陶磁器にちなんだ何かを贈りあう、志帆や深青のいた世界の習慣だ。


 エールデ大陸で、そんな習慣は聞いた事もないが、カーヴィアルの習慣だと言って贈っても、デューイには分からない筈だ。


 大事なのは「気持ち」の方だろう。


「そうね……」


「うん。って言うか、もう決めた。お父様には内緒で、サプライズパーティーにしよう。式典終わったら、一度は帰るんだよね? 侯爵(おやし)()に遣いを出して、準備して貰おう」


「……キャロル」

「え?」

「貴女、一時的にせよ、帰らせて貰えるの?」

「……ええっ⁉」

「ちゃんと、エーレ殿下を説得してね?」


 カップに残っていたお茶を、最後飲み干して、カレルは微笑(わら)った。

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