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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
終章 あなたの番です
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116 断罪

「キャロル様は、万一の時には、ルスランを殺せますか?」


 目が笑っていない笑顔で、物騒な事を言うのは、ルスランそっくりだと、キャロルは思った。

 思ったが――それで答えが変わる訳ではない。


「ルスランがエーレを裏切ると言うのなら――その時は、是非もないですね。私はいつだって、エーレの為に動きます。それはここから、揺らぎませんから」


 自分の胸元を指して断言するキャロルに、それが本気であり、ファヴィルに気に入られようとしての回答ではない事は、窺い知れた。


「……本当に、エーレ様が貴女を選ばなければ、ルスランの伴侶に欲しいくらいでした」


 ファヴィルが何を思ったのかは不明だが、そんな風に笑顔で頷いたため、エイダルをやや呆れさせた。


「……息子を殺せるかどうかで評価をするのか、ソユーズ。と言うか、エーレに聞かれたら、タダでは済まないぞ」


「もちろん、私の()()()ですよ、リヒャルト様。エーレ様のご意志が、どれほど強固だったかは、この五年程で、我々でなくとも思い知っていますからね。ルスランとて、他の〝黒の森〟(シュヴァルツ)の連中同様、憎めない妹分くらいにしか、思っていないでしょうし。ただ、血を残すと言う意味で、ルスランに相応しい伴侶をそろそろ探さねばなりませんからね。可能性の検討くらいはさせて頂きたいですね。10歳ちょっとの差であれば、充分に許容範囲な訳ですし」


「…多分、今のエーレは、それすらも許さんだろうな」


 どこか遠い目のエイダルに、ファヴィルの方も、苦笑未満の表情を閃かせている。


「一歩間違えば、傾国の美女に溺れる暗君の筈なんですがね……どこでバランスが保てているのか、不思議で仕方ありません」


 トントンと、首元を指して微笑(わら)うファヴィルに、ここでもキャロルは撃沈させられた。

 ……何故、皆が皆、赤い痣(キスマーク)に気が付くのか。


「ともかくも、リヒャルト様の次の〝黒の森〟(シュヴァルツ)の使役者は、貴女です、キャロル様。そうですね……私も、リヒャルト様とさほど間を置かずに、ルスランに繋ぐ事になるとは、思いますしね。それまでと思って、この年寄り二人の小言には耐えて下さい」


 誰が年寄りだ、と、(うめ)くエイダルに、キャロルの表情も、思わずほころんだ。


「はい。私は〝黒の森〟(シュヴァルツ)の存在を根本から否定するつもりもありませんので、次に繋ぐ事を考えながら、お預かりします。()()()()に関しては――確約は出来ませんけど、行けるところまで、口は(つぐ)みますので、ご安心下さい」


「エーレにも、か?」


「これまで、何の理由もなく伏せられてきた訳でもないでしょうし、考えなしにベラベラ話したりはしませんよ。聞かれたら、その限りではないとも言えますが」


「……なるほどな」


 それで納得をしたのか、ーつ頷いたエイダルは、立ち上がった。


「そろそろ、時間だな。今回の騒動での、生かす人材や残す〝家〟に関しては、まだ、私の責任で決める事ではあるが、どうしても、おまえにも立ち会って貰わねばならん事がある。私の〝次〟を引き受けるのであれば、尚更」


 キャロルも、今更聞き返す事はしない。きたか……と、思っただけである。


「……フェアラート公爵邸ですか?」


 予期していたらしいキャロルに、エイダルの表情が、僅かに動いた。


「前回、公都(ザーフィア)の邸宅に蟄居させて、()()なったのだ。今回は宮殿の居住区画の方に押し込めた。それでも、牢屋よりは随分な高待遇だがな」


皇弟(おうてい)殿下の居住区画として、以前からあったと言う事ですか?」


「いや。主に外交の際などに使われる、国賓用の部屋だ。どうせ今回の式典は、先帝の喪明け早々と言う事もあって、外部からの招待客もいないからな。部屋に余裕があった」


 言いながら歩く、エイダルもファヴィルも、平均身長よりも少し背が高い為か、歩幅が広い。

 キャロルだけが小走りに、宮殿内を移動する形になっていた。


「――大叔父上」


 そんな歩く先、一つの部屋の前でエーレの姿を認めたエイダルは、短く舌打ちをした。


「絶対、間に合わん量の書類を回してやった筈なんだがな」

「あらかじめ予想が出来ていれば、対策くらい立てますよ」


 冷ややかに返したエーレのこめかみには、気のせいか、青筋が浮かんでいる。


「外にいるのは勝手だが、おまえは中に入るな、エーレ。話がややこしくなる。仕方がないから、扉は少し開けておいてやるがな」


 軽い舌打ちはしたが、言い返さないところを見ると、基本〝黒の森〟(シュヴァルツ)が主導する事には関わるなと言う、エイダルの言葉の正当性自体は、エーレも認めているのだろう。


 ただ、キャロルの為に来ているのだ。


 大丈夫、と声に出さず唇だけを動かして、キャロルはエイダルとファヴィルの後から、部屋の中へと足を踏み入れた。


「エイダル公⁉ 貴様よくもユリウスを……っ」


 入るなり、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった男が、聞かずとも、皇弟・フェアラート公爵なのだと、キャロルにも分かった。


 血縁上は叔父と呼ぶべきであるにも関わらず、どうやら、それをしたくないようだった。


 エイダルは、慣れているのか、片眉を僅かに動かしただけである。


「私は蟄居閉門を言い渡していた筈なのに、何故、馬車が我が公爵邸に? その時点で、ユリウスが()()()()()()()()()()で死んだところで、おまえには文句も言えない筈だがな、()()()


「……っ」


 言い逃れ出来ないところを突かれた皇弟、ケネス・エッカ・フェアラートが、唇を噛みしめているが、キャロルは、エイダルとファヴィルの背中で、ユリウスの死因がすり替わっている事の方に、小さく息を呑んだ。


 そして、悟る。


 このまま、この皇弟も、ユリウス同様に()()()()()で亡くなるのだと。


 たとえ今ここで、毒杯を仰がされるのが真実なのだとしても。


「伯爵の娘風情を母に持つ皇子を、皇帝と仰げぬ貴族は私だけではないぞ!より高貴な血筋を皇帝と仰ぎたいと思うのは当然であろうが!」


 ミュールディヒ侯爵家の直系女子だった、ユリウスの母・フレーテと比べて、リンデル伯爵家の、更に傍系の出であった、エーレの母・セレナは、皇帝の寵愛と言う点ではフレーテを大きく上回っていたものの、明確な後ろ盾を持たない事が、後宮を安定させる事を最期まで阻害していた。


 国政が忙しく、先代皇帝・オルガノ共々、所詮は後宮の事と放置していたのだが、ここまで話がこじれたのも、このフェアラートの、無用な口出しが主な原因だろう。


 エイダルが、救い難いとでも言いたげな、ため息を吐き出す。


 もちろん、フェアラートが言うような事を主張する貴族は、実際他にもいたのだが、それが建前でしかない事に、気付かないエイダルではない。


「ユリウスを隠蓑(かくれみの)として、自分が国家を動かしたかっただけの愚か者の言う事など、傾聴にも値せんな。己の無能を棚に上げて何を言わんや、だ。()()()()()か? レアール侯爵家に全てを崩されているようでは、そも、片腹痛い」


 勝手に引き合いに出すなと言いたいところだったが、エイダルの煽り方は、実は正しい。


 皇弟殿下(フェアラート)のプライドは、予想通りに痛めつけられたらしく、ひたすらにエイダルを睨みつけている。


「いずれにせよ、おまえの処罰は〝死〟以外に有り得ん。最後くらい、皇族らしく自ら毒杯をあおるか?」


「ふざけるな! 私は、正当な皇位継承権を持つ皇族としての権利を主張しているに過ぎん! この無礼な手を話せ、()()どもが!」


 ああ……と、キャロルは思わず天を仰いでいた。


 この人は、(たみ)(がわ)に立てない。何よりも国家の安定が重要と言う、国の根幹を、この期に及んでも理解していない、と。


 権力は、己のために行使するものではないのに。


 深青(みお)の時代であれば、生きて償う為のやり方も、無数に存在するのだろうが、現在(いま)はこの皇弟には――〝死〟以外の選択肢が、存在し得ないのだ。


 この命は、上に立つ者が、(いまし)めとして、背負うべき命なのだろう。


 声を荒げるフェアラートの両手を押さえつけているのが、それぞれ、ルスランとランセットである事に、ここで初めてキャロルが気が付いた。


 まるで、見届けるキャロルの為にも、次代の関係者を増やそうとするかのように。


「ケネス・エッカ・フェアラート。せめて次代の礎石(いしずえ)となるが良い」


 叔父と甥ではなく、公国(くに)の宰相から皇弟への最後通告として――エイダルが、両手を拘束されたフェアラートに、毒入りの(さかずき)の中身を飲ませた。


 キャロルの、目の前で。


 一度大きく見開かれた瞳から、急速に光が失われていき、やがてぐったりと身体が地に崩れ落ちるまで、誰も、一言も言葉を発しなかった。


「ルスラン」


 ファヴィル・ソユーズが〝黒の森〟(シュヴァルツ)(トップ)としての言葉を発するまで。


「この立ち会いをもって、我ら〝黒の森〟(シュヴァルツ)は、リヒャルト様の次代に、キャロル様を仰ぐ事を、(おさ)として正式通達する。そして、リヒャルト様が退(しりぞ)く時が、私も退く時だ。ルスラン――次はおまえだ」


「!」


 ルスランが無言で目を(みは)る。


 だがそれは一瞬の事で、彼は迷いなく、キャロルの元に歩み寄り、片膝をついた。

 ランセットも、慌ててそれに従う。


 御意にございます、と、短い言葉ではあったが、ルスランは答え、元より忠誠を誓っているランセットは、更に深く頭を下げた。


 キャロル・レアールとして認められ、歩いて行けると、心から納得が出来た瞬間だった。

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