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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
終章 あなたの番です
113/122

112 母はちょっぴり?天然です。

「十中八九、門が開いたら、エイダル公爵かレアール侯爵、あるいは2人ともが、俺の執務室に直行してくるだろうから……一緒に行こうか、キャロル。言っておくけど、侯爵の結論がどうであっても、俺は一歩も退()くつもりはないから、そのつもりで」


 ブレスレットの付いた右手を軽く掲げながら、そう言い切るエーレに、キャロルも苦笑しつつ、頷く事しか出来ない。


 ちらりと自分の腕のブレスレットに視線を投げた、ちょうどその時、執務室への来客を告げる先触れが、部屋へと入って来た。


 伝言を耳打ちされたエーレが、クスクスと低く笑う。


「犬猿の2人が一緒に来たとか、どれほど……」

「え、お父様とエイダル公爵が?」

「まあまあ、とりあえず行こうか……って、どうかした?」


 エーレは、ごく自然に、エスコートをしようと左の肘を軽く上げたが、目に見えて躊躇をしたキャロルに、首を傾げた。


「やっ……それはちょっと苦手って言うか、前にアデリシア殿下に『犬のお手じゃないんだから』って、馬鹿にされたって言うか……」


「犬のお手って……ああ、ごめん。馬鹿にはしてない。慣れていないだけだろう? どちらにしても、今はこうやって――腕組みすれば良いよ」


 エーレは自分の右手を左の脇に差し込むと、そこにあったキャロルの手を、グイッと引っ張って、自分の腕に絡ませた。


「えっ、ああ……なるほど……?」

「と言うか、アデリシア殿下と、そう言う風に歩いた事があるんだね。ちょっと妬けるな」

「それは……っ」

「ははっ。いいよ、これからは俺とだけ歩いてくれれば」


 独占欲の塊のような発言に、呆れたのは使用人達の方で、連れられて行くキャロルは、腕組み自体に赤くなって慌てていて、どうやらそれどころではないようだった。


「まあ……あの愛情が重くないと思えているなら、良いのかしら……?」


 これまで、令嬢を寄せつける空気自体を持って来なかったエーレを知る、リーアムなどからすれば、驚愕の事態だ。


 色々な意味で、エーレにお似合いの令嬢が見つかって良かったと、見送る使用人達の心境は、一致していた。




.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜




「どうしました。お早いですね、大叔父上、レアール侯」


 用件は分かっていたが、執務室に入るなり、敢えてとぼけるように声をかけて見れば、先に中で応接ソファに腰を下ろしていたエイダルとデューイが、それぞれに、苦虫を噛み潰したような表情を見せた。


「……どうしました、ときたか」

「殿下……娘は……」

「ああ、私の後ろに」


 キャロルとしては、回れ右をして帰りたいくらいに、バツが悪い事この上ないが、にこやかに笑っているエーレの背中が、それを許していない。


 キャロルは仕方なしに、そっと扉から顔を出した。


「……お、おはようございます……」

「キャロル、扉が開けっ放しになってしまうから、中に入ろうか」


 首元をなるべく(さら)したくなくて、そっと顔だけを出したつもりが、エーレに素気無(すげな)く却下された。


 ――絶対に、ワザとだ。


 エーレの背中に隠れようかとも思ったが、エーレの左手が、キャロルの肩をガッチリと捉えて、そのまま、デューイの目の前に無理矢理座らされた。


 自分はキャロルの隣、エイダルの向かいに腰を下ろす。


「…………」


 エーレとキャロルの飲み物が、追加で出されるまで、部屋の中には不自然な沈黙が漂っていた。


 キャロルは、エーレに肩を抱かれて、ほとんど涙目で明後日の方を向いているが、この上もなく良い笑顔のエーレと、彼女の首筋や鎖骨に幾つも付いた赤い痣(キスマーク)を見れば、夜の間に何があったかなど、確認の必要もない事だった。


「その娘を選ぶか、エーレ」


「最初から、そう言っていた筈ですよ、大叔父上。当初は後ろ盾のない彼女を、大叔父上の養女にとお願いをするつもりが、たまたま、レアール侯爵家に連なる者だったと知った。それが、現在(いま)ですから。私が選ぶのは、昔も現在(いま)も、彼女ただ一人ですよ」


「そして後宮に閉じ込めるか」


「それが困難な事は、始めから分かってます」


 ほぼ間髪入れずに返すエーレに、エイダルの表情が、スッと変わる。

 ただその前に――と、エーレが視線をデューイの方へと向けた。


「こちらから彼女を送り届ける前に、おいでになったと言う事は……公都(ザーフィア)に邸宅を持つか、持たないか。もう決断されたと受け取って良いのだろうか、侯爵?」


 エーレの方を向く、デューイの視線は殺気混じりだった。


 それはそうだろう。自分の娘が、無断とは言わないが、外泊朝帰りで、相手の男もついて来た……くらいの状況である訳だから、いくらその相手が次期皇帝であろうとも、心中穏やかでいられる筈がない。


 即答をしないデューイに、更にエーレが畳みかける。


「私の意向は、最初に宮殿で貴公(あなた)と言葉を交わした時から、変わらない。何より一時(いっとき)(たわむ)れで、5年も待たない。彼女がこの国(ルフトヴェーク)に戻って来た以上、もう、待つと言う選択肢も、諦めると言う選択肢もない。彼女は私を受け入れてくれた。貴公(あなた)の結論がどうであれ、私は彼女を手放さない。その事は、先に申し伝えておく」


「「……っ」」


 受け入れる、と言う言い方が、単にエーレとキャロルの腕から覗く、お揃いのブレスレットだけを指しているのではないと、察した娘は羞恥で、父親は怒りで赤くなっており、エイダルがそれをとりなすように、深いため息を吐き出した。


「それ以上レアールを(あお)ってやるな、エーレ。ヤツも昨夜、充分に奥方に絞られている。まぁ……私も揃って、だったが」


 珍しく自嘲ぎみなエイダルに、エーレが興味深そうな視線を投げた。

 キャロルもそれを聞いて、初めて明後日の方向から視線を戻した。


「……母が、ですか……?」


「息子を寝かせて戻って来てみれば、娘は自分の目で無事を確認しないうちに、また出て行った訳だからな。『くだらない意地の張り合いなんかしているから、()()()殿下に(キャロル)()()()()()されるんです。殿下が、今更娘が侯爵領に引き上げるのを、黙って見ている筈がないでしょうに!』と、私もまとめて一喝された。私などには、ニュアンスが良く分からん単語もあったが、言いたい事は分かった。……レアールの表情は、ちょっと見ものだったな」


 今度はデューイが、唇を噛んで、明後日の方向を向いている。


「……すみません。昔から、母はちょっと天然で……」


 お持ち帰り、は、多分それは、この世界では通じないよ――お母(シホ)さん。

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