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エールデ・クロニクル――剣姫、紅月に舞う――  作者: 渡邊 香梨
第九章 雪の果て 君のとなり
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101 父と娘の挑戦状(後)

「改めて、我が()()()()()をご紹介申し上げます、公爵。妻のカレル、娘のキャロル、息子のデュシェルです」


 身分が下の者から、上の者に話しかける事をしないのは、あくまで(おおやけ)の場のみ――とでも言わんばかりに、にこやかに話しかけるデューイに、エイダルが僅かに片眉を動かした。


 一癖も二癖もありそうな、デューイ自身の容貌で「最愛の家族」だなどと、例え事実でも、寒々しい事この上ない。


 デューイの背後には、カーテシーの礼を取ってはいるが、コルセットもパニエも付けていない、平民女性のような洋服姿の妻、スカートどころか、護衛騎士のような恰好で、礼も騎士の礼をとる男装の娘に、両腕は太腿にピタリと付け、90度にお辞儀をする男児――と、エイダルが呆れる程の、三者三様の「最愛の家族」がいる。


「……何故、娘は男装なんだ、レアール」


 少なくとも、最も違和感を覚える娘の姿形に言及してみたが、デューイはしれっと答えただけである。


「ドレスを持っていないからですが?」

「……そうじゃないだろう」


「妻も娘も、息子が生まれるまでは、離れた街で、舞踏会に出るようなドレスなど、必要としない生活を送っておりましたから。特に娘は、その街で、エーレ殿下の監察助手を務めてもいたようですし、尚更」


「何?」


 手伝ったと言うより、偶然巻き込まれた、と言った方が正確な気はするが、とりあえずキャロルは黙って、デューイに任せる事にした。


「病気療養としておく方が、色々と都合が良かっただけでしてね。娘が成人したあたりから、殿下から内々に打診は頂いてましたが、いかんせん皇族内の力関係(パワーバランス)が不安定すぎて、保留にさせて頂いていたんですよ」


 まるで、エーレの監察助手のために、病気療養と称して社交界から離れていたかのようで、その頃からエーレがキャロルを気に入り、デューイに対して婚約の打診をしていたかのように聞こえる。


 エーレとキャロルは、実際には約5年、手紙のやりとりしかしていなかったし、デューイとキャロルにいたっては、初対面が15歳直前だ。


 全てが個々に生じた事象の筈なのに、どうしてか「それらしい話」に繋がってしまっている。


 エイダルも、話の信憑性まで疑うつもりはないにしろ、全く自分の意に添うつもりのないデューイと、話を続ける事の不毛さに気が付いたのか、当の娘(キャロル)に肝心な要件を聞こうと、思い直したようだった。


『……娘、私の部屋にあった()()を読んだのか』


 突然、異なる言語で話しかけられて、ピクリとキャロルの表情が動いた。

 ――マルメラーデ語だ。


 デューイの表情を窺えば、無言で頷かれたため、同じマルメラーデ語を返す。


公爵邸(ここ)を出る時には、内容(なかみ)は忘れますので、ご安心下さい』


 言葉に不自由がない事と、書類が読めるだけの知識がある事を、さりげなく示されたエイダルの眉間に、僅かに皺が寄る。


『……ルフトヴェーク語以外で一番得意な言語は何だ』


 次はディレクトア語だった。キャロルにとっては、ルフトヴェーク語の方が母国語ではない感覚なのだが、そこはエイダルも知らないのだろう。


 カーヴィアル語です、とディレクトア語で静かに返したものの、ただ……と一言、今度はキャロルの方から、カーヴィアル語に変えて、付け加える。


『父も母もカーヴィアル語なら多少は解しますので、()()()()()()()()があるのでしたら、カーヴィアル語以外をお勧めします』


『奥方もだと?』


 キャロルは、敢えて多くを語らず、肯定の意を込めて、にこやかに笑った。

 エイダルがカレルの方を見れば、カレルも『カーヴィアル語でしたら……』と、控えめながら頷いている。


『聞かれたくない話、か……』


 キャロルの笑顔がデューイを思わせるかのようで、エイダルが不機嫌そうに顔を(しか)めた。


 そして短い思案の後、ディレクトア語で話す事に決めたようで、(おもむろ)に口を開いた。


『この屋敷が襲撃を受けるかも知れないと思っているのか』


 そして、キャロルの予想通りの言葉を吐いたため、キャロルも気圧される事なく、言葉を返した。


『誘導されましたよね、むしろ?』

『己の身が、囮として危険に(さら)されていると言うのに、随分落ち着いているな』

『相手に対して特別思い入れがなければ、私が公爵の立場でも、そうしますからね』 


 淡々と肩をすくめるキャロルに、エイダルが微かに目を(みは)る。


 デューイは、言葉の全ては分からなかったが、エイダルがキャロルを扱いかねている事は察したらしい。面白そうに、口の端を緩めていた。


『では、止めないと?』

『式典の最中に引っかき回されるより、余程マシです』

『エーレも、それで良いと?』


『そもそも言う訳ないじゃないですか。公爵だって、今回の件、口を(つぐ)んでいらっしゃいますよね? 自分で何とか出来そうな事に、わざわざ「助けて」なんて、言いません』


「――――」

「良いぞ、もっと言ってやれ」

「お父様……」


 どうやら、(キャロル)公爵(エイダル)に反論している、と言う事実はデューイにも読み取れるらしい。


生憎(あいにく)、ウチの娘は、どこかの側室(フレーテ)殿の様に、与えられた富をただ享受して、身の丈に合わない権力を欲するようには、出来ていない」


 こちらは、ルフトヴェーク語のままだが、デューイは、キャロルの上着の襟首を、(おもむろ)にグイッと引っ張ると、肩甲骨のあたりに垣間見えた包帯を、エイダルに見せつけた。


公国(くに)のために、怪我を負った殿下を(かくま)って、殿下のために、楯になれる。――いったい、誰の娘だと?」


 直接的には、父親(デューイ)を死なせないために、(キャロル)が負った怪我ではあるが、デューイが死ねば、次の矛先が次期皇帝(エーレ)に向く事が分かりきっていたからこその、娘の無謀だと、口にしないまでも、デューイは理解していた。


 公式な書状としての「婚姻申込」に面食らってはいるが、キャロルが根底に抱える思いは、決してブレてはいないのだ。


 旦那様(デューイ)、やりすぎです。と、肩を出している娘を、エイダルの視線から庇うように、カレルが小声で(たしな)めている。


 いくら柔肌部分じゃないと言っても、そうそう他人に見せる怪我ではない筈だと、当人よりも母の目線で憤慨している。


 すまない、今だけだ……と、デューイも答えてはいるが、口調ほど、すまなそうではない。

 そもそも、エイダルとデューイとの間は、色々と(こじ)れているのだ。


「……招かれざる客を、追い返せてから、言うんだな」


 エイダルの眉間にも、皺が寄ったままだ。


 レアール家の令嬢が、()()じゃないと言うのは、理解しつつあるようだが、まだ、認めるところまではいっていないらしい。


 何が「招かれざる」だ、と、デューイが呟いているのは正しいと、キャロルも思う。


 頑固な()()を前にしている錯覚に陥りそうだった。

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