六節 勝利への執念
立ち位置を入れ替えて、再び開始位置へと戻った二台のマシン・ウォーリア。
動向を探るように、一歩一歩と互いの懐へと回り込もうとする機械巨人たち。
その片割れである純白の機体――『ストライカー』を駆るガス・アルバーンは、確かに動揺を覚えていた。
「確かに、私は油断をしていたのだろうな。超常感覚があったからこそ隙を晒してしまい……そして、超常感覚があったが故に、ギリギリのところで命を拾った」
拡声器のスイッチを切り、頭の中を整理するように独白するガス。
その声は、失態を演じた人間のものとは思えない程に落ち着いている。
「……存外役に立たぬものだな。些か、はしゃぎすぎていたか」
ガスの心は、急激に冷め始めていた。
子供が新しい玩具を手にしたような――そんな薄っぺらく、儚い快感から、解放されたような気分を味わっていた。
『どうした、ガス・アルバーン! この『ブリッツァー』の威に恐れをなしたかっ!』
『ふん。その下手糞な挑発さえなければな……』
そして、そんな冷静さを持ったガスには、ダンの揺さぶりなど通じない。
面倒くさそうに受け流して見せる余裕すら、生まれている。
そうしている間にもガスは敵との間合いを計っていて――
隙を見て、仕掛ける。
『……そのブリッツァーとやら、なかなか良いマシン・ウォーリアではないか。まさに王族に相応しいマシンだ』
『何……? 貴方のような人間がほめてくるとは、意外だ――なっ!?』
ガスの投げかけた賛辞の言葉に、ダンは食いついた。
そのタイミングを見計らって、ガスはペダルを一気に踏み込む。
するとストライカーは急発進し、ガスの身体にGを与えながら、獲物を面前にした狼のように突き進む。
『だろうな! だから隙を誘うことだってできる!』
そう――ガスの言葉は、ダンに一瞬の隙を作らせるためのものであった。
そして目論見通りダンは、その言葉の裏を探ろうとでもしたためか、反応が一瞬遅れていた。
その一瞬を、ガスは逃さない。ストライカーはすれ違いざまに、ブリッツァーの胴へと木剣を叩き込み、木がへし折れる破壊音を響かせて、風と共に通り抜ける。
『ぐっ……!』
『これで勝負は決した。私の勝ちだ』
ガスは勝利を宣言した。
それは、誰がどう見ても自分の勝利であると、ガス自身は全く疑っていなかったからだろう。
実際に彼の一太刀は命中していたのだから、疑いようは無い。
――だが、対するダンの口から出たなは、その事実とは正反対の言葉であった。
『いや……まだだ。貴方は気が付いていないようだが、今のは当たっていない』
『……木剣は折れているのだがな』
『どうやら相当に傷んでいたようだから、風圧で折れたのではないかな?』
とぼけたようにダンは言うが、ガスは当然、それが嘘であるとわかっていた。
間違いなく叩きつけた音がしていたのだから、彼のみならず、周囲の者たちにだって見抜かれるほどの、明らかな虚偽申告である。
……だが、ガスは特に抗議はしなかった。
彼からすれば、このような展開はわかりきっていたからである。
ガスは戦いが次なるステップへ進んだことを認めると、ストライカーに使い物にならなくなった木の剣を放り投げさせた。
そしてそんなガスに代わって、ブリッツァーの背後から猛抗議が響きわたる。
「汚いぞ! 負けを認めないなんて……貴様、それでも騎士か!」
「そうよ! 貴方、騎士の誇りは無いの!?」
非難の声を上げたのは、観覧席のアルとエルである。
彼ら二人は立ち上がって、次々とダンの行いを否定する言葉を浴びせた。
ガスはそれを援護するようなことはしなかったが、ダンが心変わりを起こして負けを認めてくれることを、少しは期待していた。
しかし当然というべきか、ダンはそんな一抹の期待に応えることなど、なかった。
それどころか――
『『騎士』、だって……? 違うな! 私は『王子』として、君たちの話を聞いてやっているのさ!』
「な、何ぃ!?」
ダンは逆上した。
当人にそういった自覚はなかったのかもしれないが、少なくともガスの目にはそういう風に映っていた。
『案ずるな、アル。この程度の浅知恵に屈する私ではない』
『言ってくれるね。剣を失って、勝てる見込みがあるとでも?』
ダンの言う通り、剣を失ったストライカーには、武器など残ってはいない。
しかしガスは、この状況でも勝利することを考えていた。
普通ならば、勝ち目はないと考える。
マシン・ウォーリアは、その鋼鉄の体それ自体を武器にすることも可能と言えば可能だが、剣のリーチには敵わない。
ましてや、相手の持つ武器は鋼鉄をも容易く切り裂く『クレセンティウムの剣』なのだから、戦闘力の差は圧倒的である。
だが、ガスがこの不利な条件下で前向きに考えられるのには、根拠があった。
『――見込みはある。ダン・ガードナー……貴様は既に三つもの『間違い』を犯している』
『……『三つの間違い』だと?』
『ああ、そうだ。それに気が付かぬ限り、貴様に勝機は無い』
ブリッツァーの拡声器から、微かな息づかいが響く。
それは次第にはっきりと輪郭を帯びてきて、やがて笑い声となった。
ガスはその声を、不快に思った。なぜなら、その声から嘲笑うような声音を感じたからである。
『フッ……ハハハハハハッ! ハッタリなのだろうけど、そこまで見え透いていると清々しさすら感じるよ!』
『これをただの虚言と思うなら、好きにするがいい。私は勝手に勝たせてもらうだけだ』
『ならばやってみせろ! どうせただの悪あがきだろうけどっ!』
ダンの声に応えるように、ストライカーは拳を構えた。
そして腰を低く落とし、ブリッツァーを睨むと、ストライカーは急発進する。
『……行くぞっ!』
ブリッツァーめがけて突進するストライカー。
そんな単調な突撃に対して、ブリッツァーは突き出すように剣を構える。
それは本来刺し違えの構えだが、ブリッツァーに突き刺さる剣をストライカーは持っていない。
――距離が縮まり、互いの機体のネジを視認できるまでに近づく。
しかしその段階になって尚も、ストライカーは腕を動かさなかった。
ダンは奇妙に思ったのか、ブリッツァーは遠ざかるように体を逸らす。
だがしかし、遂にストライカーはブリッツァーの横を通り抜けて行ってしまった。
『はっ……ハハハッ! こけおどしか! 流石にこの状況で仕掛けられるわけもなかったか!』
強がるように、笑ってみせるダン。
その声に、安堵の表情が含まれていることに、ガスは気が付いている。
そして同時に、ガスは悟った。そう、ダンはこの行動の『真意』に気がついていないことに――
それを思い知らせるべく、ガスは語る。
『元より、攻撃するつもりなどない。この『位置』を確保するだけで良かったのだからな』
『『位置』だと……? まさかっ!』
2体のマシン・ウォーリアが、同時に振り向く。
ストライカーが立っていたのは、先ほどまでブリッツァーが立っていた場所――
つまり、背後に観覧席のある、壁際であった。
『アル! 賢者を拘束しておけ!』
「は、はっ! 賢者殿、失礼!」
「何っ! どういうつもりだ!」
ガスの命令に従い、アルはブレットを羽交い締めにする。
エルとMr.Rは、ただ黙ってそれを見つめていて、特にMr.Rに至っては我関せずとばかりに、腕を組んで流し目で見ていた。
リアカメラでその様子を確認するガスは、口元を緩めた。
『さて……どうする、ダン・ガードナー。貴様のお得意の体当たりを仕掛けて来れば、賢者は無事では済むまい』
そう、ブレットたちのいる観覧席は、ストライカーの腰ほどの高さにある。
ストライカーが倒れれば、その背後にいる彼らは危ない。
ガスの狙いは、その状況を利用することにあった。
『――そうなれば、貴様はあの皇帝から責任を問われるであろうな』
ブレットの命は、重い。
賢者の家系は、アークガイアを常に支えてきていた。この世の発明の殆どは、歴代賢者の手によるものだ。
それは誰もが知るところであり、ネミエ皇帝もそれを理解していたからこそ、敵側の貴族であったブレットに何も手を出すことなく保護しているのである。
そのような背景があるからこそ、ダンは攻め入ることができない。
賢者を失うことは、アークガイアの希望を失うこと――
そして、自らの立場を危うくする行為でもある。
だがダンは、黙ってはいない。
『正気かっ!? 今君は、自分の副官の命も盾にしているのだぞ!』
『アルは私の意図を聞いた上で、まだ命令に従っている。つまり、貴様に身を案じられる謂れなどないというわけだ』
『なんて奴だ……! 罪悪感というものがないのか……!』
ダンは引きつった声を上げていた。
しかしそれはガスからすれば――『この作戦が有効な手であることを証明してくれている』、それ以上の感想はない。
やがて、ダンは黙り込んでしまった。
そしてそれに代わるように、人質であるブレット自身が抗議の声を上げる。
「ば、馬鹿なことはやめろっ! もし私がいなくなれば、君だって痛手を負うはず!」
『安心するがいい、その時は私も死んでいる。それに考えてもみればな――賢者、貴様はもう不要なのだ』
「何を言っている!」
ガスは既に面倒くささを感じていたが、仕方なく説明をすることにした。
今後の方針にも関わることである。アルを始めとする仲間たちに伝える意味でも、自らの考えを披露した。
『私に必要なのは、賢者の後ろ盾を得たという『大義』だけだ。貴様自身は、私に全てを託した後で、不慮の事故により死んだことにすればいい』
「そんなもの、誰が信じるか!」
『私が賢者に呼ばれて、私は賢者に会いに行った……この事実さえあれば、人は動く。既に、ミラベル・ローズは行動を開始しているのだからな』
「何だと! ……聞いていないっ! なぜアルバーン家以外に情報が洩れている!」
ブレットのその言葉に、疑念を抱くガス。
その疑問の声が、思わず拡声器を通して漏れていた。
『……ん? どういうことだ?』
「そういえば……手紙には、『他言無用』と書かれていました。何かおかしいとは思っていたのですが……」
『なるほどな。にも関わらず、Mr.Rは情報を漏らしたわけだ』
ガスは思い出す。
情報を持ち込み、一切の口止めをせず、それどころかミラベル・ローズへも流していた人物のことを。
その男は、Mr.R。ガスが一目置く、老齢の戦士である。
「Mr.Rだと!? あれほど言ったのに、何故そんなことを!」
ブレットが驚くのも無理はないと、ガスは感じていた。本来Mr.Rは、ブレットの使者だからである。
にもかかわらず主に盾付くような真似をしているのだから、ブレットとしては驚くしかないとガスは考えていた。
「賢者殿……大したリスクも背負わず、世界を思うがままに操ろうなどと考えるから、このようなことになるのだ。貴方は一度、痛い目を見るべきであろう」
「タイラー将軍、どうやら私は貴方という人間を見誤っていたようだ……!」
「何にせよ、ここで退かれてもらっては困るのだ。貴方にも、命を懸けてもらわねばな」
ブレットとMr.Rのやり取りの一部始終を見届けたガスは、再び目の前のダンへと意識を戻す。
そこのころにはすでに、十分に考える時間が出来ていて、次の行動を起こしてきてもおかしくはないと思えるほどであった。
しかし――依然として、ダンの操るブリッツァーは動いてはいない。
ガスは、ダンに問う。
『さて、どうするダン・ガードナー』
『卑怯な真似をするね……だが――』
ブリッツァーが剣を上段へと振り上げて、一歩一歩と踏み出す。
駆動輪を使わず、脚の動きだけで、勢いを付けない歩みでストライカーに近づいて行く。
その歩みは慎重で、足元の石や糞でも警戒しているのではないかというほどに、丁寧な足運びであった。
『こうやってゆっくり近づけば、問題はない。貴方は賢者殿を盾にしているのだから、そこから動くこともできないはず……!』
『そして必殺のクレセンティウムの剣で、私を機体ごと斬り裂く、か……』
ダンの目論みは、ガスにも理解できる。
なぜならば――
『――予想通りすぎて、笑ってしまうな』
『……何!?』
それこそが、ガスの狙いだからである。
『教えてやろう。貴様の犯した間違いの一つは、私に『ストライカーを使わせた』ことだ。アーミーでも使わせておけば、今頃貴様は勝っていただろうにな』
『……確かにね。だがそれは、僕の誇りが許さなかった』
『はっ、つまらぬプライドにこだわった結果がこれではな』
ダンの失態を、鼻で笑うガス。
ブリッツァーがゆっくりと迫ってくる間にも、ガスは続けて次々と指摘を続けていた。
『二つ目は、この場に『貴様の弱みとなるものを持ち込んだ』こと。これは言うまでもなく、賢者のことだ』
『なら、その『弱み』を避ければいいだけのこと。いま私がやろうとしているように!』
『まだわからぬようだな。既に、貴様は――私の術中に嵌まっているのだっ!』
あと二、三歩で剣が届くという所まで近づくと――
『何……? ――があっ!』
ストライカーは急速に発進し、ブリッツァーに組みついた。
突き出された両の手が、剣を振り上げた腕を押さえつける。
ブリッツァーは何とかして解こうと動いていたが、力づくで振り払うことができずにもがいていた。
ガスは、ブリッツァーの特性を見抜いていたのである。
『そして三つ目! 貴様は私に『じっくり観察するだけの時間を与えてしまった』! これが一番致命的だ!』
『何をする気だ……!』
『そのブリッツァー……よく見れば腕が太いわけでもなく、肩幅も至って普通だ! 着膨れているだけで、パワー自体はストライカーとそう変わらないのだろう!』
『そうさ。だが、それがわかったところで君に勝ち目など……何をしているっ!?』
ブリッツァーがストライカーの拘束から抜け出せずにいる間に、ガスは次なる行動に出た。
それがダンにとって想像外の行動であることは、その声から伝わる驚きようでわかる。
ガスはハッチを開き、身を乗り出すと――
「少しだけ抑えてくれよ、ストライカー……ふんっ!」
腰に下げた剣を抜き取り、槍投げの要領で投げた。
超常感覚を研ぎ澄まして投げた剣の軌道は、正確である。
ブリッツァーの肩の関節から見えるケーブルに突き刺さって、切断させていた。
再び操縦席に着いたガスは、ストライカーを後退させる。
ダンもそれに倣うようにして、ブリッツァーを後ろに下がらせたが――
『しまったっ! 剣がっ!』
その瞬間、手からクレセンティウムの剣が零れ落ちる。
ガスはその瞬間を見逃さず、地に転がり落ちた剣へと駆けつける。
ダンも、それを黙ってみているわけではない。剣を拾いなおすべく、ブリッツァーも近づく。
『これが狙いだったかっ!』
『その通り! 相手に情報を与えるとはこう言うことだ!』
ストライカーとブリッツァーが『剣を拾おうとした』のは、ほぼ同時であった。
――しかし、結果として剣を『拾う動きをした』のは、ストライカーだけである。
手を地に届かせるために屈んだのは両者とも変わらない。
だが、ブリッツァーの右腕は、肩からぶら下がるようにして揺れているだけであった。
『右腕が動かない! 何が起こった!?』
『肩の関節をやられれば、腕は使い物にならん! 人間もマシン・ウォーリアも同じだ!』
『ど、どうしてこうなった……! 何故!? 私が有利だったはずだ!』
『それはさっき言ったとおりだ! だが、さらに付け加えるならもう一つ――!』
クレセンティウムの剣を拾ったストライカーは再びひざを伸ばして、右足を軸にしてターンする。
剣を握り直して構えると、その切っ先をブリッツァーの腹部操縦席へと突きつけて急速に迫る。
そして、ガスは叫ぶ。
『このガス・アルバーンを相手に勝負を挑んだことこそが、そもそもの間違いなのだ!』
『うわぁぁぁぁっ!』
ストライカーの剣は寸前で振り上げられ、突撃の軌道も横に逸れた。
そのまま大きく旋回し、硬直したブリッツァーの腹部に、改めて剣の切っ先が突きつけられる。
ガスは、勝利を宣言する。
『今度こそ私の勝ちだ、ダン・ガートナー』
『馬鹿な……有り得ない、何が起きたんだ』
『詰めが甘かったのだ、貴様は。勝つことへの執着が足りぬから、勝利を目前にして勝機を逃す』
放心しているダンのことなど無視して、ガスはこれまで自らが歩んできた道を振り返っていた。
そこには数多くの勝利と、問題にならないほどの僅かな敗北があった。
そしてその中に新たなる勝利が刻まれると、彼は感慨深くなって語りだしていた。
『……私は常に、勝つことだけを考えて生きてきた。我が血の貴さを理解せぬ者たちに、その威を見せつけてやる必要があったからだ』
目の前の敗者であるダンに言って聞かせるように、ガスは話す。
その行為に、意味はない。強いて言うならば、同情や哀れみといった感情の吐露である。
『だから……だから貴方は強いとでもいうのか!』
『そうだ。私は……アルバーンの男は、敗者にはなれない。強者であることを証明し続けることこそが、我が家系の存在意義――』
自らの生き様を語るガス。
そうすることで使命感が刺激されて奮起し、感情は昂る。
戦い続けるだけの人生にどこか虚しさを感じてはいたが、彼はその感情を誤魔化すように言葉を続ける。
『ストロイ王国が滅んだのは、そういった執念が無かったからだろう。そして私と貴様の間にある差も、それだ』
ガスが毅然と言い放つと、ストライカーは剣を下げた。
そして翻って、訓練所を出るための歩みを進める。
アルやブレットたちも、その様子を見て撤収をしていた。
その間ダンは、何も言葉を発さなかった。




