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五節 決闘

 ガスは、ダンの申し入れを快諾した。

 確かにガスは、ダンの提案を不服に思っている。しかしそれは、彼にとってスパイス程度の要素でしかない。

 つまるところガス・アルバーンは、戦うことが大好きな人間なのだ。勝って服従させることを、何よりの楽しみにしている男なのだ。


 そんな彼だから、ダンから模擬戦を執り行う場所を案内された後、今にもスキップでも始めそうなぐらいの上機嫌な足取りで、自らの機体の準備にかかった。

 ポールソン姉弟は少し困ったようにお互いを見つめていたが、大人しく後をついていった。

 トレーラーを格納庫から出すと、ガスは搭載されているコンテナに上ろうとした。その中には、彼の愛機であるマシン・ウォーリア『ストライカー』が収納されている。


 ――しかし、それを阻むように、声が張り上げられた。


「ガス様! こんな試合、受けなくともよろしいのではないですか!?」


 その青さが抜けきらないよな若い男の声は、ガスの副官であるアルフレッド・ポールソンのものであった。

 ガスは多少の興を削がれながらも、律儀に下まで降りて、その質問に答える。


「ここまで来て退くことを進言するか、アル!」

「あまりにも酷い条件だと言っているのです! 交渉の余地はまだあったはずでしょう!」


 ガス自身も、アルの言うことには理を感じていた。

 条件は、明らかにガスが不利である。通常の模擬戦に使用される木剣と、鋼鉄さえも切り裂くクレセンティウムの剣では、勝負になどならない。

 ガスには命の危険があるのに対して、ダンは安全を保証されていると言えるだろう。


 ――しかしガスは、それを理解したうえで勝負を引き受けたのである。


「だとしてもだ! このガス・アルバーン、叩きつけられた『決闘』を前にして、背を向けるほど無粋な人間ではない!」

「これを決闘だと言い張るのですか!」

「そうだ! 奴は明らかに、この私を『殺そうと』している! ならば、これは立派な果し合いだ!」


 ガスには、ダンの放つ殺気のようなものが感じ取れていた。

 しかし、それに恐怖していたり、委縮しているわけではない。むしろ、歓迎をしていたのだ。

 血沸き肉躍る戦いを前にして、ガスの心は高揚していた。


 段々と言葉に熱のこもるガス。

 二人のやり取りを静かに見守っていたブレットだったが、そんなガスの様子を見て、呆れたようにため息をついていた。

 そして静かに、傍にいたエルへと語り掛ける。


「いやはや、それにしても凄い展開になったものだ。まさか彼が、こんなに思い切りのいい人間だとは思っていなかったよ」

「ええ……王族の振るまいとしては、軽率ですわね。しかし、そのおかげでガス様にもわかりやすく話が進んでいる」


 ガスは、その言葉を聞き逃さなかった。

 そして同時に、これを絶好の材料であると考える。

 思わぬところからの援護に感謝しながら、ガスはアルを説き伏せるべく、尻馬に乗るような格好でエルの言葉を利用した。


「エルの言う通り、奴が小賢しい人間でなくて助かっている。これはある意味、千載一遇のチャンスと言えるだろう」

「ですが……」

「貴様の言いたいことはわかっているつもりだ。だが、今回は私に任せておくがいい」

「そうまでおっしゃるのなら……」


 強い押しを前にして、結局アルはガスの言うところの決闘を認めた。

 ガスは再びトレーラーの荷台に上がろうと、手をかける。


「では行かせてもらうぞ」


 だが、彼を引き留める者は一人だけではない。

 ガスが飛び上がろうと手に力を込めた瞬間、その人物の声は響く。


「待て」


 振り向いたガスの視線の先には、プレートアーマーの老人が立っていた。

 険しい表情をしたその男は、ガスを引き留めると、一歩一歩と近づいて行く。

 ガスはその様子にただならぬものを感じていたが、あくまでも冷静に振舞った。


「貴様も何か用か、Mr.R」

「なに、万が一敗けてもらっても困るのでな。吾輩からは、貴様に一喝を送ろうと思うのだ」

「一喝だと……? ――なっ!?」


 注意深く動きを観察していたガスには、Mr.Rの行動がしっかりと認識できていた。

 Mr.Rは、腰に下げていた剣に、手をかけたのだ。


 当然ガスは、その次の行動を予測する。

 自らが斬られる可能性も当然考えて、自分も剣をすぐさま抜けるように手を動かす。

 ――だが、Mr.Rの動きは、ガスの動体視力を持ってさえも追うことができないでいた。


 既にMr.Rの剣は大きく振り上げられている。

 ガスは、自分がMr.Rの動きに対応できないと知覚したその瞬間――

 『死』を錯覚した。


「馬鹿なっ……!」


 そして同時に、ガスの思想の根底にある『敗北』への忌避が肥大化する。

 それは一瞬のうちに強烈な恐怖となって、ガスの集中力を飛躍的に高めた。


 あらゆる感覚が鋭敏に反応し、匂い、風の動き、肉の伸縮する音さえもが捉えられ、眼で見えるものは全てが緩慢に動いている。

 思考はまるで、今はっきりと覚醒したかのように澄み渡っていて、異常に発達した五感からの情報を制御して尚、考える余裕がある。

 そして体は、そんな一瞬の間を切り取って拡大させたような世界の中でも、自然に動けるほどに軽い。


「ほう……意外と筋がいい」


 気が付けばガスは、Mr.Rの振り下ろした剣を、いつの間にか抜き取った自分の剣で打ち払っていた。

 彼自身にも、どうしてそのようなことができたのかはわからない。

 だがそれを究明するよりも先に、ガスは荒い息を落ち着かせながら、Mr.Rにその真意を問う。


「どういうつもりだ、Mr.R……!」

「貴様が『感じているもの』が全てだ。吾輩は、それ以上を教えてやるつもりはない」


 ガスは、その言葉の意味を彼なりに考えた。

 Mr.Rの剣を見切った不思議な感覚――その正体をつかもうと、思考するガス。

 その力について彼が理解していることは、ただ一つ。初めて足を踏み入れた領域であったにも関わらず、難なく使いこなせていたという事実だけである。


 結論は、既に浮かび上がっていた。

 だが、傍目に見ていたアルには、そのようなことなどわかるわけはない。


「Mr.R! 貴様――!」

「やめろ、アル!」


 剣を抜いたアルを抑えるガス。

 アルはまるで不可解であるとばかりに、顔をしかめていた。

 しかしそんな彼の顔すら見ず、ガスは自らの出した結論を述べて見せる。


「Mr.R……貴様の伝えたいこと、理解したぞ。この感覚……そうか、これが――『超常感覚(センス)』!」


 超常感覚(センス)――それは、かつてアークガイアに存在していた、『獣人』と呼ばれる種族の持つ異能力。

 その詳細を知る者はいない。ただ、そう呼称される能力があったと、伝承されているだけである。

 しかしガスには、確信があった。いま使いこなして見せた、時間の流れが緩慢に感じられる能力こそが、彼の言うところの『狼の血』による御業なのだと。


 それを自覚した瞬間、ガスは枷から解き放たれたような快感を覚えた。

 拳に力が漲り、腕は打ち震え――そして全身には、燃えるような血潮が滾っていた。

 いつになく気分は昂り、思わず震えた横隔膜が悦びを表現する。


「フフフフフ……ハハハハハハッ! やはり私は、王になる宿命の下に生まれているらしい!」


 ガスは、自らの身体に受け継がれたアルバーンの血の真価を、疑ったことはない。

 だがそれでも、誇らずにはいられなかった。今この瞬間、『狼の血』は目覚めたのだから。

 そしてガスもまた、目覚めていた。彼の中には、自らが真なる支配者であるという自覚が生まれていて、その自己肯定感は絶対なる自信と使命感を湧き上がらせていた。


「感謝するぞ、Mr.R……!」

「礼などいらぬわ……。貴様が適さないのであれば、そのまま叩き斬っていただけのこと」


 用事は終わったとばかりに、Mr.Rは背を向けて歩き出す。

 ガスにはその背中が、とてつもなく大きいものに見えていた。

 そしてMr.Rは、去り際に振り返りもせずに言い放つ。


「――ここまで御膳立てしたのだ。精々吾輩を失望させるなよ、小僧」


 それを聞いたガスは、鼻で笑った。


「フン……超常感覚(センス)を手に入れた私に失望など、全く有り得ん話だ」


 誰もが呼び止めようとしないことを確認すると、ガスは晴れ晴れとした気分でコンテナへと上がる。

 その中にあるマシン・ウォーリア『ストライカー』は、物言わぬ機械でありながらも、静かに主を待ち続けていた。

 決闘の幕が、今上がろうとしている――



――――――



 草の一本も生えない均された土の上に、二体の機械巨人が立っていた。

 片方は、ガスの駆るストライカー。一点の汚れもない、純白の装甲を纏った細身のマシン・ウォーリアである。

 そしてもう片方は鮮やかなオレンジ色で、装甲で着ぶくれたような、太いシルエットのマシン・ウォーリアであった。


 ストライカーの手には木製の剣が握られている。

 対するオレンジのマシン・ウォーリアは、漆黒の剣を装備していた。これこそが、ガスが皇帝から賜った『クレセンティウムの剣』である。


 勝負は今にも始まろうとしていた。

 既に両者は所定の位置についていて、合図さえあれば始められる状態である。

 ――にも関わらず、ダンは忠告する。マシン・ウォーリアに装備された拡声器が、僅かに失望したようなダンのその言葉を響かせて、ガスや周りの人間たちに届ける。


『……逃げてくれても構わなかったのだけどね。命を落とすよりはマシな選択肢だろう?』


 ここは、砦の中の訓練場である。

 巨大なマシン・ウォーリアが動けるほどには広く取られた空間で、周囲にはマシン・ウォーリアの腰ほどの高さの壁と、その上に位置された観覧用の席が設けられている。

 血沸き肉躍る闘技場のような造りの設備だが、ガスにとっては残念なことに、観客はほとんどいない。その観客たちも、アルを代表としたガスの一行である。


 ガスはそんなアルたちの前で、勝負を受けた『理由』の一端を語る。


『私がここへ来たのは、敗けることなど万が一にもありえないというのもある』


 ガスは、自身の額と顎を守るように装着された、簡素な防具のようにも見える機械を撫でる。

 その機械――操縦用デバイス『ヘッドギア』は、マシン・ウォーリアの操作には欠かせない存在だ。

 付け心地を確かめたガスの目は鋭くなり、ヘッドギアの内側から放たれる光を浴びるその網膜には、ストライカーのカメラを通して敵の姿が映る。


 ダンの操るマシン・ウォーリアは、品定めするようにその手に持つ剣を傾けていた。

 天からの光を浴びた漆黒のクレセンティウム・ソードが、金色の光沢を放つ。

 その反射光は、ヘッドギアから投射される映像となってガスの目を照らし、彼の顔をしかめさせた。


『だが……それ以上に、私は貴様の性根が気に入らん』

『そうかい。こちらは貴方のことを、少しは尊敬しているのだけどね。『白い騎士』殿』

『挑発のつもりならば、もう少し効果的な言葉を選ぶのだな』


 『白い騎士』とは、ガス・アルバーンという人物を語る上では外せない、彼の異名である。

 その由来は、愛機であるストライカーのカラーリングから取られていると思われがちだが、それだけではない。

 機体に傷や汚れを作らない臆病者だという、侮蔑を込めた呼称であるということは帝国騎士の間では有名で、ガス自身もそれを知っている。


 しかしガスにとっては言われ慣れていることではあったし、クレセンティウムの剣を奪われる以上に屈辱的なことではない。

 ダンの言葉は逆に、ガスに余裕を与える結果となっていた。


『――まあ、『負け犬』の血筋にそのようなことがわかるわけもないか』


 ダンに対抗するように、ガスは嘲笑する。

 しかし誰の反応もなく、凍り付いたように場は静まり返った。


 そして長い沈黙にしびれを切らしたのか、ダンが口を開く。


『……早く始めようか。合図はどうする?』

『貴様が先に仕掛けて来ればいい。それが開戦の合図だ』

『言ったねっ! ――なら、恨むなよっ!』


 ガスが提示した瞬間、地を擦る音が響いた。

 それはガスにとっては聞き慣れたもので、戦場には欠かせない騒音であった。


 そう――それは、マシン・ウォーリアの駆動輪が奏でる、猛進の音だ。

 土砂や草花を掻き、人の波をも撥ね飛ばす、蹂躙の足音だ。

 ストライカーの目の前に、オレンジ色のマシン・ウォーリアが殺意を纏って肉薄する。


『なっ……!』


 不意を突かれたガスは、本能的に超常感覚(センス)を発動させた。

 時間の流れが緩慢になったかのように、全ての動きは鈍くガスの目には映り、その空間の中でもガス自身は俊敏である。


 ――だが、間に合わない。

 手は操縦桿を確かに動かしていたが、ストライカーの反応は鈍く、動かない。

 いくら思考が加速しようとも、機械の手足までもが速くなるわけではないのだから。


 やがてダンのマシン・ウォーリアはストライカーに衝突し、そのボディを吹き飛ばす。

 ストライカーが地に背中を付けるのと同時に、ガスはシートに体を打ち付けられた。

 衝撃で肺から吐き出された空気が、悲鳴となって現れる。


『ぐぅっ!』

『ハハハハハッ! 先手を取らせたのが仇となったねっ!』


 そして次の瞬間には、橙色の人影が仰向けのストライカーの上に、跨るようにして立っていた。

 クレセンティウムの剣の切っ先は、ストライカーの腹部――ガスの乗る操縦席へと突き立てられている。

 剣が振り上げられ――


 その段階に至って初めてガスは、命の危機を感じていた。


『――今日ここで『負け犬』となるのはそちらだ! ガス・アルバーン!』

『ちっ、まだだっ!』


 再び、超常感覚(センス)が発動する。

 ガスが操縦桿を思い切り引くと、数瞬の後にストライカーのかかとの駆動輪が強く回転し、仰向けのままその躰を引きずる。

 振り下ろされた剣は僅かにストライカーの装甲を切り裂き、そして股の間を通って、地面へと突き刺さった。


『避けた!?』


 勝利を確信していたダンの、驚愕の声が響く。

 その声を聴いても、ガスの溜飲は下がることがなかった。

 拡声器のスイッチを切り、不甲斐なさを叫ぶ。


「……超常感覚(センス)が無ければ死んでいた! この私としたことがっ!」


 一言だけ弱音を吐いた後、ガスの視線は再び目の前のマシン・ウォーリアへと向く。

 そして速やかにストライカーを立ち上がらせて、臨戦態勢を取った。

 その心にはもう、一片たりとも油断は存在しない。


『この『ブリッツァー』の必殺の一撃を躱したことは褒めよう! だが、依然こちらの有利は変わらない!』

『いいや、貴様は最大の好機を逃した! 最早、勝ちの目などない!』


 互いに体勢を立て直し、再び相対するストライカーとブリッツァー。

 それぞれの誇りを懸けた決闘は、まだ始まったばかりである。

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