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三節 集う共謀者たち

 ガスはマシン・ウォーリア『ストライカー』に搭乗し、格納庫を出た。

 そして、アルの用意したトレーラーへと載せようとしたその時――


 足元に、見覚えのある人物が立っていた。


「あれは……!」


 ガスはその人物の真意を問いただすべく、ストライカーのハッチを開けて、身を乗り出す。


「そこで何をしている、ミラベル・ローズ!」

「久しぶりだな、ガス・アルバーン! なに、面白いことをしようとしていると聞いてな」


 ガスが見つけたのは、紫髪の女であった。

 その女――ミラベル・ローズは、ガスと同じく帝国の上級騎士である。

 戦士としての腕も、ガスに勝るとも劣らない。だがガスは、家柄はともかく腕前に関しては見下していたし、その傲慢な性格を嫌悪していた。


 そしてガスは、そんな彼女の登場に驚愕していた。

 自らの目論見が既に明るみに出てしまっていることを懸念して、ガスは焦る。

 探りを入れるために、問いかけるガス。


「止めに来たか! 『レイダー』も無しに!」


 『レイダー』とは、ローズ家の家宝であり、ミラベルの愛機であるマシン・ウォーリアのことだ。

 その姿形はガスの『ストライカー』に似ていて、色は真逆の黒色である。

 しかしその姿は、どこにも見えない。


「違う。それに、レイダーはあっちに止めてある」


 ミラベルは、親指で自分の後ろを指した。

 ガスにはその正確な位置がわからなかったが、とにかく敷地の外に置いてあることだけは理解できたので、一先ず納得する。

 そして否定の意を受け取ったガスは、ミラベルの真意を問いただそうとした。


「なに? では、何をしに来たのだ」


 ガスはストライカーの操縦席から飛び降りる。

 常人ならば足を痛める程度の高さはあるのだが、ガスは慣れたもので、足を労わる様子などは見せなかった。


 それでも得意げに笑みを浮かべるだけで、何も答えようとしないミラベル。

 しかしそんな彼女に代わって、答える者がいた。

 そう――トレーラーの準備をしていた、アルフレッド・ポールソンである。


「ガス様! ローズ殿は我々に助力してくれるとのことです」

「アルか。にわかには信じられん……この虚栄心の塊のような女が、私に手を貸そうとはな」

「随分な言いようだな、アルバーン」


 ミラベルの思惑は理解したガス。

 しかしそんな彼の脳裏に、一つの疑問が浮かび上がる。


「……それに貴様、どこで知ったのだ?」

「知りたいか?」

「返答次第ではここで討つ」


 ガスは睨みつけるが、ミラベルは余裕の態度を崩さない。

 腰の剣まで抜いて突きつけるが、それでもミラベルは動じなかった。


 今この瞬間、確かにガスはミラベルを疑っている。

 ミラベルのことを快く思っていないのもその一因だが、『知りえない情報を知っているから』というのが主な理由だ。

 ……なのだが、ガスは忘れていた。自分の持っているその情報も、『ある人物』から提供されたものであったことに。


「おお怖い怖い。『奴』は貴様のところに来ているはずなのだがな」

「『奴』だと……? まさか!」


 ミラベルが指摘すると、ガスは気が付いた。

 そして背後から足音が聞こえると、振り返るガス。

 そこには、件の人物が立っていた。隣には、エルも同伴している。


「ほう。ローズ殿も来られたようだな」


 そう、その人物とは――


「やはり貴様か、Mr.R(ミスター・アール)

「そうだ。吾輩がここに来る前に、声をかけておいた」


 Mr.R――彼こそが、ミラベルをガスの下へと導いた張本人なのであった。

 ガスの頭の中で凝り固まっていた疑念が解れると、そこに新たなる疑問が湧き上がる。


「しかし、ミラベル・ローズ……貴様はそれなりに皇帝からの覚えもいいはずだが?」

「いいや、違うなアルバーン。私が賜った褒美も、そこのポールソンの者どもとそうは変わらなかった」

「……何だと?」


 ミラベルのもたらした新たなる情報は、ガスにとっては寝耳に水であった。

 ガスはローズ家の隆盛になど全く興味はないが、ミラベルの功績に関しては把握していた。それは、ガスがミラベル・ローズという『戦士』に対して、ある程度の評価をしているからにほかならない。

 だからこそ、ガスにはその事実が呑み込み切れなかった。


 そしてミラベルは、そんなガスを納得させるように、自らの考察を述べる。


「おそらくだが、皇帝は我らのような騎士階級を潰そうと画策している」

「何故そう思う?」

「この度の戦の褒章は、どこの家も大したものではなかったということだ」


 当然だが、ミラベルの挙げた根拠もまた、ガスは初耳であった。思わずガスは、眉をしかめる。

 ミラベルはそんなガスの反応を見て、更に追い打ちをかけるように話した。


「そして、そこのMr.Rとかいうジジイの言うことを信じるならば、マシン・ウォーリアは既に我らのような騎士だけの特権ではなくなりつつある」

「なるほど、読めたぞ……。ミラベル・ローズ、貴様にしては頭が回る」

「ど、どういうことなのですか、ガス様!」


 一人納得するガスだが、副官であるアルにはその考えは伝わっていないようであった。

 ガスは呆れたようにため息をつくと、困った顔をしているアルへと言い聞かせる。


「わからんか、アル。皇帝はアークガイアを平定し、マシン・ウォーリアを作る術をも得た――」


 ガスは大きく腕を広げて、この場の全員に関係する話であることを、大げさに示してみせる。その仕草を、誰もが息を呑んで見守っていた。

 辺りを見渡しながら徘徊し、反応を見るように全員の眼をのぞき込むガス。

 その真っ赤な瞳が、事の重大さを真摯に訴えかけていた。


「ならば、もう我らのようなマシン・ウォーリアを操る術に長けた、戦うだけの人間などいらぬということだ」

「そ、そんな……」

「確かに騎士はこれからの時代、皇帝のような権力者にとっては脅威でしかありませんわね。排除しようと考えるのは、言われてみれば当然の流れなのかもしれませんわ」


 認識を共有するガスとポールソン姉弟。

 そんな彼らの話がひと段落すると、再びミラベルが口を開き、割って入る。


「理解したか? 貴様がその皇帝の後釜に納まるのは癪だが、そうも言っていられない理由があるということだ」

「ああ……思った以上に事態は深刻なようだ。ミラベル・ローズ、貴様にはやってもらわねばならぬことができた」

「言ってみるがいい」


 ガスの常に不愛想な面持ちが、いつになく真剣に訴える。

 危機感、使命感、焦燥――そういった想いを、眼差しを通してミラベルに伝えている。

 そしてガスの口は、真摯に要求を語っていた。


「この帝都で同志を募れ。この話がまことならば、騎士共もいくらかは動くはずだ。私には無理だが、貴様ならばまだ可能性がある」

「わかった、こちらは任せるがいい。アルバーン、貴様は賢者殿に会いに行くのだろう?」

「そうだ。なるべく急ぐが、くれぐれも早まった真似はするな」

「わかっている。この謀反、貴様がいなければ成り立たんのだからな」


 ミラベルはそう言い残して、去った。

 それを認めたガスは高く跳躍し、ストライカーの股間に折りたたまれている梯子へと捕まった。

 梯子を手の力でよじ登り、勢いよく操縦席へ乗り出すと、ガスは再びストライカーを稼働させる。


「どうやら、完全に私だけの問題ではなくなったようだな――」


 ガスは首を上げる。

 すると、その動きに連動してストライカーの頭も動き、視線が空に向いた。


「天は相当に、このガス・アルバーンを待ち望んでいるらしい」


 天を仰ぐガスとストライカー。

 野望は果てしなき欲望となって、彼らの原動力となるのだ。

 肥大化する想いは、大空でさえも受け止めきれないだろう。ガスには、天すらをも支配できる自信があった。



――――――



 ガスたち一行は、何事もなく旧皇都へと着いた。

 皇都の様相は酷いもので、先日の決戦の傷跡があちらこちらに残されている。未だにマシン・ウォーリアの残骸が転がっているのはまだ良い方で、建物の倒壊や、そこかしこの血痕――

 酷いところでは、遺体がそのまま放置されており、蠅がたかっている。


 当然人はそんなに出歩いていない。

 数少ない通行人も、ガスの乗るトレーラーを見ると、皆例外なくその場から一目散に逃げ出した。

 ガスはその光景に胸を痛めるどころか、優越感すらをも覚えていた。


 そして遂に、屋敷へと辿り着く。

 ガスたちは使用人たちによって客間に通されて、澄み渡った上質な茶の注がれたティーカップを出されていた。

 カップを手に取ったガスが毒の盛られていないことを確認していると、ノックの後に一人の青年が現れた。


「よく来てくれたね、ガス・アルバーン」


 その男こそが、当代の『賢者』であり、ワイズ家の当主であるブレット・ワイズその人である。

 僅かにズレ落ちた片眼鏡の位置を直すと、ブレットはガスの対面へと座った。


「貴様が賢者か。よくもまあ私のことを知っている」

「君は有名人だからね。そうでなくても、我がワイズ家としては、君たちアルバーンの一族を忘れたりはしないが」

「先祖が世話になったそうだが、私個人としては貴様に感謝する謂れはない」

「それでいいさ。さて、早速だが本題に入ろうか」


 一通りの当たり障りのない話を繰り広げた後に、ブレットは切り出す。

 ガスの背後からは緊張した空気が漂っていた。後ろに控えているアルやエルが、真剣に聞き入っているのだとガスは感じる。

 だが、当のガスとブレットは、あくまでも自然体であった。


「皇帝を打ち倒して、君が新たなる支配者となるのだろう? 賢い選択とは思えないが、条件次第では力を貸してあげよう」

「貴様に何のメリットがある?」

「私も現皇帝には思うところがある……今のところは、それで勘弁してはくれないかな?」


 まるで冗談でも言うように、ブレットは微笑んでいる。

 ガスはその余裕の笑みの奥にある、確固たる自信の源を探るべきかとも考えたが、結局それをしなかった。

 なぜならば、自信によって裏付けられているのは、ブレットだけではないからだ。ガスにも、狼の血統としての誇りと覚悟――そして、数々の実績を残してきた、嘘偽りのない確かな実力がある。


 ガスは、ブレットの思惑を深く追求することをやめた。


「……まあ、よかろう。貴様の真意を知ったところで、私には何の関係もない話だ」

「ふふふ、そうしてくれると助かるよ」

「ところで、貴様の言う『条件』とは何だ? それを聞かなければ、この私とて判断は出来ん」

「なに、大した話じゃないさ。もっと協力者を増やしてもらわないと、私としては不安でね」


 ブレットは懐から折りたたまれた紙を取り出すと、机に広げる。

 その中には線だけで表現された似顔絵が書かれていて、モデルになった人物の特徴が正確に書き表わされていた。

 書かれていた男は整った顔立ちをしていて、ガスはその面構えに気品のようなものを感じていた。


「人相書きだと……? この男は?」

「この人物を仲間に引き入れてほしい。それが最低条件だ」

「どこの誰だと、私は聞いているのだ」


 自身の発言を曲解されたと思ったのか、ガスは語気を荒げた。

 ブレットは腑に落ちないように眉間にしわを寄せていたが、すぐにその質問の答えを告げる。


「彼の名は、ダン・ガードナー――皇帝に逆らうのならば、彼の力は必要になるはずだ」


 ガスの反乱に賛同する共謀者たちは、集いつつある。

 それは帝国の騎士だけにとどまるものではなくなりつつあった。

 そして、ダン・ガードナー……彼こそは、この反逆の炎を一気に広げることのできる、『油』となり得る可能性を秘めた人物なのである。

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