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二節 謎の男あらわる

 戦勝パーティの翌日――


 帝都にあるアルバーン家の屋敷へと、一台の馬車がやってきた。

 門の前で待ち構えていたガスは、馬車から降りてきた彼らを出迎える。

 ガスはポールソン姉弟を客間に案内すると、茶の一つすら出さずに本題を切り出した。


「さて――わかっているとは思うが、皇帝にこのアークガイアを任せていては、ろくな未来などない」


 椅子に腰かけたガスの表情は、いつになく強張っていた。

 立ちながら聞いているアルとエルは、息を呑む。


「奴自身は弱者のくせして、まるで強者のように振舞っている。そんな驕り高ぶった人間が世界の支配者になってしまったら、この世は終わりだ」


 ガスの言葉には、一点の曇りもない。

 まるで「強い者こそが正義」と言わんばかりの言い分だが、彼自身はその言葉を全く疑っていないし、ポールソン姉弟もそんな彼の考えには理解を示しているのである。

 その証拠に、ガスの話は止まることなく進む。


「その片鱗もすでに見え隠れしている。私への褒章が一切なかった件もそうだが、奴はこの期に及んで尚も、マシン・ウォーリアを大量に『生産』しているようだ」

「マシン・ウォーリアの『生産』!? 『発掘』ではなく!?」


 通常、マシン・ウォーリアという兵器は、遺跡と呼ばれる場所から発見される。

 アークガイアの民にはその機械を再現する技術はなく、量産することは出来ない。

 故に、本来はとても貴重なものなのだが――帝国ではその常識が覆されているのだと、ガスは言っている。


「そうだ。私も昨日知ったが、どうやら帝国内部で『アーミー』を『作れる』らしい」


 驚いているアルを宥めるように、ガスは落ち着いた口調で語る。

 ガス自身も未だに驚いてはいた。しかし、彼には思い当たる節があったので、それほど感情を表に出すことはなかった。


「考えてもみれば、発掘だけで百体もの『アーミー』を揃えられるわけもない。だが、作れるのなら納得だな」


 帝国の総戦力である百体以上のマシン・ウォーリアは、他の国と比較した場合『異常』ともいえる数である。

 なぜならば、帝国の最大の敵であった皇国でさえも、数十体しかマシン・ウォーリアを有していなかったのだから。

 たとえその大半が『アーミー』と呼ばれる、発見例の非常に多い低性能な機種であったとしても、その差は歴然であった。


「そ、それはいったいどの筋の情報なのですか! それを教えていただかないことには――」

「アル、落ち着きなさい。……ガス様、それは確かな情報ですわね?」

「ああ。私を陥れようとしているのでもない限り、情報源としては信用できる」


 ガスは一度言葉を止めると、視線を部屋の隅へと向けた。

 アルとエルも、それに続いて目を移す。

 そこには――


「実は今、その使いの者が来ているのだ。そっちにいるだろう」

「……なっ!? いつの間に!」


 金属鎧を着こんだ、白髪の男が窓際に立っていた。

 その男の顔はしわがれていて、相当に歳を重ねていることが伺えた。

 にもかかわらず、その佇まいはしっかりとしていて、足腰が弱っていないどころか、戦士としての風格すらもガスには感じられた。


 その老人の存在に気が付いたアルが驚愕すると、遅れてエルが警戒を示す。


「な、何者っ!?」

「ふん、吾輩は初めからいたのだがな……」

「き、気が付かなかった! こんなに目立つ格好をしているのに!」


 老人は鎧の上からでもわかるほどに筋肉質な体つきをしていて、その鎧にも錆はなく、窓から入り込む天の光を浴びて反射している。

 その精悍な顔つきは、一度見れば忘れぬほどの覇気を秘めていて、眼光は鋭い。

 熟練の戦士であるガスでさえも、恐れを抱いていたのだ。しかしその気配は、存在を知っているはずのガスにすら完全には察知できないほど、完璧に遮断されていた。


「紹介しよう。『賢者』殿の使いで来た……おい貴様、名前は何と言ったか?」


 ガスは普段ならば、ただの使者に名前を尋ねたりなどはしない。

 ここで聞いたのは、彼がその老人に興味を持っていたからだ。

 老人の名前を、『覚える価値のある』ものと考えたからだ。


 それは、『賢者』と呼ばれている、『アークガイア一の知識人』の使いだからというわけではない。

 確かに『賢者』の知識は強力で、権力者たちが欲するほどのものだが、それとは関係ない。

 単純に、老人という個人に惹かれるものがあったからだ。彼の持つ力が、自らに比肩しうるものだと考えたからこそ、その名を尋ねたのだ。


「アルバーン殿。吾輩のことは、Mr.R(ミスター・アール)とでも呼んでくれればそれでいい」

「本名は?」

「それは、今話すことではなかろう」

「……だ、そうだ。とにかく、私はこの男から話を聞いた」


 あからさまな偽名しか聞けなかったことに落胆しながらも、ガスはアルとエルに事情を説明する。

 それを聞いたアルはあごに手を当てて、考えるように沈黙した。

 そして一頻り唸ると、ようやく言葉を紡ぎ出す。


「驚きました……まさか、賢者殿から情報を頂けるとは。ですが――」


 アルはMr.Rを名乗る男を指さして、問う。


「彼が本当に賢者殿の使者とは限りません。もちろん、証明はしていただけるのですね?」

「賢者殿からこれを預かっておる。確認するがよい」


 疑惑の眼差しを向けられたMr.Rは、手に持っていた封書をアルへと投げ渡した。

 慌てて受け取ったアルは封を切り、粗でも探すようにその文面を眺める。

 一通り黙読すると、後ろからのぞき込んでいたエルへと渡して、アルは驚愕を露わにした。


「確かに賢者殿の書かれたもののようだ……!」

「賢者殿は、全面的に協力しても良いと言っておる」


 Mr.Rが代わりに内容を離すと、ガスもまた驚いていた。

 思いがけない人物からのアプローチであったからだ。

 ガスと賢者の間に、面識などは殆どない。


 賢者はアークガイア全体に影響を及ぼすほどの人物である。

 だが、彼は元々ネミエ帝国の敵国であるセンドプレス皇国の貴族だ。

 帝国で用意された新たなる地位に就くことが内定していてはいるが、帝国内で良い印象を持たれているわけではない。


 そんな立場なのに、反乱に加わっても良いなどと言っているのだから、ガスにはその本心は読み取れなかった。

 しかし、ガスはそのような些細な疑問を気にしたりはしない。騙されたのだとしても、力でねじ伏せられる自信があったからである。

 故に彼は、素直に関心だけを示していた。


「ほう。まさかあの賢者殿が私の後ろ盾になろうとしているとはな……」

「だがそれも条件次第。詳しく聞きたいなら、旧皇国領にある邸宅を訪れよとのことだ」

「ふむ……無条件でないのは気に障るが、このガス・アルバーンを買っているのは確かなようだ。なら、その話に乗ってやるのも一興か」

「賢者殿がどのように動くのだとしても、吾輩個人はお主らに手を貸してやる。ありがたく思うのだな」


 ガスの心は今、間違いなく高揚していた。

 Mr.Rの存在も彼の闘争心を激しく刺激したが、賢者の登場はそれ以上にガスを昂らせた。

 自らの正義が肯定されている感覚を味わうガスは、これまでの人生で感じたことのない気分を味わっていた。


 ガスは、胸の動悸に気づいていない。

 そんな状態ながらも、彼は冷静を装って、置き去りにされつつあったアルとエルに言って聞かせる。


「……さて、これでわかっただろう。Mr.Rは間違いなく賢者の使いであり、我々の強力な協力者だ」


 アルはまだ納得のいかないような険しい顔つきをしていたが、エルは僅かに微笑んだ。


「ふふ、珍しいですわね。ガス様が他人のことを、そうまで評価するなんて……」

「貴様らにはわかるまいが、狼の血を引く私にだけはわかることがある。そういうことだ」


 冗談めかして答えるガスだが、この言葉は本心でもあった。

 ガスとポールソン姉弟――いや、『天才』と『凡人』の間には深い溝のような価値観の違いがあって、永遠に理解など得られないと、ガスは常々考えている。それは生まれもっての違いの生み出す隔てりであり、決して埋めることのできないものだ。

 ポールソン姉弟とは根本のところで『違う生き物』だが、Mr.Rとは『同類』だと、ガスは直感している。


 ガスがそのように内心他人を見下していると、その対象の一人であるアルがついに、口を開いた。

 その口から漏れ出たのは、単純な疑問であった。


「しかし……大人しくしていれば安泰だというのに、なぜ賢者殿は助力を申し出るのでしょう?」

「ガス様の方が支配者に相応しいと考えたからではなくて?」


 エルは根拠のない推理を披露したが、それが本当のことであるかなどガスにはわからない。

 ガスとしてはそうであってもおかしくないとは思っているのだが、生憎あいにく彼には真実を見抜く力はなかった。

 答え合わせを求めるように、一同はMr.Rに視線を向ける。


「吾輩もそのあたりの考えは聞いておらんし、これは私見なのだが――それは、アルバーン殿がよりネミエの血を濃く受け継いでいると見たからなのではないか?」

「ん……? どういうことです、ご老人」


 アルが新たな疑問を呈したが、Mr.Rの話を理解していないのは彼だけであった。

 ガスは呆れていたし、エルもそんな彼と同じ思いであるかのように、頭を振っていた。


「あのねえアル……アルバーン家は、もともとネミエ皇室の分家なのよ。ガス様も、初代皇帝の血を引いていらっしゃるの」

「その通り。獣人である初代皇帝の血を、より強く受け継いだ家系こそが、アルバーン家なのだ。アル……貴様、その程度のことも知らずに、この私の副官を務めていたか」


 アルフレッド・ポールソンは、ガスの優秀な副官である。

 基本的に上に立つ者としての能力が低いガスに代わって、命令・報告・連絡・その他の雑務の殆どを務めている。

 彼がいなければ『ガス・アルバーン』という人物が成り立たないぐらいには有能だし、ガス自身それを認めてはいたのだが、今回の件はそんな彼を失望させる程度には失態であった。


 とんでもない無礼を働いたことに気が付いたからか、アルの身体は蛇に睨まれた蛙のように硬直していて、条件反射のように機械的な敬礼の体制を取っていた。


「し、失礼しましたぁっ!」

「まあ、仕方あるまい……。皇帝の一族は、古くからその事実を隠蔽しようとしているきらいがある。だが――」


 そしてそんなアルとは反対に、ガスは別の人物の評価を上げていた。

 ガスはその人物に視線を移し、硬直したままのアルを眼中の外に置く。


「Mr.Rよ、貴様の目は確かなようだな」

「長く生きている分、小賢しい知恵が身に着いただけのことよ」

「ふん、どうだかな。私の見立てが確かなら、貴様とて支配者には相応しいはずだが」


 Mr.Rの正体は、既にガスの中ではある程度想像できていた。

 しかし確証がないので、口には出さない。探りを入れてみるガスだが、あまり期待はしていなかった。


「……安心するがいい。今の吾輩は、生きる屍――国も主君も息子さえも失って、怨念だけで生きる哀れな亡者よ」


 ――そしてやはり、Mr.Rは語ることを拒否した。

 ガスはこれまでの情報からMr.Rの真の目的を考えたが、それもすぐにやめた。

 小賢しいことを考えるのはアルの領分であり、彼の考えるようなことではないと判断したのだ。


「……まあいいだろう。もし裏切るのならば、その時は私の手で成敗すればいいだけのことだ」


 ガスは立ち上がる。

 そして腰に携えた剣の位置を直すと、少しは落ち着きを取り戻した様子のアルへと語り掛けた。


「もう、話すこともないだろう。今から賢者殿の待つ旧皇都へと向かうぞ」

「今すぐにですか……? もう少しこの帝都で同志を募った方が良いのではないでしょうか」

「無駄だ。自慢ではないが、このガス・アルバーンの力を妬む者は多い。対した成果はないだろう」

「はあ……」


 アルは納得がいっていないかのような気の抜けた返事をしていたが、ガスはそれを肯定と受け取った。


「アル、表にトレーラーを用意しておけ。私の『ストライカー』を載せる」

「はっ! すぐにご用意致します!」


 トレーラーのような自動車は、馬車ほどではないがそこそこ普及している交通手段であり、マシン・ウォーリアと同じ発掘品だ。アルバーン家でも数台を保有している。

 そして『ストライカー』とは、アルバーン家の家宝であり、ガスの愛機の白きマシン・ウォーリアのことだ。ガスはどこへ行くにも、この機体を常に傍へ置く。


 アルが部屋を飛び出したことを確認すると、ガスもまた動き出した。

 部屋から出る間際に、残された二人に言葉を残す。


「エルにMr.R、貴様らも適当な車を使うがいい」

「あら、馬車でなくてよろしいのですか?」

「賢者殿に心変わりを起こされても困る。さっさと行って、早急に用事を済ませるぞ」


 それだけ言い残して、ガスは客間を出た。

 背後からは、取り残されたエルとMr.Rの声が聞こえてくる。


「はあ……ではご案内しますわね、Mr.R」

「うむ、頼む」


 マシン・ウォーリアの格納庫へ向かう廊下の中、ガスは独り言ちる。

 その声には、僅かに喜色が含まれていた。


「フフフ……私はつくづく恵まれている。これも、狼の血のなせる業か」


 ガスはこれまでの出来事を反芻していた。

 パーティ会場で反乱を企てたことから始まり、Mr.Rの登場、そして賢者の誘い――

 彼にはこれらの全てが、これから始まる壮大な戦いのプレリュードのように思えていた。


 ガスは数奇なものを感じていた。

 今自分の置かれているこの状況が、自らの体内に流れる狼の血によって引き寄せられた『運命』であると、そう思わずにはいられなかったのだ。

 しかし彼は、すぐにその考えを自分で否定する。


「……いいや、違うな。これは私の人徳によるものに違いあるまい」


 そして『運命』は、即座に思い上がりへと昇華されたのであった。

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