一節 決起
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旅歴三一〇年、四月一日――
『センドプレス皇国』は陥落した。
百にも届く機械巨人たちが、センドプレスの首都――通称『皇都』へと攻め入ったのである。
抵抗もむなしく、世界最大級の勢力を誇る『ネミエ帝国』の手によって、皇国は滅びてしまった。
皇国も機械巨人『マシン・ウォーリア』を保有してはいたが、その数は帝国の半数にも及ばない――
それも皇都に配備された数ではなく、防衛の要であったガドマイン砦にまわされていた分も含めての数である。
帝国の軍勢はその砦を突破してきているのだから、残された戦力での太刀打ちなどできるわけはなかった。
――そして後日、センドプレスの皇族は全員処刑された。
公開処刑の現場には一人の若者が乱入したりもしたが、その男も結局は無惨に殺されて、その死体はゴミのように片づけられた。
その光景に皇族の一人である美しい少女は涙を流していたが、その意味は誰にもわからなかった。
帝国に比肩し得る国力を持っていた皇国が滅びたことで、ネミエ帝国はこの『アークガイア』の大地に存在する唯一の国家となった。
後の歴史家はこう語る――
「帝国が圧倒的な量のマシン・ウォーリアを手にした時点で、この結末は当時の人間からしてもわかりきっていた。勝つためには、それすらをも凌駕する可能性を持った『異分子』が必要だった」
なんとも荒唐無稽な見解だが、否定できる材料も無い。
確かに、一人で帝国の軍勢を相手取れる英雄――いや、その力に溺れない勇ましき心をも併せ持った『勇者』が現れたのだとすれば、もしかすると皇国の勝利もありえたのかもしれない。
だがしかし、今となってはそれも無意味な仮定である。
――事実として、アークガイアの地に『勇者』は現れなかったのだから。
――――――
談笑に興じる者、豪勢な料理に舌鼓を打つ者、女性をダンスに誘う男――
ここには様々な人間がいるが、皆煌びやかな服装に身を包んでいることだけは、共通していた。
センドプレス皇族の処刑もつつがなく終わり、ネミエ帝国に敵がいなくなった翌日なだけあって、誰もかれもが浮かれている。
しかし、そんな者たちとは場違いなまでに雰囲気の違う男が一人――
その男もまた、着なれない新品の礼服に身を包んではいたが、広いホールの端に配置された柱へと、つまらなそうに寄りかかっている。
長い金髪をオールバックに流したその男は腕を組み、明らかに不機嫌そうに顔をしかめていた。
男は、通りがかった者たちに視線を向けられるたびに、その血のように赤い瞳が引き立てる、凶悪な目つきで睨み返していた。
そんなオールバックの男の前に、また別の一人の男がやってくる。
「ガス様! こんなところにいらしたのですね」
「何の用だ、アル。私は今、見ての通り非情に虫の居所が悪い」
オールバックの男――ガス・アルバーンは、普段よりも辛辣な態度で応対してみせた。
しかしガスに近づいた、アルと呼ばれた男――アルフレッド・ポールソンは、特にこれといった反応を見せることもなく、詰め寄るのである。
ガスはそれを少し意外に思いながら、用件を聞いてやるぐらいのことはしようと考えていた。
「戦勝パーティだというのに、どこにも見当たらないのですから、探したのですよ!」
「だろうな! 貴様とエルは僅かながらも褒美をもらえたというのに、私は言いがかり同然の理由でそれすらなかったのだ! 顔を合わせられるわけもあるまい!」
ガスは口で言っているほど体面を気にしているわけでも無かったが、何一つ得られなかったことに関しては相当に腹を立てていた。
彼は、単に褒美が欲しかったのではない。自分の功績が正当に評価されなかったことに、強い憤りを覚えていたのだ。
感情を吐き出すように、ガスは自らの功績を列挙する。
「マシン・ウォーリア十一機! 皇国以外との戦闘を含めればそれ以上! 加えて何人もの敵将を討ち取った! それだけの働きをしたというのに――!」
拳が柱に打ち付けられる。
怒りの矛先となった柱には僅かに亀裂が入っていて、ガスの感情の激しさを受け止めきれなかった事実を表している。
「『国が授けたクレセンティウムの剣に傷が付いているから』など言う理由で褒美は無しだ! 馬鹿げている! あまりにも馬鹿げている!」
ガスは、帝国の中でも上位の――いや、それどころか歴史上の英雄に並び立てるほどの活躍を残している。
それは客観的な事実であって、ガス自身の過大評価によるものではない。
本来であれば、今日のパーティの主役になっていてもおかしくないほどに、多大な戦果だ。
……にもかかわらず、ガスには勲章どころか、労いの一つもなかったのである。
「確かに不当です! ガス様以上の働きをした者などいないというのに、なぜこんな仕打ちをっ……!」
「決まっている! あのネミエ皇帝は、私の力を認めたくないのだ! 認めてしまえば、自分が絶対的な強者ではいられなくなってしまうからだ!」
「そんなもの、納得ができない! 今からでも掛け合ってきます!」
ガスの言葉に感化されたのか、アルは強く拳を握り、震えだす。
そしてガスに背を向けると、第一歩を踏み出した。
――しかし、その抗議への歩みは、阻止されてしまう。
いつの間にか背後に立っていた人物にぶつかり、アルはよろめいた。
そして、その衝突された人物は、静かに忠告をするのであった。
「それはやめた方がいいわね、アル」
「姉上! どうして止めるのですか!」
そう、彼女こそは、アルフレッドの姉であるエルだ。
ガスはこの人物が近づいていることに気が付いたからこそ、アルを止めなかったし、唆すようなこともしなかった。
そしてエルは、あくまで冷静に弟へと言い聞かせてみせる。
「ネミエ皇帝はこのアークガイアの支配者になったわ。それはつまり、都合の悪い人間はいともたやすく捻り潰せるということ――」
エルは首へと水平に手を当てると、横に引く。
ガスにはそれが、人が最も忌避する状態を示すサインだと、理解できていた。
おそらくはアルにも伝わっているものと思っていたガスだが、しかしエルはそれでもはっきりと口に出す。
「迂闊に皇帝に歯向かえば、死ぬことになるわ」
アルは口を開かなかった。
ガスにはそれが怖気づいたからなのか、それとも姉を言いくるめる言い分でも考えているからなのかは、わからない。しかし、出来れば後者であってほしいと、彼は願っていた。
どちらにしても、この二人を暴走させたり、仲違いさせておくのは本意ではなかったので、見かねたガスは口を挟む。
「……ふん、今日のところは勝利の美酒にでも酔わせておけばいい」
「しかしそれでは……!」
ポールソン姉弟のやり取りを見ていたガスの心からは、とうに怒りなど引いていた。
その代わりに、強い、燃えるような『使命感』が湧き上がっていた。
「アル、エル。明日は我がアルバーンの屋敷に来るがいい――」
そしてガスは、その『使命感』に従って行動を起こす。
綿密な計画などはない。これはただの思い付きであって、彼が前々から抱いていた漠然とした確信に突き動かされた結果だ。
そう、ガス・アルバーンは――
「『次の戦勝パーティ』の企画をするぞ。嫌とは言うまいな」
ネミエ皇帝を討ち取り、不遜にも彼に代わってアークガイアの支配者になることを考えていた。
アークガイア全体を巻き込んでの戦いで得た平和を打ち壊し、新たな戦乱の幕開けを望んでいたのだ。
言葉の意味を正確に理解したアルとエルは固まっていたが、ガスはそれを無視してパーティ会場を後にする。
そして、そんなガスの言葉を聞いていたのは、ポールソン姉弟だけではない――
「ほう……これは面白そうじゃないか。後で『彼』にでも教えてあげようか」
少し離れたところにいた片眼鏡の男の耳にも、しっかりと入っていたのであった。