悪魔の子
ごうごうと燃える炎の中。私は悪魔を見た。
燃えゆく屋敷の中、微笑んでいるその姿はまるでーー。
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「見て! 出雲!」
「シェリー様」
たたた、と走って向かってくるのは、私の師匠であり、黎明の里の長である暁人様の妻である、シェリー様。その腕の中には、見たことがない赤ん坊。まるで壊れ物のように、そっと腕に抱いている。シェリー様の瞳の中には、慈しみが宿っていた。
「うふふ……可愛いでしょう」
「その赤ん坊はどこで……」
「森の中に置かれていた」
「! 暁人様」
振り向くと、私の師である暁人様が立っていた。
「私の子にするの。きっと、この子は二つの種族を繋ぐ子になるわ。ね、リース」
「リース?」
「今決めたの。この子はリース」
うふふ。と楽しそうにシェリー様は微笑む。まるで我が子が生まれた時のように、とても嬉しそうだ。
「いい名前だ。シェリー。なあ、出雲?」
暁人様の大きな右手が、赤ん坊の頭を撫でる。まるで我が子にそうするように。
「……そうですね」
嫌な予感がした。本当にその赤ん坊をお二人の子供にして良いものか、と。その赤ん坊が、お二人に多大な影響を与えてしまうのではないか、と。
しかし、お二人の幸せそうな表情を見て、何も言えなくなった。私はその嫌な予感を振り払うように、無理やり追いやるように、こくりと首を縦に振った。
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初めてリースさんと出会った時からいくつの時がたっただろうか。少なくとも、10年は経った。私の予感はただの杞憂に過ぎなかったのだ。そう思える程、リースさんと共に過ごす時間は幸せなもので、リースさんと共に時間を過ごすシェリー様と暁人様も幸せそうに見えた。かけがえの無い幸せな時間。そんな時間が、いつまでも続くと思っていた。そう願いたかった。
しかし、私の願いは壊されてしまった。最悪な状況で。
「暁人様! シェリー様! リースさん!」
ごうごうと燃える炎の中。炎の渦と化してしまった黎明の里の屋敷の中で、私は必死になって声を張り上げていた。
「いらっしゃいましたら返事をして下さい!」
幾ら声を張り上げても。足を動かしても。その名を呼んでも。返事は無かった。私はそれでも諦めなかった。三人は必ず生きている。理由は分からないが、そう確信していたからだ。
そんな中、よく見知った背中を見つけた。あの背中は、リースさんだ。私はリースさんを見つけられたことが嬉しくて、その名を呼ぼうとした。
「リー……!」
「ふふふ……」
「リースさん……?」
いつもと様子が違う。何かがおかしい。
畳の上に転がっているシェリー様と暁人様を、薄ら笑い、見つめるリースさんの背中は、恐ろしい気配をまとっていた。
「馬鹿な人達……二つの種族が繋がれることなんてないの。絶対に……」
ぼそりとリースさんの口から言葉が紡がれる。まるで別人だ。それに、まるでこの屋敷を炎の渦にした張本人のような口ぶりだ。別の人格が、リースさんの中に宿っていたのだろうか。私は確信した。
「! リースさん!」
リースさんの身体がふらりと傾いた。私は焦って腕を伸ばし、リースさんの身体を急いで支えた。
「出雲……」
「! シェリー様!」
畳の上に転がっていたシェリー様が顔を上げた。その瞳は、必死に何かを訴えようとしている。私は急いでシェリー様の元へ駆け寄った。
「出雲……私達はいいから……早くリースを……リースを助けて……ごほっ」
「……分かりました。シェリー様……」
「頼んだわ……ごほごほっ」
「……頼んだぞ……出雲」
暁人様の言葉を最後に、まるで私とシェリー様の間を切り離すように、天井から瓦礫が落ちてきた。
「!! シェリー様! 暁人様!」
私は必死になってお二人の名前を呼んだ。しかし、何度読んでもお二人からの返事は無かった。
「うわっ!」
私の目の前に瓦礫が落ちてきた。このままでは、私も瓦礫の下に埋もれてしまうかもしれない。なにより、私の腕の中には、リースさんがいる。シェリー様と暁人様に託された、リースさんが。
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「出雲!」
「レイズ!」
炎の渦と化した屋敷から出た私を迎えたのは、友であるレイズだった。炭でボロボロになった私を見つけたレイズが、走って駆け寄ってくる。
「無事でよかった」
レイズが緊張で強ばった表情を崩し、ほっとしたように微笑んだ。
「ああ。しかし、シェリー様と暁人様が……」
「そうか……」
私の言葉を聞いたレイズの顔には、「なんて言葉をかけていいのか分からない」と書いてあった。
「俺の部下が今、必死になって炎を消そうとしているが……どうしてこんなことに……」
「……」
レイズに先程見たことを話してもよいものだろうか。私は迷っていた。
「それに、信じられないが……さっきまで月が赤かったんだ。一体何があった?」
レイズの言葉を聞いて私は確信した。リースさんが、あの破壊者であるということを。
起こったことを、私の目で見たことを、レイズは信じてくれるだろうか。しかし、レイズなら。真の友と言えるレイズなら。信じてくれるかもしれない。私は決意した。レイズに今起こったことを、私の目で見たことを、話してみようと。
「……レイズ。私の話を……私を……信じてくれるか?」
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炎の渦と化していた屋敷も今や燃え焦げた木と炭の塊と化した。
私は私の陽の気と陰の気、そして私の血を分け与え、術の力を使い、私の分身を創り出そうとしていた。そして今日はその分身が完成する時。17歳ぐらいの、人の形をした、少年が私の前に現れる。そして、ぱちり、と翡翠色の瞳が開けられた。私は少年の額に人差し指と中指をぴんと伸ばし、ぴたりと当てた。今から言う、言葉を本能に浸透させるために。
「いいか、よく聞け。お前は翡翠。お前は使命を成し遂げるために生まれた。お前はーー」
私は決めたのだ。あのような悲劇を繰り返さないために。例えそれが、どんなに酷な使命だったとしてもーー。




