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MESSIA  作者: 硝子
33/35

悪魔の子

 ごうごうと燃える炎の中。私は悪魔を見た。


 燃えゆく屋敷の中、微笑んでいるその姿はまるでーー。


✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱


「見て! 出雲!」


「シェリー様」


 たたた、と走って向かってくるのは、私の師匠であり、黎明れいめいの里の長である暁人あきひと様の妻である、シェリー様。その腕の中には、見たことがない赤ん坊。まるで壊れ物のように、そっと腕に抱いている。シェリー様の瞳の中には、慈しみが宿っていた。


「うふふ……可愛いでしょう」


「その赤ん坊はどこで……」


「森の中に置かれていた」


「! 暁人あきひと様」


 振り向くと、私の師である暁人あきひと様が立っていた。


「私の子にするの。きっと、この子は二つの種族を繋ぐ子になるわ。ね、リース」


「リース?」


「今決めたの。この子はリース」


 うふふ。と楽しそうにシェリー様は微笑む。まるで我が子が生まれた時のように、とても嬉しそうだ。


「いい名前だ。シェリー。なあ、出雲?」


 暁人あきひと様の大きな右手が、赤ん坊の頭を撫でる。まるで我が子にそうするように。


「……そうですね」


 嫌な予感がした。本当にその赤ん坊をお二人の子供にして良いものか、と。その赤ん坊が、お二人に多大な影響を与えてしまうのではないか、と。

 しかし、お二人の幸せそうな表情を見て、何も言えなくなった。私はその嫌な予感を振り払うように、無理やり追いやるように、こくりと首を縦に振った。


✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱


 初めてリースさんと出会った時からいくつの時がたっただろうか。少なくとも、10年は経った。私の予感はただの杞憂に過ぎなかったのだ。そう思える程、リースさんと共に過ごす時間は幸せなもので、リースさんと共に時間を過ごすシェリー様と暁人あきひと様も幸せそうに見えた。かけがえの無い幸せな時間。そんな時間が、いつまでも続くと思っていた。そう願いたかった。

 しかし、私の願いは壊されてしまった。最悪な状況で。


暁人あきひと様! シェリー様! リースさん!」


 ごうごうと燃える炎の中。炎の渦と化してしまった黎明れいめいの里の屋敷の中で、私は必死になって声を張り上げていた。


「いらっしゃいましたら返事をして下さい!」


 幾ら声を張り上げても。足を動かしても。その名を呼んでも。返事は無かった。私はそれでも諦めなかった。三人は必ず生きている。理由は分からないが、そう確信していたからだ。

 そんな中、よく見知った背中を見つけた。あの背中は、リースさんだ。私はリースさんを見つけられたことが嬉しくて、その名を呼ぼうとした。


「リー……!」


「ふふふ……」


「リースさん……?」


 いつもと様子が違う。何かがおかしい。

 畳の上に転がっているシェリー様と暁人あきひと様を、薄ら笑い、見つめるリースさんの背中は、恐ろしい気配をまとっていた。


「馬鹿な人達……二つの種族が繋がれることなんてないの。絶対に……」


 ぼそりとリースさんの口から言葉が紡がれる。まるで別人だ。それに、まるでこの屋敷を炎の渦にした張本人のような口ぶりだ。別の人格が、リースさんの中に宿っていたのだろうか。私は確信した。


「! リースさん!」


 リースさんの身体がふらりと傾いた。私は焦って腕を伸ばし、リースさんの身体を急いで支えた。


「出雲……」


「! シェリー様!」


 畳の上に転がっていたシェリー様が顔を上げた。その瞳は、必死に何かを訴えようとしている。私は急いでシェリー様の元へ駆け寄った。


「出雲……私達はいいから……早くリースを……リースを助けて……ごほっ」


「……分かりました。シェリー様……」


「頼んだわ……ごほごほっ」


「……頼んだぞ……出雲」


 暁人あきひと様の言葉を最後に、まるで私とシェリー様の間を切り離すように、天井から瓦礫が落ちてきた。


「!! シェリー様! 暁人あきひと様!」


 私は必死になってお二人の名前を呼んだ。しかし、何度読んでもお二人からの返事は無かった。


「うわっ!」


 私の目の前に瓦礫が落ちてきた。このままでは、私も瓦礫の下に埋もれてしまうかもしれない。なにより、私の腕の中には、リースさんがいる。シェリー様と暁人あきひと様に託された、リースさんが。


✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱


「出雲!」


「レイズ!」


 炎の渦と化した屋敷から出た私を迎えたのは、友であるレイズだった。炭でボロボロになった私を見つけたレイズが、走って駆け寄ってくる。


「無事でよかった」


 レイズが緊張で強ばった表情を崩し、ほっとしたように微笑んだ。


「ああ。しかし、シェリー様と暁人あきひと様が……」


「そうか……」


 私の言葉を聞いたレイズの顔には、「なんて言葉をかけていいのか分からない」と書いてあった。


「俺の部下が今、必死になって炎を消そうとしているが……どうしてこんなことに……」


「……」


 レイズに先程見たことを話してもよいものだろうか。私は迷っていた。


「それに、信じられないが……さっきまで月が赤かったんだ。一体何があった?」


 レイズの言葉を聞いて私は確信した。リースさんが、あの破壊者ネメシスであるということを。

 起こったことを、私の目で見たことを、レイズは信じてくれるだろうか。しかし、レイズなら。真の友と言えるレイズなら。信じてくれるかもしれない。私は決意した。レイズに今起こったことを、私の目で見たことを、話してみようと。


「……レイズ。私の話を……私を……信じてくれるか?」


✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱


 炎の渦と化していた屋敷も今や燃え焦げた木と炭の塊と化した。

 私は私の陽の気と陰の気、そして私の血を分け与え、術の力を使い、私の分身を創り出そうとしていた。そして今日はその分身が完成する時。17歳ぐらいの、人の形をした、少年が私の前に現れる。そして、ぱちり、と翡翠色の瞳が開けられた。私は少年の額に人差し指と中指をぴんと伸ばし、ぴたりと当てた。今から言う、言葉を本能に浸透させるために。


「いいか、よく聞け。お前は翡翠。お前は使命を成し遂げるために生まれた。お前はーー」


 私は決めたのだ。あのような悲劇を繰り返さないために。例えそれが、どんなに酷な使命だったとしてもーー。

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