ネメシス
ごうごうと燃える火の中。
お父さんとお母さんがうつ伏せになって、畳の上に倒れていた。どうしてこうなったの? 気がついたら、私の周りは火で囲まれていてーー何かの事故だったんだろうか。ーー違う。あれは事故じゃない。あの時、屋敷に火を放ったのは、
(紛れもなくあたしだーー)
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「……リース?」
ナギサがリースの名を呼ぶけれど、彼女がそれに応えることはなかった。リースの瞳は、何も映さない。虚ろで、どろどろとした薄暗い色を宿していた。
「……お父さんとお母さんが死んだのは私のせい。全部私の……私のせいで……」
「いけません! 彼女と同調しては! リースさん!」
出雲が声を張り上げ、リースの名を呼んだ。けれど、リースはその声に応じることは無い。リースはぶつぶつと小さな声で言葉を発しているが、ナギサにはリースが何を言っているのか聞き取ることはできなかった。
「月が……」
リースの後ろには月が浮かび上がっていた。月が段々満月になり、赤くなっていく。月の変化に気づいたナギサは、まるで燃えているようだ。と思った。リースの瞳が閉じられる。
「……ふふ。ようやく表に出ることができた」
「……ああ……最悪の事態を招いてしまいました……」
「出雲さん?」
リースの言葉を聞いた出雲が、膝からがくりと崩れ落ちる。何が起きているのかわけが分からないナギサは、出雲の名を呼んで問いかけた。
「この時をどれほど待ち望んだことか。時は満ちた……!」
リースの瞳が開けられる。その瞳は、燃え上がるように、赤い。ナギサの頭には、まさか、と嫌な予感が過ぎる。
「さあ、今度こそ……私と新しい世界を創りましょう! セレス!」
「セレス?」
聞いたことがない名に、ナギサは戸惑う。
「そう。セレスティア。貴方はセレスティアの生まれ変わり。……記憶を引き継いでいないの?」
「そんなこと、できるわけがないわ」
目の前のリースの姿をした誰かは何を言っているのだろう。例え誰かの生まれ変わりだったとしても、前世の記憶など、覚えているはずがないのに。と、ナギサは思う。
「そうね。それは仕方がない。貴方はただの人間。私と違って」
ふふ、とリースの姿をした誰かが妖艶に笑う。ナギサが今まで見たこともないリースの表情だ。
目の前のリースの姿をした誰かは、人間ではない、ということだろうか。少なくとも、リースではないことは確かだ。とナギサは思う。
「貴方……リースはどうなったの!?」
「ああ、あれはただの現身。私が真」
ふふ、とリースの姿をした誰かが笑う。現身? 仮の姿だと言うことだろうか。ナギサは顎に手を置き、考え込む。
「……それで、返事は? 今は……ナギサ、と言ったかしら」
「返事って……」
「いけません! ナギサさん! 彼女の言葉を聞いては!」
「……煩い蝿ね」
ぎろり。氷の棘のような目線で、リースの姿をした誰がが出雲を睨む。それから右手を上げ、後ろに、ふ、と動かした。その瞬間、
「うっ!」
「出雲様!」
出雲が後ろに吹き飛んだ。後ろに吹き飛んだ出雲は、地面にぶつかり、どん、と鈍い音を立てた。それと同時に、呻き声を上げた。
ナギサの嫌な予感が、確信へと変わっていく。
「……貴方が破壊者なの? リース?」
「言ったでしょう? あれはただの現身だって。私は真紅」
「私の質問に答えて」
「……そうだ。と言ったら? 私を殺す?」
「……それは、」
ナギサは言葉に詰まった。そんなこと、できるわけがない。だって、破壊者は、
「ふふ、貴方にそれができるわけない。だって、私の現身は貴方の大事なお友達だものね」
ナギサの思考を読んだかのように、真紅が言葉を紡ぐ。真紅の言う通りだ。破壊者を、殺すことなんてできない。例えそれが、救世主の使命だったとしても。
「どうなってやがる。破壊者が降りているのは俺じゃなかったのか」
それまで黙っていたヴェンが、言葉を発した。
「あれはただの亡霊。……世界に強烈な怨みを持つ、ね」
「「……亡霊……!?」」
ナギサとヴェンが驚きの声を上げる。破壊者でもない。女神アストライアでもない。ただの亡霊だというのか。
「破壊者様!」
「紫苑君!?」
真紅に嬉しそうに紫苑が駆け寄った。ナギサは驚きの声を上げる。紫苑は破壊者の信者だったのか。
紫苑の後ろから、全身を包帯で覆われた男がゆっくりと歩いてきた。
「お待ちしておりました」
全身を包帯で覆われた男がゆっくりと、恭しく、真紅に礼をする。まるで主君に対するように。
「ついに覚醒されたのですね……!」
紫苑が興奮した様子で真紅に話かける。
「あら。私の仲間……いえ、信者かしら?」
真紅は紫苑と全身を包帯で覆われた男をちらり、と横目で見る。
「さあ、こちらです。破壊者様」
「ありがとう」
全身を包帯で覆われた男が、右手で行先を示し、真紅を案内する。真紅はそれに従い、足を進めた。
「次に会うときは、いい返事を期待しているわ。……ナギサ」
「待ちなさい! 待って! リース……!」
真紅の背中にナギサは何度も言葉を投げかけるが、真紅が足を止めることはなかった。




