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MESSIA  作者: 硝子
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俺という存在

『クルセイド! クルセイドという町に行きなさい!』


 ごうごうと燃える炎の中。それが俺が聞いた母様の最後の言葉だった。


✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱


 ばしん!

 右頬に激しい痛みを感じる。右頬を叩かれたのだ。父様に。そう気づいた時には、俺の身体は畳の上に転がっていた。


「何度言えば分かる、紅蓮ぐれん


「……申し訳ございません、父様」


 俺は両手の手のひらを畳の上に置き、ゆっくりと身体を起こす。それから、ゆっくりと父様と目線を合わせた。


「火だ。火をおこすのだ。分かるな?」


「……はい」


 俺は父様の言葉にこくりと、首を上下に動かして頷いた。


「全く。何のためにお前に“神降ろし”をしたのか分からないな」


「……申し訳ございません」


 父様に「火をおこせ」と言われてから、いくつの時が経っただろうか。もう半年は経ったのではないだろうか。何度火をおこそうと願っても、集中しても、その想いが叶うことは無かった。俺はあまりの自分の不甲斐なさに、頭をどんどん下に下げていった。


「お前の身体には、破壊者ネメシス様や光降神様が降りてきて下さっているのかもしれないのだぞ」


 俺は父様に“神降ろし”をして頂いたときの状況を思い出す。父様は俺に「お前には破壊者ネメシス様や光降神様が降りてきて下さっている」と言うが、俺の身体に特に変化は無く、本当になにか別の誰かが乗り移ったという感覚は全くなかった。本当に俺の身体に別の誰かが降りてきているのだろうか? という疑問が、日を増す毎に積み重なっていく。


「火は、破壊者ネメシス様や光降神様を象徴し、最も得意とする術だ。“神降ろし”をしたお前に火がおこせぬはずがない」


 父様はそう断言する。しかし、俺にはそれを成功させる自信が無かった。


「……もう一度やってみろ」


「……はい」


 今度火をおこすことに失敗したら、また頬を叩かれるかもしれない。いや、後のことを考えるのは止めよう。今は火をおこすことだけ考えるんだ、と俺は自分に言い聞かせた。

 俺は目の前にある、木のくずを囲むように、両手を添えた。緊張感を抑えようと、息をすっと吸う。集中。集中。集中するんだ。目の前の木のくずに火をおこすことだけに集中して、ぴん、と神経を張った。

 しかしーーいつまで待っても、いつまで集中しても、木のくずが燃え上がることはなかった。

 ばしん! 右頬に激しい痛みを感じる。また父様に頬を叩かれたのだ。そう気づいた時には、俺の身体はまた畳の上に転がっていた。


「火をおこせと言っている! 分からぬのか!」


「ぐっ!」


 背中に激しい痛みを感じる。畳の上に転がった俺の身体を、父様が足で蹴っているのだ。


「何度言えば分かる! この出来損ないが!」


 何度も、何度も、父様が俺の背中を蹴る。俺は俺の身体を守ろうと、身体を丸めて衝撃に耐えた。


「おやめ下さいませ! いおり様!」


「……皐月さつき


「母様、」


 俺の後ろで様子を見守っていた、母様が俺と父様の間に入ってきた。両手を広げ、片膝を立て、畳の上に転がった俺を守るように。


紅蓮ぐれんには私からよく言って聞かせますゆえ、どうか……!」


「……」


 母様が切なげな声で父様に許しを願う。父様は訝しげな眼差しで母様を見つめた後、何も言わずに部屋を立ち去ってしまった。

 父様は和人イニシオの術師として、正式な後継者、誇り高き純血の和人イニシオだ。俺は幼い頃から和人イニシオの術師として相応しい振る舞い、言動を徹底的に父様に教え込まれた。時にそれが、暴力を伴うものだとしても、俺は必死に耐えてきた。父様に認めてもらうように、褒めていただけるように、と。

 けれど、時には俺にも耐え難く、父様に反抗したくなる時があった。「どうして俺がこんな目に」と、そう思ってしまうこともあった。それを表に出さなかったのは、母様が居てくれたから。父様に暴力を振るわれても、危ない目にあっても、いつも母様が助けてくれる。庇ってくれる。そんな母様の存在が、俺の心の支えだった。

 「出来損ない」父様に言われた言葉が頭の中で反響する。父様の言う通りだ。俺は、器人として初歩的な火をおこすことも出来ない。父様の期待に応えることもできない。“出来損ない”だ。


「父様は、お前に期待しているのですよ」


「……そうでしょうか」


 母様は「父様は俺に期待している」と言うが、俺にはそうは思えなかった。父様は俺に失望しかけている、いや、失望しているのではないかと思う。その苛立ちを、俺に向けているのではないか、と。そして、そのせいで、毎回母様を危険な目にーー不幸にさせているのではないか、と。


「そうです。立派な器人として育てたいという気持ちが、時には行き過ぎてしまうのです」


 「だから、大丈夫」と母様が優しい音色で言葉を紡ぐ。俺を安心させるように。俺から、不安を取り除くように。


「焦らなくてよいのです。父様もああ言っていますが、いつかきっと、お前を認めて下さいましょう」


「……はい、母様」


 母様の手が俺の頭を撫でる。優しくて、暖かい。俺の大好きな母様の手だ。この時がずっと続けばいいのに。そう思う。俺は母様と共に過ごす時が、何よりも大切だった。


 そしてあの日、俺はいつもと同じように父様に呼ばれ、火をおこそうとした。しかし、何度やっても火をおこせない俺に、父様の苛立ちは増すばかり。父様の苛立ちがピークに達したその時、それが俺へと向けられた。


「何度言えば分かる! お前には“神降ろし”をしたのだぞ!」


「ぐっ!」


「何故! 何故! こんな簡単なこともできぬのだ!」


「がはっ!」


 父様が俺の背中を蹴る。何度も、何度も。俺は痛みを我慢しようと試みたが、痛みのあまり、苦しいうめき声が口から溢れ出た。


破壊者ネメシス様や光降神様が復活すれば、あの忌々しい洋人フィニスどもを滅ぼせる!」


「ぐっ……!」


 父様の背中を蹴る力が、どんどん強くなる。それどころか、背中以外の場所、足や腹まで蹴られるようになった。身体の痛みはどんどん強くなっていく。


「この世界には、和人イニシオだけいれはいいのだ!」


「……っ!」


 もう痛みに耐えられそうにないーー。そう思ったその時、父様が俺の背中を蹴ることを止め、俺の身体に馬乗りになる。頬を殴られる! それに気付いた俺は、衝撃に耐えるために歯を食いしばった。


いおり様! おやめ下さい!」


 ふすまががらり、と開き、母様が走って部屋に入ってきた。そして、ぱしりと父様の手首を掴み、頬を殴ることを止めさせようとする。


「これ以上はーー紅蓮ぐれんが死んでしまいます!」


 必死に父様を止めようとする母様を、ぎろりと父様が睨む。邪魔をすることを許さない。怖くて、危険な色が父様の瞳に宿っていた。


「邪魔をするな!」


「きゃあ!」


 父様がどん、と強い力で母様を突き飛ばす。母様の身体は畳の上に転がった。


皐月さつき! “これ”が純血の和人イニシオで術師である私の息子か!?」


「うっ!」


 畳の上に転がった母様の背中に、父様が容赦なく蹴りを入れる。背中を蹴られた母様は、痛みで苦痛の声を漏らした。


「おやめ下さい! ぐっ!」


 また父様が母様の背中に蹴りを入れる。さっきまで俺がやられていたみたいに。俺の代わりに母様が父様に暴力を振るわれてしまう! 焦った俺は、父様の背中に縋りついた。


「父様! おやめ下さい! 叱るなら俺を……!」


「黙れ!」


 母様の背中を蹴ることを止めずに、父様はぎろりと鋭い眼差しで俺を貫いた。父様が母様の背中を蹴る力はどんどん強くなっていく。やめろ。やめてくれ。


皐月さつき! 本当に、“これ”がこの私の息子か怪しいものだ!」


「う……!」


 やめろ。やめろ。やめろやめろ! それ以上、母様を痛めつけるな!

 俺の頭の中で、ぶつりと糸が切れた音がした。


 火だ。火が燃えている。

 気づけば、火がごうごうと燃えていた。あんなに待ち望んだ火が、俺の周りを囲っている。

 一体何が起きたのか。俺が状況を把握しようと考え始めたその時ーー。


「うわあ!」


 火だるまになった人が、俺の足元で転がっていた。父様だ。そう直感が告げている。俺がやってしまったのか? きっと、そうだ。俺が父様を火だるまにしてしまったんだ。


「ーーれん?」


 どうしよう。どうすれば。俺は混乱した。どうすれば父様を元に戻せる? いや、元に戻すことなんて無理だ。どうすれば父様をーー。


紅蓮ぐれん!」


 誰かにがしりと両肩を掴まれた。俺ははっ、と我に返る。母様だ。そうだ、母様はーー無事なのか。


「逃げるのです! もうこの里は火が覆っています。お前だけでも逃げるのです!」


「逃げるってーーどこに!? 母様は!?」


「私のことはいいからーーさあ、行きなさい!」


 どん、と母様に背中を押される。俺はよろめきながらも、前に数歩進んだ。

 俺はとんでもないことをしてしまったんだ。そう気付く。


「クルセイド! クルセイドという町に行きなさい!」


「……でも、」


 俺は言葉を言いかけたが、どん、とまた母様に背中を押され、部屋の外へ追い出された。そして、ぴしゃりとふすまを閉じられた。

 それから俺は訳が分からないまま、混乱したまま、無我夢中で走った。どんなに着物がボロボロになろうと、どんなに髪がボサボサになろうと、どんなに足の裏から血が出ようとも。

 そして出会ったんだ。あいつに。母様によく似たーー俺の光。


「クルセイド、って町か? ここは?」


「そうよ。ここはクルセイド」

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