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MESSIA  作者: 硝子
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私のボディーガード


 燃える炎のような、その瞳が印象的だった。


救世主メシア様! いけません! そのような者に近づいては……!」


 人だかりをかき分けて、彼の元に近づこうとしたところで、一人の街の住人の男に声をかけられた。


「何処から来たのか分からない、得体の知れない者なのですよ……!」


 ボサボサの黒い長い髪に、ボロボロの着物。何も聞かなくても分かる。彼が和人イニシオだってこと。どこからが逃げてきたってこと。けれど、そんなこと、救世主メシアである私には、関係がなかった。


「どうして? 彼、困っているみたいだわ」


「それは……」


「困っている人を助けるのは当然のことでしょう?」


 救世主メシアとして。そう。救世主メシアとして、“そう”行動するのは当然のことだ。

 「ね、そうでしょう?」 と男に畳み掛けると、男はぐ、と言葉を飲み込んだ。男が言葉を飲み込んだことを確認した私は、しゃがみこみ、彼と目線を合わせた。


「貴方、どうしたの? どうしてここにいるの?」


「……セイド」


「え?」


 ぼそり、と彼の口から言葉が発せられるが、上手く聞き取れない。


「クルセイド、って町か? ここは?」


 必死でもがく、燃えるような瞳から一転。彼の瞳は、何かに怯えるような、びくびくしたものに変わった。


「そうよ。ここはクルセイド」


 彼の怯えた瞳を安心させるように、できるだけ優しい口調で言葉を紡いだ。


「貴方、行くあては?」


「……」


 沈黙。その沈黙が、私の質問への答えだ。


「ね、貴方。私の家に来ない?」


 そうして彼と私の同居生活が始まった。



✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱



 トントントン。二階から階段を下っていく。階段を下りきったところで、「ナギサちゃん」と、私の親代わりのエリーさんに声をかけられた。


「彼、食事は……」


 エリーさんは言葉を言いかけて、止めた。私が両手で持っていた、彼のための食事が、全く減っていないことに気づいたからだ。


「また食べてくれなかったのね……」


 「今日こそは食べてくれると思ったのに」と、エリーさんは眉を下げる。私もエリーさんと同じ気持ちだ。彼が私の家に住むようになってから、どれぐらい経っただろう。一週間は経っている筈だ。その間、彼は一度も食事を食べてくれない。彼の身体が心配だ。このままじゃ、餓死してしまうかもしれない。私は決意した。


「……エリーさん。もう一度、彼の部屋に行ってきます」


 私がエリーさんにそう言うと、エリーさんは、察したように「……お願いね」と言った。

 私はさっき下がってきた階段を、もう一度上り始める。トントントン。リズム良く階段を上がる私の足音が響いた。そして、彼が居る部屋の前に立つ。今度は絶対、食事をして貰おう。そう決意を胸に秘め、コンコンと扉をノックしてから、ドアノブを下げた。

 扉を開けた先には、彼がフローリングの上に膝を立てて座っていた。彼の目はぼうっとしていて、虚ろだ。そんな彼に、私は「ねぇ、」と声をかけた。


「お腹空かない? 何か食べないと、身体に悪いわ」


「……あんたは?」


 私? 彼が食事を食べてくれることと、私。なんの関係があるのだろうか。


「私?」


「あんたは、俺が食事をした方がいいと思うか?」


「そうね……。出来れば食事をして……一緒にお喋りでもしてくれたら、嬉しいわ」


 「お喋り」と、彼がくすりと笑った。その笑顔に、私は釘付けになった。彼が笑ったことなんて、一度も見たことがなかったから。


「……、あんた、名前は?」


「え?」


「まさか、救世主メシアとかいうのが、あんたの名前じゃないだろ?」


 驚いた。同時に、嬉しくなった。今まで名前なんて尋ねられたことなんてなかったから。“救世主メシア”と呼ばれることが、当然だと思っていたから。


「私はナギサ。ナギサよ」


「……ナギサ」


 彼は確かめるように、私の名前を呟いた。そこで私は、はた、と気づいた。そういえば、彼の名前を一度も聞いていないことに。


「貴方は?」


「……ない」


「え?」


「名前なんて……ない」


 そう言って、彼はふい、と顔を背けてしまった。名前がない。それが本当か分からないけれど、彼は言うつもりはないらしい。さて、どうしたものか。名前がないのなら……私が勝手に付けてしまえばいいじゃない。我ながら、名案だわ。


「じゃあ、好きに呼ぶわね。そうね……」


 彼に似合った名前。どんな名前がいいかしら。私はぱっ、と頭に浮かんだ単語を言葉にする。


「ヴェン。そう、ヴェンなんて、どうかしら?」


 背けていた彼の顔が、くるりとこちらを向いた。嫌だと言われるのだろうか? どきどきと心臓の音を鳴らしながら、私は彼の返答を待った。


「……好きにしろ」


 ぶっきらぼうな言い方だけれど、嫌だとは言われなかった。良かった。


「ふふ。好きにするわ、ヴェン」


 彼が私と会話してくれたこと、名前を付けさせてくれたこと。それが嬉しくて、笑みが浮かぶ。


「変わった奴だな、あんた。いや……ナギサ」


「よく言われるわ」



✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱



 それからいくつの時が経っただろう。あれから、ヴェンは食事をとってくれるようになり、私とエリーさんと一緒に食事をとることが当たり前になった。さらに、料理や食事の片付けや掃除なども手伝ってくれるようになり、すっかり私とエリーさんと打ち解けた。まるで、家族の一員みたいに。

 そんなある日、私とヴェンは料理の買い物に出かけた。


「ヴェン、ちょっと待ってて。りんごを買ってくるから、荷物をお願いね」


「分かった」


 肉と魚と野菜。今まで買ってきた荷物を預けて、私は果物屋に向かう。


「いらっしゃい、救世主メシア様!」


 私が果物屋に着くと、店主である割腹のいい男が声をかけてきた。


「こんにちは。りんごを三つ頂けるかしら?」


「はいよ!」


 店主の男は店に並んだりんごを三つ取り、袋に入れた。その袋を私に渡す。


「ありがとう」


 私はくるりと踵を返し、ヴェンの元へ向かった。私の背に店主の「まいどあり!」という言葉がかけられる。


「……しかし、救世主メシア様もあんな得体のしれない者を保護するとは!」


 私は足をピタリと止めて、思わず近くにあった木の幹に隠れる。ヴェンの近くに居た男二人が、大きな声で私の噂話をしていたからだ。救世主メシアである私は、救世主メシアだからこそ、色んな噂話をされることも多い。こんなこと、慣れている。


救世主メシア様は相当な変わり者でいらっしゃる」


「違いない!」


 「ははははは!」 と二人の男が大きな笑い声を上げる。嫌な笑い声だ。この男二人の会話が終わってから、ヴェンの元へ向かった方が良さそうだ。

 二人の男の近くに居たヴェンが、「おい」と二人を睨みつける。


「……ナギサは関係ない」


「は? 何だ、お前?」


「ナギサは関係ねェって言ってんだろ!」


 「言うなら俺だけにしろよ!」と言って、ヴェンは二人居た一人の男に殴りかかろうとした。私は慌ててヴェンの腕を掴み、止めに入る。その間に、噂話をしていた二人の男は逃げてしまった。


「……なんで止めたんだよ」


「暴力は良くないわ」


「けどよ、」


「慣れているの。救世主メシアだから」


 そうだ。私は救世主メシア。生まれたときからずっと、注目され、色んな噂話をされることも多い。


「だから、大丈夫。でも、ヴェンが怒ってくれて嬉しかったわ。ありがとう」


「……」


 私がお礼の言葉を言っても、ヴェンは黙ったままだ。「納得できない」そう顔に書いてある。


「悪い、ちょっと寄るところができた。先に帰ってくれ」


「? ……え、ええ」


 「荷物は後から持って帰る」とヴェンはくるりと踵を返し、私に背を向けて行ってしまった。一体どうしたのだろうか?



 夕方になった頃、ヴェンは家に帰ってきた。しかし、その見た目は最後に見た時とガラリと変わっていた。


「……どうしたの」


 黒色で長かった髪は短い銀色の髪に。シャツと黒色のズボンの上には、ファーが付いた派手な赤いコートを羽織っていた。


「いいだろ。この髪の色」


 ヴェンは髪の一部を摘みながら、にっと笑った。


「その服、」


「服もな。この方が、いかにも“ガラの悪い男”って感じで」


 「素行が悪そうで、誰も近寄って来ねェだろ」とヴェンはにかりと歯を見せて笑った。


「俺、お前のボディーガードになる」


 ヴェンは真っ直ぐ、決意を秘めた目で、私の目を見る。


「それで、お前に近寄ってくるやな奴、ぶっ飛ばしてやるんだ」


 どこか清々しい雰囲気で、くしゃりと顔を歪めて笑ったヴェンに、私は目を離せなくなった。

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